自分の部屋に戻った柚子は、ベッドの上に倒れ込む。
柔らかい枕をぎゅうぎゅうと抱き締めてから深い溜息を吐いた。
恐らく今日のことは護衛から玲夜の耳に入ることだろう。いや、もうすでに入っているかもしれない。
般若と化した玲夜の姿が目に浮かぶようだ。
きっと優生は鬼龍院のブラックリストに載ったに違いない。
だが、それでもなぜか安心できない自分がいることに柚子は不安が押し寄せてくる。
「あーい」
子鬼が心配そうに柚子を窺っている。
そんなふたりの子鬼の頭をそれぞれ撫でてやると、にぱっと笑った。
そのかわいい笑顔を見て柚子もわずかに表情をほころばせる。
「どうして子鬼ちゃんの力がきかなかったのかな?」
「あーい?」
子鬼にも分からないのか、こてんと首を傾げる。
「まさか陰陽師とか?」
『それはない』
柚子は答えた龍の方を見る。
「どうして違うって言えるの?」
『陰陽師とはただ霊力があるものではない。特別な修行を受けることで陰陽師になれるのだ。その力は洗練された、とても美しい力だ。あの男の力はそれではない』
そう言われても柚子には分からないが、龍からしたらそう感じるものなのだろう。
「じゃあ、あなたはあれがなにか知ってるの?」
『あれは……』
龍は言葉を詰まらせた。
「優生から出ていた暗いもやを子鬼ちゃんやあなたも見た?」
「あい?」
「あーい」
子鬼は分からなかったのか、お互いに顔を見合わせて首を横に振っている。
だが、龍は……。
『やはり柚子にも見えていたのか?』
「それって普通は見えないもの?」
『そうだな。普通の人間やあやかしには見えないものだ。前々から感じていたが、どうも我の加護を得たことで、以前より柚子の力が強くなっているな』
「それって神子の素質ってやつ?」
『うむ』
「結局、神子の素質ってなに?」
何度となく神子の素質があると言われたが、柚子はいまいちどんなものか分かっていなかった。
『人でありながら人ならざる力を持つ者。神の意を伝える者。人ならざる世界を見ることができる者。まあ、陰陽師と似たような存在だが、神子は陰陽師のように修行をして強くなれるものではない。元来持つ素質が重要になってくる』
「ふーん」
説明されても柚子はよく分からなかったようだ。
「あのもやが見えたのはその神子の素質のおかげってのは分かったけど、優生をなんとかできないの?」
『それは、難しいな。そもそも、柚子は神子の素質があるが見ることができるだけだ。血が薄まりすぎている。それに、神子の力は祓う力はあっても、実体を持つ者にはなにもできない』
「それじゃあ意味ないのに」
自分で優生をなんとかできればと柚子は思ったのだが、世の中そんなに甘くないようだ。
『そんな力があれば、そもそも最初の花嫁は一龍斎に捕らわれたりはしなかったであろうな』
「確かに」
『柚子はなにもせず護られておればいい。あれは我がなんとかする』
「できるの?」
『分からぬ。なにせあれは……』
龍の言葉を遮るように部屋の扉が開いた。
我が物顔で部屋に入ってきたのは玲夜である。
その顔が険しいのは、今日のことを聞いたからだろう。
柚子はベッドから身を起こすと、自分から玲夜に抱き付いた。
そして、玲夜の存在を確認するようにすりすりと頬を寄せる。
そんな柚子に玲夜は目を見張る。
「珍しいな。柚子がこんなふうに甘えてくるのは」
「駄目?」
「いや、駄目じゃない」
玲夜は柚子を抱き締めたまま隣に座り、膝の上に抱え直す。
いつの間にか、龍や子鬼の姿は消えていた。
「今日は大変だったようだな?」
「優生のことだよね?」
「元彼か?」
「違うよ。優生は私のはとこ」
「そうだったな。確かに別の名前だった」
もしやと思ってはいたが、やはり玲夜は柚子の元彼のことは調査済みだったようだ。
それはそうだろう。
玲夜が自分にとってそんな重要なことを調べていないはずがない。
最初同窓会に出席したいと言った時にすぐに賛成しなかったのはそんな理由があったからかもしれない。
まあ、山瀬の方は今日の同窓会で柚子に婚約者という存在がいることを知ったぐらいなので、元彼の存在を知った玲夜が山瀬に対してなにかをしたわけではないだろうが。
あるいは、今日の同窓会で未練でも見せれば話は違ったのかもしれないが、予想外の伏兵が現れてしまった。
「どういう奴だ?」
「ただのはとこ。学校では人気者でいつも人の輪の中にいるような好青年。……けど、私はなんだか苦手だった」
「珍しいな、柚子がなんの問題もなさそうな人間を苦手にするなんて」
「そうだよね。私もなんでか分かんない。透子も不思議がるぐらいだし。でも、昔からなんだか恐かったの。彼を目の前にすると体が強張っちゃって、早く逃げたいって思うの」
柚子はより一層玲夜にしがみ付いた。
玲夜はそれを受け入れ、柚子の髪を梳く。
「それでも、なにかをされたわけじゃないの。でも、今日は……」
今から思い出しても震えてきそうになる。
「いつからあんなふうに思われてたのか分からない。ずっとって言ってたけど、なんだか言葉がおかしかったし、私を見る目もなんだか知らない人みたいで」
そう、まるで別人と話しているような気さえした。
きっと祖父母に話しても信じてもらえないかもしれない。
それほど柚子の知る優生ではなかった。
まあ、柚子とて、知ってると言うほど優生のことを知っているわけではないのだが。
なにせ、散々避けてきた相手だ。
「あっ!」
「どうした?」
「そう言えば、透子に途中で帰って来ちゃったこと言うの忘れてた」
山瀬と共にカフェから出て行ったところまでは見ていたかもしれないが、その後柚子が帰ってこなくてきっと心配しているだろう。
「それなら高道が連絡しているだろうさ」
さすが気が利く男、高道である。
「それならいいんだけど」
それでも後で電話をかけておいた方がいいだろう。
急にいなくなったのだ。
多少怒られることは覚悟しておくべきかもしれない。
「それで、柚子はどうしたい?」
「どうって?」
「はとこなのだろう? 徹底的に潰せというならそうするが?」
玲夜はなんとも凶悪な顔で口角を上げた。
「潰す必要はないけど、今は会いたくはないかも……」
とは言え親戚だ。
二度と会わずにいることは難しいかもしれない。
祖父母の家にちょくちょく会いに来ていたようなので、むしろこれまで会わなかった方がおかしぐらいだ。
祖母は時々会いに来る優生のことを心待ちにしているふしがある。
優生が来なくなったら祖母は悲しむかもしれない。
そう思うと、玲夜になんとかしてくれとは言いづらかった。
「まさか優生が山瀬君に別れろなんて裏で言ってたとは思わなかった……」
「なんだ、元彼に未練でもあるのか?」
眉根を寄せる玲夜に、柚子はクスリと笑う。
「それはまったく」
そう言うと分かりやすく玲夜の表情が緩んだ。
「でも当時はけっこうショックだったんだから。理由を聞いても教えてくれないし、自分のなにが悪かったんだーって透子に泣きついたりしたし。まさかそんないざこざがあったなんて知らなかったから。それに優生とは中学卒業してから会ってないんだよ? おばあちゃんによると様子を聞きに来ていたみたいだけど、今さらどういうつもりだって思いが強いかな」
「鬼龍院の網にも引っかからなかったな」
柚子の周辺のことは最初の頃に徹底的に調べられている。
柚子もそれは知っている。
柚子を害する可能性のある者はその時に玲夜の元に情報がいっているのだろうが、優生はそれまでただの親戚でしかなかったので漏れたのだろう。
なにせ害するようなことをされたことなどないのだから。
「子鬼の力がきかなかったようだな?」
「うん、そうなの。子鬼ちゃんが手加減したわけではなさそうだし」
なんと言っても、子鬼は柚子の護衛のために生み出された存在だ。
柚子に害があると判断した相手には容赦がないので、優生にもそうであったはず。
けれど、優生は子鬼の攻撃をなにごともなく弾いていた。
普通の人間にはできない芸当だ。
「柚子も神子の素質があるんだ。親戚ならば同じように一龍斎の血が強く出た者が他にいてもおかしくはないか……」
玲夜は神妙な顔で考え込む。
「うーん。そこまではよく分からないけど、優生から黒いもやが出てたの」
「もや?」
「うん。もやがね、優生の体からゆらゆらと吹きだしてきてる感じで、私と龍にしか見えなかったの。それは私に神子の素質があるからだって言われたけど、結局あれがなんだか聞いてないや」
ただ、とてもよくないものだということはなんとなく感じた。
「龍はなにか知っているのか?」
「なんか様子がおかしかった気がするの。もしかしたらなにか知ってるのかもしれないけど……」
どことなく聞きづらい空気を出していた。
問うてくれるなと言っているかのような。
そして、どこか思い詰めているような雰囲気。
自分のはとこのことなので知りたいと思うが、聞いていいのか躊躇わせる。
「まあ、とりあえず、そのはとこには鬼龍院の調査を入れる。それでなにか分かるかもしれない。柚子は決してひとりにならないように気を付けるんだ。子鬼の力がきかないなら今以上に用心する必要がある。護衛も増やすぞ」
「うん。分かった」
そして、優生の調査が行われたのだが、特におかしな点は見つからなかった。
そればかりか、優生を監視している者からも、優生はなにごともなかったかのように日常を暮らしているという。
***
人が寝静まる深夜。
まん丸の月が空で輝き、月の光に照らされて狂い咲きの桜は今日も美しく咲き誇っている。
そんな桜の木の下で、白銀の龍は本来の姿に戻り、沈んだ表情で佇んでいた。
『サク……』
ぽつりと名を呼ぶ。
もういない彼女の名を。
「アオーン」
「にゃん」
ゆっくりと振り返った龍に、二匹の猫が姿を見せる。
『お前たちも来たのか』
なぜ来たのか。どうやって来たのか。
それをあえて問うようなことはしない。
それは彼ら霊獣にとったらまったく意味のないことだからだ。
「アオーン」
二匹の猫は龍の隣にちょこんと座り、まろはなにかを訴えるように鳴き声を上げる。
その意味を龍は理解していた。
『そうだ。あの者が現れた。サクを死に追いやったあの男が」
龍は今にも吹き出しそうな怒りを抑えて答えた。そして、問う。
「お前たちは知っていたのか?』
「にゃーん」
みるくはこてんと首を傾げる。
『そうか、知らなかったか。まあ、当然か。知っていたらお前たちも放置はしていなかっただろう』
「アオーン?」
『どうするかだと? 我にも分からぬ。だが、柚子に近付けさせるわけにはいかない。あの子には今度こそ幸せになってもらいたいのだ』
「アオーン」
「にゃーん」
まろとみるくは、龍の言葉に同調するように鳴いた。
その時、三匹が一斉に振り返る。
「やあやあ、随分と珍しい面子だね。いや、それがあるべき姿なのかな?」
にこやかな笑みを浮かべてその場に立ち入って来たのは、鬼龍院の当主、千夜。
『よく我らがいるのに気が付いたな』
「そりゃあね。これでもあやかしの当主ですから」
得意げにドヤ顔をする千夜は、次の瞬間には真面目な表情に変わった。
「君たちは、“なに”を知っているんだい?」
『“なに”とは、随分と漠然とした問いかけだな』
「確かにそうだね。けれど僕にもなにが起こっているのか分からないんだ。それは仕方がないよ」
千夜はゆっくりと歩みを進め、桜の木の下まで来ると、そっと木に触れた。
そして、静かに問いかける。
「あの男とはだれだい?」
『…………』
龍は言葉を詰まらせた。
けれど、無言で居続けることを許す千夜ではなかった。
「君の言うあの男というのが、柚子ちゃんに害を与えるというなら、鬼の当主としても、玲夜君の父親としても見過ごすことはできないんだよ」
今日の千夜はいつもと違う。
おちゃらけた空気など一切なく、恐いほどにその目は真剣だった。
「アオーン」
まるで促すようにまろは鳴いた。
どこまでも見通すかのような黒い目で龍を見る。
龍はその眼差しを受けて、深く溜息を吐いた。
そして、ここではないどこかを見るように桜を見上げる。
『因果は巡る。いい縁も悪い縁も簡単には絶ち切れるものではないのだ』
「どういう意味かな?」
千夜にはそれだけでは意味は分からなかった。
『そなたはおかしいと思ったことはないか? なぜ霊獣である猫が柚子の前に現れたのか。なぜ我が柚子を加護するのか』
「ああ、そうだね。とても興味はあるよ。たまたま拾った猫が霊獣だなんて偶然を偶然と信じるほど僕は純粋ではないからね。普通の女の子のはずの柚子ちゃんに龍が加護を与えていることにも違和感がある。加護とはそんな簡単に与えられるものではない。それなのに、まるで当然のように君たちは柚子ちゃんのそばにいる。霊獣が三体もだ。あり得ないことだよ」
『そうであろうな』
くくっと龍は喉を震わせて笑った。
「その昔、最初の花嫁のそばには猫が二匹いたと伝えられている。これは果たして偶然なのか、ずっと考えていたよ」
『偶然でないと言ったらどうする?』
にぃっと口角を上げて龍は千夜を見据える。
千夜はその眉間に皺を寄せた。
「僕は言葉遊びをするのは好きだけど、されるのは好きではないんだよねぇ」
龍はくくくっと笑い、まろとみるくに視線を落とす。
『そなたの言う通りだ。サクには我以外に二匹の猫がそばにいた。我と同じ霊獣であったこの者たちがな』
「同じだと言うのかい? この猫たちが、最初の花嫁のそばにいた猫たちだと」
『その通りだ』
肯定するように、まろとみるくはそれぞれ鳴き声を上げた。
「アオン」
「ミャーン」
「……なぜ、と聞いてもいいのかな?」
『言わねば納得しないのであろう?』
「そうだね」
『ただし、他言無用だ』
千夜はこくりと頷いた。
『……先程も言ったな。いい縁も悪い縁も簡単には断ち切れぬと』
「言っていたね。因果は巡るとも」
『そうだ。柚子は……最初の花嫁、サクの生まれ変わりだ』
千夜は目を見張った。
驚きはしたが、それを素直に受け止めはしなかった。
「それが真実だという証拠は? そんなこと、分かるものなのかい?」
『我らには分かる。霊獣はあやかしよりも神に近い存在。その魂を見るのだ。決して間違えたりはせぬ』
「アオーン」
まろは、まるで、そうだと言っているようだった。
『猫たちは探して探して、そしてようやく見つけたのだ。サクと魂を同じくする者を。サクの生まれ変わりを。そしてそれを我にも伝えてきた。だから我は、我らは柚子のそばにいる。遠い昔より続く悪縁から柚子を助けたい。そのために……』
「悪縁?」
『サクが夫となる鬼から離され、死の原因となった男がいる。その男はひどくサクに執着していた。我の加護を無理やりにサクから引き剥がしたのもその男だ。強い霊力を持っておってな、それが唯一可能な男だった。我らにとって憎い憎い敵だ』
我らとは龍と、そして猫たちにとってということだろう。
『そもそも無理やり加護を引き剥がすなどなんの代償もなくできることではない。その代償はサクがその身で支払うこととなったのだ。サクは寿命のほとんどをその時に失った』
「その男はなぜそんなことを? 執着していたのに?」
『だからだ。サクは鬼を深く愛していた。人とあやかしの垣根を越えて、なによりも愛していた。そのことが、あの男は許せなかったのだ。愛する鬼から引き離し、サクの尊厳を奪い、自分のものとしようとしたが、それでもサクは鬼を愛した。それが我慢ならなかった男は、再びサクが鬼の元へ行くのを恐れ、加護を引き剥がしたのだ。サクが受けるだろう代償を知りながら』
「君の加護を奪ったのは、一龍斎の繁栄のためではなかったのかい?」
『もちろん、それもあった。ただ、一龍斎の一族とその男の利害が一致したというだけだ。一族の繁栄のことがなくても、男は同じことをしたであろうな。鬼にサクを渡さぬために』
龍はなにかを耐えるように一度目を瞑ってから、再び目を開ける。
『サクが捕らわれた後、我と猫たちと鬼の力でなんとか逃がすことはできた。我はサクの最後にいることはできなかったが、祈っておったよ。サクがあの男に邪魔されることなく愛する者の近くで安らかに眠ることを』
そう言って、悲しそうに桜の木の下を見つめた。
最初の花嫁が眠るというその場所を。
『柚子に出会えた時は嬉しかった。ようやく鬼のそばで安寧を得られたのだと。……それなのに、やはり因縁は断ち切られてはいなかった。あの男がまさかいるとはな』
「あの男というのは、最初の花嫁に執着していた男かい? だが、それは遠い昔の話だろう?」
『生まれ変わっておったのだ、あの男も!』
激しい感情を荒ぶらせるような声。
龍は自分を落ち着かせるように、息を吐いた。
『あの男も柚子のように生まれ変わり、柚子の前に現れた。最悪なことに、きっとあやつは前世を覚えている。一時の邂逅でも分かった。あの男から感じる柚子への執着心は』
「それは柚子ちゃんのはとこだっていう子のことを言ってるのかな?」
柚子が優生と諍いがあったことは、当主である千夜の耳にも入っている。
龍からこれだけのヒントがあれば、当然のように結びつけることができた。
『そうだ。あやつは必ず柚子を狙ってくるだろう。我らはあれとの悪縁を断ち切りたいのだ。だが、記憶と共に霊力も保持しているようだ。しかも、最悪なことに力が変質しておる。とても邪悪で負の塊のような力に。奴の心を具現化したような醜悪さを感じた。昔の時のようなへまはせぬが、慎重に動かねばならぬ』
「アオーン」
「にゃうん」
三体の霊獣は決意を固めるようにその眼差しを強くする。
そして、千夜は少し考え込む素振りをした後に問いかけた。
「柚子ちゃんが最初の花嫁の生まれ変わりってことはさ、玲夜君もそうなのかな?」
最初の花嫁、サクの生まれ変わりということは、その夫であった鬼も生まれ変わっているのだろうか。
それとも、その時の鬼とはまったく違う別人が柚子を花嫁として選んだのか。
玲夜の親である千夜には少し気になった。
『それは知る必要があることか? 柚子は今幸せにしている。お前の息子のそばで笑い怒り泣いて、あの者を心から愛している』
一瞬目を見張った千夜は、次に優しい笑みを浮かべた。
「確かにそうだね。前世なんて関係ない。柚子ちゃんは柚子ちゃんで、玲夜君は玲夜君だ」
『そういうことだ。だからこのことも決して柚子に言うでないぞ。お前の息子にもだ。なにも知らないのなら知らずにいた方がいいこともある』
「分かったよ」
そして、千夜は急に両手をパチンと音を立てて合わせた。
「じゃあ、まあ、とりあえずはそのはとこ君をどうにかすることを考えないとね~」
それまでの真剣な表情はどこへやら。
千夜はいつと通りののほほんとした空気でへらりと笑っている。
『あちらの動きが分からぬことにはどうしようもできぬ』
「それなら、はとこ君の監視を増やしたおこうか。なにかあったらすぐに動けるように」
『そうだな。それは助かる。我は常に柚子のそばにいるようにしよう』
「ふふふっ。柚子ちゃんを守り隊の結成だね」
桜が舞い散る中、柚子と玲夜の知らぬ間に静かにことは動き始めていた。
四章
夢を見ていた。
ヒラヒラと花びらが舞う美しい光景。
一年中咲き誇る鬼龍院本家にある桜の木。
柚子はそこに立っていた。
舞い散る桜をぼうと見ていると、声が聞こえてきた。
『……こ……に』
よく聞こえないその声に耳を澄ませる。
『……をここに』
それは澄んだ女性の声だった。
その声は桜の木の下から聞こえてきていた。
柚子は地面にしゃがみ込んで桜の木の根元に手を乗せる。
「そこにいるの?」
『あの……を、ここに』
「なに? よく聞こえない」
不思議と恐いという感情は浮かんでこなかった。
まるで電波の悪い電話のように聞き取りづらかったけれど、その声の主がひどく怒っていることはなんとなく伝わってきた。
『……ここに』
その時、ぶわりと視界を覆い尽くすほどの桜の花びらが舞い、柚子は思わず顔を手で防いだ。
「ひゃっ」
『……を、ここに連れて……』
微かに聞こえたその言葉。
「ここ? 連れてくるの? 誰を?」
しかし返事はない。
そして、桜の木は桜の花びらに覆われるようにして消えていった。
そこではっと目が覚める。
薄暗い中でゆっくりと体を起こすと、そこは柚子の自分の部屋であった。
「夢……だよね?」
そのわりには随分と現実味のあった夢だった。
夢の内容もよく覚えているし、まだ心臓がドキドキとしている。
「あれって鬼龍院本家の桜だよね……」
ぶつぶつとひとりごとを言っていると、足下で猫たちと寝ていた龍が目を覚まして寄ってきた。
『どうしたのだ? まだ起きるには早いぞ』
「ごめん。起こしちゃったね。なんか変な夢見ちゃって」
『変な夢?』
「あー、気にしないで。ただの夢だし」
そうは言うものの、柚子はあの光景が頭から離れない。
『どんな夢だったのだ?』
「気にしないで。寝てていいよ」
『そういうわけにもいかぬ。忘れたのか? 我が最初に柚子に接触を図ろうとしたのも夢の中だ』
「……そう言えばそうだったね」
『神子の力が発現している柚子の夢は、ただの夢と捨て置けるものではない。おかしいと思ったのなら話してみよ』
そうこうしていると、寝ていたはずのまろとみるくまで起きてきてしまった。
その時、龍がなにかに気付く。
『柚子、髪になにかついておるぞ』
「えっ?」
言われるまま髪を手で梳くと、はらりと髪からなにかが落ちた。
布団の上に落ちたそれを手に取る。
「これ、桜の花びら?」
夢と現実が交差する。
『なぜそのようなものが』
龍が不思議がるのも無理はない。
この屋敷には桜の木は存在せず、そもそも桜の咲く季節はとうに過ぎているのだから。
「夢と関係あるのかな」
『どんな夢を見たのだ?』
「私も上手く説明できないけど、桜の木が出てきてね」
『桜の木?』
「うん。たぶんあれは本家の裏に咲いている桜の木だったと思う」
木の違いが分かるほど植物に詳しいわけではないが、あれほど大きく不思議な力を感じる桜を他に知らない。
「その桜の木の下から声が聞こえてきたの。女性の声だった。でも、なにを言ってるか分からなくて、そしたら目が覚めたの」
『ふむ……』
龍は柚子の言葉を聞いて一生懸命考えているようだ。
「よく分からない夢でしょう?」
『そう断言するのは時期尚早だ。今この時にそんな夢を見るなどなにか意味があるのかもしれぬ』
「どんな意味?」
『うーむ。それは我にも分からぬが』
「分からないんじゃどうしようもないじゃない」
『うっ……』
龍は正論を言われてたじろぐ。
『だ、だが、きっとなにかあるはずなのだ』
「そのなにかが分からないんだから、気にしても仕方ないよ。もうひと寝入りしよう」
柚子は龍を放置して布団の中に潜り込んだ。
まろも大きなあくびをして先程まで寝ていた場所に寝転ぶと、みるくもその後に続いて寝に入った。
龍だけが取り残されたが、意地があるのか、ずっとうーんうーんとうなり続けていた。
おかげで目覚ましが鳴って起き出した時には全員そろって寝不足だ。
まろとみるくは気にせず丸くなって寝ているが、大学に行かねばならない柚子はそういうわけにもいかない。
名残惜しく布団から抜け出した。
朝食の席で大きなあくびをする柚子に玲夜が気付く。
「どうした、寝不足か?」
「うん。ちょっと夢見が悪くて」
再びあくびをすると、柚子の腕に巻き付いている龍までもが大きなあくびをしていた。
「あらあら、ふたりしてお眠のようね」
クスクスと笑う祖母は、あっとなにかを思い出したようだ。
「そうそう、柚子に言っておくことがあるんだったわ」
「なに?」
「お家のリフォームが完成したようなのよ。だから準備が整ったら私たちはお暇するわ」
「えっ、もう?」
柚子はひどく残念そうな顔をした。
一時的なことだと分かっていたが、祖父母がこの家にいてくれるのが嬉しくてならなかったのだ。
また別々で暮らし始めたら会いに行く機会はぐんと減るだろう。
それが分かっているので落ち込んでしまう。
分かりやすくしゅんとなる柚子に、祖父母は優しい笑顔を浮かべる。
「今生の別れというわけでもないだろう」
「そうですよ。いつでも遊びに来たらいいわ」
「……うん」
そうは言われても、おじいちゃん子おばあちゃん子の柚子には寂しくて仕方ない。
「新しい家の完成を祝って、近所の人を呼んで小さなお祝いをするんだけど、柚子も来る?」
「行きたい!」
身を乗り出して食い気味に返事をする柚子は、恐る恐る玲夜を見る。
「行ってもいい?」
外出には玲夜の許可は絶対だ。
玲夜が現在優生のことを警戒しているのは分かっていたが、ここで駄目だと言われたら泣く自信がある。
そんな気持ちで玲夜を窺うと、仕方なさそうに溜息を吐いた。
「ちゃんと子鬼たちを連れていくんだぞ」
「うん! ありがとう」
柚子はぱあっと表情を明るくして満面の笑みを浮かべた。
「じゃあ、行って来る」
「いってらっしゃい」
いつものように仕事に行く玲夜を見送る柚子の頬にキスをして玄関を出て行こうとした玲夜は、不意に足を止め振り返った。
「そうそう。柚子が応募していたインターンの申し込みは全て辞退しておいたからな」
「えっ……」
固まる柚子を置いて、玲夜はさっさと仕事に行ってしまった。
残された柚子は、その場にがっかくりと膝から崩れ落ちたのだった。
「そんなぁ~」
大学でそのことを透子に話すと、「当然でしょう」というなんとも冷たい言葉が返ってきた。
「っていうか、まだ諦めてなかったの?」
「内緒にすればいけるかと思って」
「そんなの無理に決まってるじゃない。あの若様が柚子の行動を監視してないわけないでしょう」
「だからって、勝手に辞退するなんてひどい……」
柚子はがっくりと、テーブルの上に突っ伏した。
「はぁ、なんかいい方法ないかな」
「泣き落としは?」
「もうやった……」
「若様なんだって?」
「却下のひと言」
目薬まで用意して挑んだが玉砕だった。
「しつこい柚子も柚子だけど、若様もぶれないわね」
「いっそ、玲夜の弱味を握って脅すとか」
「止めときなさい。藪から蛇が出てくるかもよ」
「確かに、後が恐いかも」
玲夜を怒らせると色んな意味でヤバいことになる。
そもそも、弱味などなさそうだ。
「インターンはさすがに諦めないと駄目かぁ」
「応募し直しても全部潰されるだけでしょうしね」
「桜子さんがいたら相談に乗ってもらうんだけどな」
桜子はすでに大学を卒業しており、今は今度行われる披露宴に向けての準備で忙しくしているらしい。
忙しいのを邪魔したくはないので、柚子も相談しにくい。
柚子が頭を悩ませていると、透子から疲れたような吐息が漏れる。
「どうしたの、透子?」
「うん。なんだか昨日ぐらいから調子が悪くてさ」
「風邪?」
「そんなんじゃないと思うんだけど、なんだか体がだるいのよね」
柚子は透子のおでこに手のひらで触れる。
「熱は、ないみたい。他に症状は?」
「ううん。今のところないわ」
「風邪の前兆かな? 最近寒暖差激しいし」
もうすぐ梅雨が始まる時期。
季節の変わり目は寒暖差も大きく、体調を崩しやすい。
きっと透子もその影響を受けているのかもしれないと、この時はそう思っていた。
「しんどくなったら医務室行った方がいいよ?」
「うん。そうする」
「にゃん吉君は知ってるの?」
「言わないわよ、これぐらいの体調不良じゃあ。ちょっとでも体調が悪いなんて言おうものなら、即病院行きよ。過保護なんだからにゃん吉は」
それには柚子も苦笑を禁じえない。
「にゃん吉君も玲夜と同じだね~」
きっと柚子がそうなったら玲夜も同じことになるだろう。
花嫁を持つあやかしの過保護っぷりはどこも同じようだ。
それを呆れつつも、仕方ないと受け入れているのは、やはり相手のことを愛おしいと感じているからなのだろう。
「それよりさ、優生のことはどうなったの?」
「優生か……」
優生と聞いて、柚子は苦虫をかみつぶしたような顔をする。
「優生とはあれから会ってないよ」
透子には優生との間に起こったいざこざを話していた。
中学の元彼である山瀬が別れを切り出した本当の理由も含めて。
かなり驚いていたようだが、後々山瀬に真偽を問いただしたようで、山瀬からも詳しい事情を聞いて憤っていた。
「まさかあの優生がねぇ。まあ、でもちょっと分かるかも」
「どの辺りが?」
柚子は嫌そうに顔をしかめた。
「だってさ、柚子はかなり優生を苦手にしてて自分からは絶対に近付かなかったのに、優生の方は柚子を気にしてちょくちょく話しかけてきてたじゃない。よくよく考えれば、好きな子の気を向かせたかったのね」
「好きな子ね……」
透子は優生のあの様子を見ていないから分からないのだ。
あれは好きな子の気を引きたいとかそんなかわいらしいものではなかった。
もっとほの暗くねっとりと絡みつくような感情だった。
思い出すだけでも背筋がぞわりとする。
今は玲夜が優生に監視を付けてくれているのが救いだ。
いつ現れるのかとビクビクしなくていい。
「ほんと勘弁して欲しい……」
「柚子って時々ちょいヤバなのに好かれるよね。誰とは言わないけど」
「それって玲夜も含まれてるの?」
「だから、誰とは言わないってば。まあ、若様の場合はちょいヤバじゃなくて、かなりヤバイと思うけどね」
透子は少し声を潜める。
「だってさ、一龍斎って最近急激に衰えてんじゃない。株価の暴落ほんとヤバイことになってるみたよ。柚子知らないの?」
「知らない。そういうのよく分からないから」
「にゃん吉が株価の情報見ながら顔引き攣らせてたもの。私に、絶対鬼龍院様を怒らせるなよって釘刺してさ」
一龍斎をその地位から引きずり落とさんと、玲夜を始めとした鬼龍院が動いているのは少々話には聞いている。
詳しいことは話さないけれど、上手くいってることも耳にしている。
けれど、まさかそこまでとは思っていなかった。
そう言えば、一龍斎の当主の孫娘で、龍の加護を持っていたミコトの姿を最近みないなと思っていた。
たくさんのお付きの者を引き連れていたりと、なにかと目立つので目に入ってくるのだが、それも最近ない。
そのことを透子に話せば、柚子たちが三年に上がる前に大学を辞めたのだという。
「そうだったの?」
「知らなかった? けっこう一部で騒いでたんだけど」
「全然。玲夜もなにも言わなかったし」
『我は知っておった』
と、それまで静かに柚子の腕に巻き付いていた龍が答える。
『当主の命令で別の大学に編入となったようだぞ』
「どうして?」
『ほれ、あの小娘、我を返せと柚子に食ってかかっておったであろう。それを鬼龍院の当主が向こうの当主に苦情を入れたのだ。我のその場に立ち会って、関わるならどうなっても知らんぞと脅しておいたからな』
そう言って、龍はケケケっと至極愉快そうかつ悪そうに笑っている。
「柚子には過保護な保護者がたくさんいるわね」
「ありがたいやら、頼もしいやら」
「周りからしたら恐いわよ」
「だね」
けれど、そんな保護者にいつまでも頼ってばかりもいられない。
柚子は玲夜が帰ってくる日を見計らって玄関で待ち構えた。
仁王立ちする柚子に目を丸くした玲夜は、次の瞬間には甘くとろけるような顔に変わる。
「待っていたのか?」
「うん」
柚子は並々ならぬ決意を持って待っていたのだが、玲夜はそんなこと知るよしもなく、愛しい花嫁に出迎えられたことを素直に喜んで柚子にキスを迫る。
が、それを受け入れるのは今ではない。
さっと避けた柚子に、玲夜は眉間に皺を寄せる。
「どうして逃げる」
「話があるの」
「……却下だ」
「まだなにも言ってないのに!」
話す前からすでに却下されて柚子は大いに慌てた。
どうやら柚子が言わんとしていることを玲夜は察しているらしい。
玄関を上がると、ズンズンと自室に向けて歩いて行く。
それを柚子は必死の顔で追いかけた。
「玲夜ぁ」
「…………」
目の前でパタリと閉まる扉の前でうろうろして少しすると、扉が開き、スーツから部屋着の和服に着替えた玲夜が姿を見せた。
柚子は問答無用で部屋に押し入る。
「玲夜、大学卒業後の進路のことなんだけど」
「だから、却下だ」
「どうして? インターンの応募だって勝手に辞退しちゃうし」
「当たり前だ。大事な花嫁をよそに出せるか」
「応募した中には玲夜の会社のもあったじゃない」
駄目元で一応応募していたのだ。
応募しても、大会社の頂点にある玲夜の所までインターンの名簿など行かないだろうと思っていたがそう甘くなかったようだ。
「玲夜の会社なら働いても問題ないでしょう?」
「駄目だと言ってる」
「……ケチ」
ぼそっと呟いた言葉はばっちり玲夜に聞こえたようだ。
妖しげな笑みを向けられる。
「柚子」
「な、なんでしょう?」
なぜだろうか。肉食獣に睨まれた草食動物の気分になるのは。
言い過ぎたかと後悔したがもう遅い。
「最近は随分と俺に対して遠慮がなくなったな」
「そ、そうかな? 気のせいじゃないかな。あ、ははっ……」
乾いた笑いで誤魔化すが、誤魔化されてくれる玲夜ではない。
「それだけ俺に慣れたなら、いっそ結婚を早めるか?」
柚子はぶんぶんと首を大きく横に振る。
だが、勢いよく否定した後になって、そんなに否定しては結婚を嫌がっていると思い違いをされかねないのではと心配になる。
すると、玲夜はそれはもう深い溜息を吐いて、柚子と向き合う。
「そもそも、柚子はどうして働きたい?」
「どうしてって……。働くのは当たり前のことじゃないの? 玲夜だって働いてるじゃない」
「多くの人は生活するために働いている。金を稼ぎ生きていくためにな。そのために嫌な仕事でも文句を言いながら仕方なく働いている者がほとんどだろう。残念ながら俺もそのひとりだ。俺に与えられた責任を果たすために働いている。自分のしたいことで金を稼ぎ生きていけている者はほんのひと握りだろう」
「うん」
柚子は静かに頷いた。
「そんな中で、柚子は別に嫌々仕事をする必要のない立場だ。それは理解しているな?」
「……うん」
玲夜のすねを大いにかじっている柚子は、働かずとも生きていける。
お金を稼ぐ必要などないのだ。
それでもここまでしつこく働きたいと言うのは、それが普通の一般社会に生きている者なら当然のことだと思っているから。
別に仕事が好きなわけではない。
「もう一度聞くぞ。柚子はどうして働きたい?」
「それは……。玲夜の役に立ちたいし」
「俺のためを思うなら、この屋敷で俺の帰りを待っていてくれる方がよほどためになる。働く方が迷惑だ」
「そうだけど……」
そこまではっきり言わなくてもいいのにと思いつつ、それが玲夜の本音なのだろう。
なんだか突然迷子になった子供のように不安な気持ちになってくる。
自分はなぜ働きたいのか……。
「柚子」
玲夜は優しく名を呼ぶ。
まるで幼い子供に言い聞かせるように。
「言い方を変えよう。柚子はなにをしたい?」
「なにを?」
「そうだ。別に無理をして働く必要なんてないんだ。なら、柚子は大学を卒業後、どんなことをして暮らしたい?」
「……そんなこと急に言われても」
「母さんがなにをしているか知っているか?」
「沙良様?」
「ああ。母さんはあれでいて手先が器用でな。自作のアクセサリーを作ってはネットで売っている」
「そうなの!?」
それは初耳だった。
「それに、桜子も卒業後はしたいことがあると言っていた。高道の補佐の傍らやりたいように動いているようだ。柚子だって、好きなように生きればいい。もう無理をして働いて逃げなければならない家族もいないのだから」
自由に。自分の好きなことを。
「でも、そんな我が儘許されるのかな?」
「柚子の我が儘を叶えるために俺がいる。柚子は柚子がしたいことをしたらいいんだ。柚子はどうしたい?」
「私は……」
言われて考えてみた。
けれど、なにも浮かんでこない。
「分かんない……」
答えを導き出せなかったことにひどく自分にガッカリした。
自分には分からない。
自分がなにをしたいかも、卒業後の天望がなにひとつ浮かばない。
「焦る必要はない。ないのならこれから見つけていけばいい」
「見つかるのかな?」
「ゆっくりでいい。だから、俺への義理を果たすために働く必要はないんだ。柚子が柚子のために働きたいと言うのなら俺は文句は言わない」
心の中には常に玲夜への感謝があった。
あの最悪な家族から救ってくれた感謝。
なにもない自分をそばに置いてくれているという感謝。
そんな感謝は、いつかなにかの形で返さなければならないと自分で自分を追い込んでいた。
玲夜はそんなことを必要とはしていなかったのに。
恥ずかしい。
自分の心の中を見透かされたようで。
自分の価値を示すことで、ここにいてもいいと思おうとしたずる賢い自分がいたことを。
けれど、そんな柚子を知ってもなお、玲夜は柚子を離しはしなかった。
柚子の存在を認めてくれる。
なんて嬉しいことなのだろうか。
役に立たなくても、ただそこにあることを許してくれる。
「……分かった。就職するのは諦める」
玲夜は満足そうに優しく微笑んだ。
「それでいい。柚子が幸せでいてくれることが俺の願いだ。それ以上のことを望んでなどいない」
「玲夜は私を甘やかしすぎる」
「まだ足りないぐらいだ。もっと我が儘になれ、柚子。俺が手に負えなくなるぐらい我が儘になればいい」
「それは私が嫌かも。でも、少し考えてみる。自分のしたいことを」
「ああ。けれど、焦る必要はない。時間はたくさんあるんだからな。じきにそれよりも考えなくてはならないことがたくさんできて、それどころではなくなるだろうしな」
「なに?」
「結婚だ。大学を卒業したら籍を入れる予定だろう? 鬼龍院の次期当主の結婚だ。規模も大きくなるから準備が始まったらかなり忙しくなる」
くっと口角を上げる玲夜に、柚子も微笑んだ。
「確かに、そう考えると就活なんてしてる暇はないかも」
「母さんが一番はしゃぐだろうからな。色々と覚悟していた方がいいぞ。まあ、嫁姑問題はなさそうなのが幸いか」
「うん。沙良様は優しいから好きだもん」
世の中には泥沼の嫁姑問題があったりもするが、沙良の気さくな性格のおかげでそんな問題は柚子には無縁のものだ。
だが、その性格故に結婚などというイベントごとには周囲の抑えがきかないほど大はしゃぎしそうなのが心配ではある。
なにはともあれ、柚子の就職問題はこれで解決できたと言っていいかもしれない。
このことをなによりほっとしたのは玲夜であろう。
翌日、働くことを止めて、やりたいことを探すという話し合いで決着がついたことを透子に報告した。
「若様ほんと柚子に甘いわねぇ。で、なんで柚子は資格試験の本なんか読んでるわけ? 就活辞めたんじゃないの?」
就職活動をしないと言っていたにもかかわらず、現在柚子は就職に役立ちそうな資格取得のためのパンフレットを大量に持っていた。
「したいことって言われてもなにがいい分からないから、とりあえず色んな資格取っておいたらしたいことも見つかって、なにかあった時にも役立つかなって」
「まじめかっ!」
『柚子はそれが取り柄だ』
鋭い透子のツッコミに、龍までもがそう口にする。
「でも、まあ、若様はこれで安心したんじゃないの?」
「多分ね」
柚子としてはなんだかんだで玲夜の思い通りになったようで、ちょっとだけ不満があったりなかったり。
そして、柚子が就職をしたがるからという理由で強制休暇にされていたバイトだが、再開を望んだものの、したいことを探すのだろうと言われて結局そのままバイトは辞めることになってしまった。
そういう意味でも玲夜の手のひらで転がされた気がする。
「透子は卒業したらなにするの?」
「うーん、なんだろう。まだ分からんないや。別にやりたいこともないしね」
「そうなんだ」
「そんなもんよ。だいたい、私たちの年齢でこれをしたいって明確な夢を持ってる人なんて一部だけよ。他の皆はなんかよく分からないまま就職して年取っていくんだから。柚子も無理して探そうとせずに流れに身を任せてたらその内見つかるわよ」
カラカラと軽快に笑う透子に、柚子も少し肩の力が抜けた。
「楽観的な透子の性格がとてつもなく羨ましい……」
「あーいー」
「あいあい」
同意するように子鬼たちがうんうんと頷く。
「柚子がド真面目なだけでしょ」
「いや、普通でしょ」
「いやいやいや」
「いやいやいや」
このままだと永遠に終わりそうにない無駄な言い合いが続くかと思った時、急に透子が頭を押さえて顔を歪めた。
「透子? どうしたの、頭痛いの?」
「ううん。ちょっとめまいがしただけ。もうなくなった」
「大丈夫なの?」
「平気平気。一瞬のことだったし。でも、なんだか最近よくあるんだよね。体のだるさも抜けなくて」
「前から言ってたよね。まだ治ってなかったの? 病院で診てもらった方がよくない?」
「うーん。あんまり病院とか好きじゃないのよね」
嫌そうな顔をする透子に、柚子は呆れる。
「そんな子供みたいなこと言って。大きな病気だったらどうするのよ。どうしてもっと早く病院に行かなかったって、にゃん吉君に雷落とされるよ」
「それはめんどいわね。でも、ちょっと調子が悪いだけだし」
「それでも行っておいた方がいいよ。一緒について行こうか?」
「それこそ子供じゃないんだから。大丈夫よ、病院ぐらいひとりで行けるわ」
「逃げ出さない?」
「……私をなんだと思ってるのよ」
「だって、ねぇ? 透子だし」
同意を求めるように子鬼たちに向けば、「あーい」と子鬼たちも否定する様子はなく頷いた。
「でも、そんなに調子悪いなら駄目か」
「なんかあるの?」
「ほら、おじいちゃんとおばあちゃんの家のリフォームが終わったから、それを祝って週末にでもささやかに近所の人とか呼んでお祝いしようってなったの。人数多い方が楽しいから透子も誘ったら? っておばあちゃんが言っててね。けど、その調子だと無理そうだなって」
「やだ、行くわよ」
「えっ、だって体調が……」
「ちょっとだけよ。もちろん参加するわよ! 手土産はなにがいいかしら?」
和菓子?洋菓子?などと悩んでいる透子をうろんげに見る。
「ほんとに来るの?」
「駄目なの?」
「その前に病院行って来るなら文句はないけどさ」
「そこまで病院に行かせたいわけ?」
「透子を心配してるんじゃないの。そして、にゃん吉君の心の平穏のため。じゃないと後でにゃん吉君がうるさいよ?」
「まあ、確かにね」
柚子が同じことになれば玲夜とてそれはもううるさくするだろう。
それを分かっているだけに、透子の体調を無視できない。
それは透子の親友としてもである。
病院でお墨付きをもらえれば柚子も安心できる。
透子は観念したように深い溜息を吐いた。
「はぁ、分かったわ。今日の帰りにでも病院行って来る」
「そうしてくれたら、私も安心」
「なんだかなぁ……」
行く気になったものの透子はまだ納得はしていないようだ。
「病気は早めに治しておくにこしたことはないんだから。透子だって、私が同じ状態だったら同じように心配してくれるでしょう?」
行動力のある透子なら、言葉で諭す柚子よりももっと強制的に連行しそうである。
「はいはい、分かりましたー」
ちょっと不貞腐れ気味の透子にふたりの子鬼がよじ登り、よしよしと頭を撫でている。
「あいあい」
「あい!」
それはまるで、いい子いい子と親が子供を慰めているようで、柚子は笑いを噛み殺した。
そして週末、リフォームされ新しくなった家に戻っていった祖父母の所に遊びに行く日となった。
本当は玲夜も一緒にと思っていたのだが、間の悪いことに高道と桜子の披露宴の日と重なってしまい行けなくなってしまったのだ。
その披露宴には、一龍斎の関係者も来ることから柚子は不参加が決まっている。
万が一の危険を避けるためである。
本当を言うと柚子だって行きたい。しかし、非常に残念だが我が儘を言うわけにも行かなかった。
なので参加するのは玲夜だけ。
祖父母は玲夜ならばいつでも歓迎すると言ってくれているので、この日は柚子だけが祖父母の家に向かう。
だが、玲夜は少し心配そうにしていた。
「一応護衛を外に配置しておくが、子鬼たちは絶対に連れておくんだ」
『我もおるぞ』
少し不貞腐れたような様子の龍は、普段から子鬼のことしか言わない玲夜に少し不満なのかもしれない。
自分もいるのだぞという主張だ。
柚子は分かっていると伝えるように、腕に巻き付いている龍の頭を撫でてやる。
すると、少し機嫌を取り直したようだ。
「そんなに心配しなくても家の中だし、あの家には玲夜が結界を張ってるんでしょう? おじいちゃんとおばあちゃんが招かない客は弾き飛ばされちゃうんだし大丈夫だよ」
そう、以前に招かれざる柚子の家族が突撃してきたことから、その後玲夜がとびっきり強力な結界を張ったようなのだ。
柚子にはまったく分からないのだが、東吉が思わず回れ右をして帰ろうとするほどには強力なようだ。
当然柚子が暮らすこの屋敷にも玲夜が結界を張っているようだが、それに勝るとも劣らない渾身の結界らしい。
ただただ柚子の生活圏を護らんがための、玲夜の涙ぐましい献身である。
屋敷は玲夜の許可がない者の出入りを禁じるが、祖父母の家は祖父母の許可がない者の出入りを禁じられるようになっている。
なので、そこまで玲夜が柚子の身を案じる必要はないのだ。
祖父母の家の結界がどれだけ強力なものなのかは、結界を張った玲夜自身が分かっているのだろうに。
そして、玲夜ですら負ける龍の加護が柚子にはある。
柚子はなにも心配してはいなかったが、玲夜のそれはもう癖のように柚子を心配する。
これほど過保護に大事にされるのは、むず痒いような嬉しさがあるが、なにごとも程々が肝心だ。
柚子は安心させるように玲夜に抱き付いてから、にこりと微笑む。
「玲夜も桜子さんと高道さんの披露宴に行く準備をしないとでしょう? 私には子鬼ちゃんたちとすごく強い龍が護ってくれてるんだから大丈夫よ」
龍はドヤ顔でふふんと鼻息を荒くする。
「あーい」
「あいあーい!」
子鬼たちも気合いはじゅうぶんだ。
「どんな様子だったか、帰ってきたら教えてね」
さすがに玲夜に披露宴をパパラッチしてこいとは言いづらい。
写真や動画を見たかったが、それは千夜と沙良がプロのカメラマンを用意しているようなので、今度見せてもらうことを約束している。
なので柚子も心置きなく祖父母の家に遊びに行けるというものだ。
「分かった。なにかあったらすぐに電話してくるんだ」
「うん。玲夜もなにかあったら電話してね」
玲夜に限ってなにか問題が起こるとは思えないし、起こったとしても自分で難なく解決してしまうはずだから心配の必要はないのだろうけれど。
お互い準備をするために離れ、柚子は自身の持つ服装の中では高そうに見えないラフなシャツワンピースを着て行くことにした。
ゆっくりと用意をして部屋を出れば、本家で行われた式の時とは違い、ブラックスーツに身を包んだ玲夜が出かけるところだった。
和服も似合うが、スーツはスーツで大人の色気が倍増したようで眼福である。
思わず写真を撮って残したくなる格好よさだ。
透子がここにいたなら迷わずシャッターを切っていたことだろう。
あの図々しさが羨ましくもある。
毎日一緒にいて馴れたつもりでいても、ちょっとした時に見えるギャップに、未だに柚子はドキドキし通しだ。
「いってくる」
「うん。いってらっしゃい」
「さっきも言ったが、くれぐれも……」
「はいはい。単独行動はしないから」
あまりのしつこさに柚子も呆れるしかない。
不承不承ながら、時間も迫っているらしい玲夜は名残惜しそうに柚子の頬を撫でてから屋敷を出て行った。
そして柚子も。
玲夜が出て少ししてから、車に乗って透子を迎えに向かったが、そこにはなぜか東吉の姿も。
「あれ、にゃん吉君も一緒?」
「そうなのよ。一緒に行くって聞かなくてさ」
「まあ、こっちは別に構わないけど……」
なぜ急に一緒に行くことになったのかと不思議に思っている柚子に東吉が説明する。
「透子の体調が悪そうなんだ。家でじっとしてろって言うのに、行くって聞かなくてよ。柚子からもなんか言ってくれ」
「たいしたことないもの」
心配されている透子はと言うと、ちょっと迷惑そうだ。
「透子、まだ体調治ってないの? 病院は?」
「行ったわ。でも特に異常はないって。風邪だろうって薬もらってきただけよ」
「本当に大丈夫なの?」
これまで病気らしい病気をしたことのない透子の不調に、柚子は心配だった。
しかもかなり長引いている気がする。
しかし、当の本人はそんな心配を切って捨てる。
「大丈夫だってば。ほら、行きましょう」
柚子も東吉も、そんな透子を止める術を持っておらず、仕方なく柚子が乗ってきた車に乗り込んだ。
乗り込んでから柚子ははっとする。
あやかしの中では弱い猫又の東吉は、ことさら鬼を恐がっている。
弱いあやかしが、最強の鬼を恐がるのは本能によるものなので仕方ないのだとか。
そんな東吉にはかわいそうなことだが、柚子の車を運転しているのは東吉が苦手にしている鬼である。
助手席にも護衛のための鬼が乗っており、東吉の顔色は悪い。
きっと、自分の家の車を出さなかったことを後悔している顔だ。
透子はそんな東吉に気付かず楽しそうだが、気付いてやって欲しい。
今にも車から飛び出しそうなほど怯えている。
祖父母の家に着くまでの間、東吉の苦難は続くのだった。
ようやく祖父母の家に到着すると、東吉は逃げ出すように車から飛び出した。
若干顔色が悪い。
「どうしたの、東吉? 車酔い?」
透子には理由が分かっていないようだ。
霊力を感じることのできない人間なので、東吉の怯えの理由が分からないのは仕方がない。
「むしろ、車酔いの方がよかった……」
後部座席の扉を開けた運転手の鬼は、東吉の顔色の悪さの理由が分かっているようで苦笑している。
だが、彼にはどうしようもできないことなので無言を通していた。
「それでは柚子様、お帰りの際はご連絡ください」
「はい。ありがとうございます」
柚子たちを乗せてきた車は一旦そばを離れるようだ。
黒塗りの高級車を一般家庭が並ぶ住宅街に置いておくのはかなり目立つ。
そういうのを嫌う柚子のことを配慮してくれてのことだ。
とは言え、玲夜がつけた護衛はそこら中に潜んでいるのだろう。
まあ、近所に迷惑を掛けないのならそれで問題ない。
柚子は喜び勇んで祖父母の家に入ろうとすると、手前で東吉が立ち止まる。
「なにしてるのよ。行くわよ、にゃん吉」
「分かってる。だがな、俺には心の準備というものが必要なんだ!」
「なにわけ分かんないこと言ってるのよ。さっさとしなさいよ」
そう言って、透子は東吉の背中を押した。
「あっ、お前、バカッ。この強力な霊力が分かんないのか!?」
「分からん、分からん。なんせ人間だし」
問答無用で強制的に敷地内に押し込んだ。
どうやら玲夜の霊力の影響があるのは表面的なものだけのようで、中に入れば東吉はほっとしたように息を吐いていた。
「こんな強力な結界を別に張れるなんて、本当に鬼龍院様はとんでもないな」
柚子と透子にはいまいち分からないことだ。
龍だけは『これぐらいたいしたことなかろうに』などと言っている。
玄関を開ければすぐに祖母がやって来た。
「いらっしゃい。柚子に透子ちゃんに東吉君」
「お邪魔します、おば様」
「こんにちは」
透子と東吉がそれぞれ挨拶して、手土産を渡している。
「どうぞ。もう始まっているのよ」
綺麗になった家の奥からは複数の人の賑やかな声が聞こえてきていた。
「あの人ったら朝から近所の男の人たちとお酒を飲んで、もうすでにベロベロよ。困ったものだわ」
困ったと言いつつも、祖母のその顔はとても優しさに溢れていた。
柚子が大好きな祖母の笑顔である。
「おばあちゃん、住み心地はどう?」
「ええ。それはもう最高よ。バリアフリーにもなって、廊下も広くなったし、とても歩きやすくなったわ。一番はキッチンが使いやすくなったことかしらね」
どうやら喜んでくれているようで、少しでも祖父母孝行ができたのかもしれないと、柚子の方が嬉しくなった。
「ありがとう。あなたのおかげね」
そう言って、宝くじを当ててくれた龍の頭を感謝と共に撫でる。
『むふふふ、そうだろうとも』
褒められた龍は得意げだ。
「さあさあ、中に入って」
祖母に促されて玄関を上がる。
リビングに向かえば、顔を真っ赤にしてベロンベロンに酔ってご機嫌の祖父と、同じような状態になったご近所のお年寄りが大きな声で笑っている。
テーブルの上にはカラになった酒瓶がいくつも転がっていた。
「うっ、くっさ」
酒の匂いが充満している。
柚子は一直線に窓に向かって空気の換気をした。
「おー、柚子。やっときたか」
酒瓶を掲げて楽しそう笑う。
そこには普段のような口数の少ない気難しさのある祖父の姿はなかった。
そして、その存在を気付かれた柚子は年寄りの男たちに捕まった。
「柚子ちゃんじゃないか、別嬪になったなぁ」
「うちは男しかおらんから羨ましいなぁ」
「ほらほら柚子ちゃんこっちおいで~」
逃げる間もなく捕獲された柚子は、酔っ払いのただ中に座らされ、ジョッキを渡される。
そこに日本酒を注がれる。
「ささ、グイッと」
「いや、これビールジョッキで、日本酒を入れる大きさじゃないからっ」
「遠慮しなくていいんだぞぉ~」
酔っ払いにはなにを言っても響かない。
ジョッキになみなみと注がれた日本酒を前に途方に暮れる。
二十歳となりお酒を嗜むようにもなった柚子だが、残念ながらあまりアルコールには強くない。
こんな量のお酒を摂取したら一発KOされてしまう。
どうしたものかと視線を巡らせれば、透子は巻き込まれまいと奥様方の輪の中に入っており、東吉もそこに。
そして祖母はお客のもてなしをせんと動き回っている。
だれも柚子を助けてくれる者がいない。
ここは意を決して飲むべきかと、覚悟を決めた時、柚子の腕に巻き付いていた龍が移動して、器用に尾でジョッキを持ち上げ大きな口を開けて飲み始めた。
ゴックンゴックンと一気飲みした龍に、柚子はポカンとする。
そして飲み干した龍は陽気にしゃべり出す。
『うむ、美味ぃ。もっと我に酒を持ってくるのだぁ~!』
「おっ、いける口だねぇ」
「だったら次は芋焼酎だー」
だれひとり龍の存在に疑問を抱いている者はいない。
むしろ仲間が増えたとテンションが爆上がりしている。
その隙を突いて柚子は酔っ払いの中から抜け出した。
「危なかった……」
危うく酔い潰されるところである。
「あーい」
「あい」
子鬼もほっとしたような顔をしている。
さすがの子鬼も酔っ払いの相手は嫌だったようだ。
「ここは任せよう」
「あい」
「やー」
ぎゃはははっと、うにょうにょ体をうねらせながらどんどん酒を消費していく龍に、酔っ払いたちは面白がってどんどん酒を注いでいく。
そして、さらにそれを体に入れていく龍。
いったいあの体のどこに吸収されていくのか甚だ疑問である。
まあ、元の体はもっとずっと大きいので、問題はないのだろう。
酔っ払いの相手は龍に任せることにした。