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寝ても覚めても逆立ちしても、確かに今は六月だった。学校へ行っても担任は当然のように「七月の模試は大事だから、しっかりやるように」だとか「夏休みは羽目をはずしすぎないように」などと口にする。
朝が来るたびに新聞の日付をチェックしてもやはり日付は六月で、すでに明けたはずなのに、ニュースキャスターが真顔で『気象庁が梅雨入りを発表しました』などと言っていた。
僕が一度通り越したはずの、高校最後の夏。それが再び、訪れようとしている。
「なにがどうなってるんだ……」
どうにか平静を装い二度目の六月を送っている僕は、ある放課後、思い立って図書室を訪れた。目の前には、積み上げられた五冊ほどの本。いくらそんなものを読んだって、自分の身に起きたことを理解することはなかなかできなかった。
「ずいぶん難しい本、読んでるね」
誰もいなかったはずの図書室で声をかけられ、僕は「ヒェッ」と情けない声をあげる。それからすぐに、声の主が高野さんであるとわかり、安堵と既視感に思わず小さく笑ってしまった。
「高野さん、いつの間に?」
今日ここを訪れたとき司書席は空席で、図書室内には誰もいなかったはずだ。しかしそこで高野さんは「わたしのこと知ってるなんて、レアだね」と笑い、僕はハッと自分の口元を抑えた。
そうだ、僕が初めて高野さんと出会ったのは、胡桃が僕を忘れてしまった秋だった。つまりその前であるこの六月は、まだ僕と高野さんは出会っていないことになっているのだ。
「まあこの髪の毛じゃ、目立つといえば目立つのかしらねー」
高野さんは僕の言葉には大して疑問を持たなかったらしい。学校の職員なのだから、名前を知られていても不思議はないのだろう。
高野さんは、やはり以前と同じように自然な動作で僕の正面の席に腰を下ろし、積み上げられた本の背表紙を詰め先でなぞった。
「ふんふん。『タイムトラベラーの歴史』、『時間を巻き戻す方法』、『タイムスリップの原理』か」
前回、高野さんと出会ったときに僕が積み上げていたのは、記憶に関する書物だった。そして今回のものは高野さんが読み上げたタイトルの書物をはじめ、すべて時間を操作するという類のものだ。
「どの時代にも行けるって言われたらさ、未来と過去、どっちに行きたい?」
高野さんはそんな質問を僕に向ける。こんな本を前に頭を抱えている僕には、なんらかの悩みがあると思ったのかもしれない。
だけどそれを直接的に聞き出そうとするではなく、僕自身が自分と向き合えるような質問をする高野さんに、やはりこの人は僕が出会う前からこの人だったのだと、当たり前のことを思う。
「過去に行って、後悔したことをやり直したいです」
即答する僕に、高野さんは「ふむ」と興味深そうな目を向ける。
「過去の失敗や間違いを正せば、未来だっていい方向に向かうと思うんです。過去も今も未来も、全部繋がっているから。だからもしも、やり直せるチャンスがもらえるとしたならば──」
言葉にしたことで、僕の中でのいくつもの疑問がストンと落ちていくのを感じた。拓実の家で感じたのと、同じ感覚。
そうか、そういうことだったのか。これぞまさに、〝腑に落ちる〟だ。
「僕が、奇跡を起こします。大事なひとを救って、大事な仲間を守って。残酷な運命なんて、変えてみせます」
きっとこれは、神様が僕にくれたチャンスだ。当たり前だった僕たちの毎日を、絆を、守るためのチャンス。そしてなにより、胡桃の記憶というかけがえのないものを守るために。
「過去を変えれば、未来も変わるってことだよね」
「はい。必ず」
「ひとの持つ、運命も変えられるって思う?」
「──はい」
胡桃の運命が、記憶を失うことだなんて、絶対に許さない。そんなこと、僕がさせない。
「そんなの、必ず変えてみせます。僕の手で」
堂々と言い放つ僕を見て、高野さんは眩しそうに目を細めた。