「今はまだ、完全ではないということか」

 屍狼丸が、妖の喉笛目掛けて飛び掛かった。屍狼丸の牙を避けようと、身を低くした妖の隙をついて、一八が巻物に駆け寄った。それに気付いた妖が、一八に襲い掛かる。巻物を手に取った瞬間、妖に弾き飛ばされた一八は、そのまま鏡岩に激突した。

「一八殿!」

 広綱は、手にした破魔矢を妖に向けた。頭の中で、弓を描く。
 その時、はっとしたように、妖女姫が鏡岩に目をやった。鏡岩の前に倒れている一八の横に落ちた巻物が解けて広がり、絵が丁度岩に映っている。
 岩に映った絵は最早絵巻物の絵ではなく、命を得たかのように立体的で、まるで岩の中に本物の龍がいるかのようだ。

 鏡岩の表面に、亀裂が入る。妖が、岩に駆け寄った。

「屍狼丸!」

 妖女姫は屍狼丸を呼ぶと、その背に飛び乗り、一気に妖との距離を詰めた。迫る殺気に振り返った妖の眼球を、妖女姫は髪に差していた釵子で貫いた。妖が絶叫する。広綱は顔半分を押さえて呻く妖の額に狙いを定め、頭の中で弓を引き絞った。

 しかし矢を放とうとした瞬間、眼前の妖は妹の姿に変わった。目を見開いた広綱に、右京は涙まじりに訴える。

『兄さま、やめて。私を殺すの?』

「右京……」

 構えていた矢を下げそうになる。だがそんな広綱の目を、不意に鋭い光が射抜いた。

「殺すも何も、右京はもう死んでおる」

 目を瞬いて見れば、妖女姫が再び妖刀になった屍狼丸を構えている。先の光は、屍狼丸から発せられたものだ。