楽しいことを考えていたからか、いつの間にかアパートに到着していた。
 さあ、気合入れて肉じゃが作るぞ! 彼の胃袋つかむぞ!

 意図的に夕食をたくさん作り過ぎようとしていたために重いビニール袋を両手に、私は鼻歌を歌いながら階段を上る。

 アツアツな新婚生活と、第一子の名前に対する意見の相違でプチ喧嘩をした場面まで妄想したところで、私の視界に映った現実が、脳内を絶望色に染め上げた。

 やっぱり君の考えた名前にしようか、と折れて、優しく謝りながら機嫌を損ねた私の頭を撫でてくれていたはずの彼が、知らない女と歩いていたのだ。

 どさり。私はスーパーの袋を落としてしまった。
 音に反応し、彼は振り向く。

「ああ、天乃宮さん」
 私に気づいて、笑顔を見せた。爽やかだ。彼の周りだけ気温が一度くらい低くなっているような気がする。

「あっ、どうも」
 彼の隣にいた女も倣って、ペコリ、と頭を下げた。

 クリっとした目に、サラサラのストレートヘアー。思わず守りたくなってしまうような、小動物的な雰囲気を醸し出している。

「今帰りですか?」
「はい」

 その女は誰だ。どんな関係なんだ。私への思わせぶりな態度は何だったんだ。命は惜しくないのか。

 聞きたいことはたくさんあったけれど、あえてにっこりと笑い、余裕を見せつける……つもりが、表情が引きつってしまい、自称ぽっちゃり系の職場の先輩(四十二歳独身女性)の「これでも昔はモテたのよ」という破壊力抜群の決め台詞をくらったときに作るような、微妙な笑みになってしまった。