「ありゃ鵺でやんす」

「あれが?」

 話でしか聞いたことのない妖。着物の下はわからないが、言われてみれば頭と手足は獣のようにも見える。もっとも誰も見たことはないので、実際の姿はわからないのだが。

「屍狼丸!」

 妖刀・屍狼丸を身体に突き刺したまま続く妖の攻撃をかわしながら、妖女姫が叫んだ。途端に刀の形が揺らぎ、妖から抜け落ちると同時に先の白い獣に変わった。

「四郎は、姉姫様が鬼神だったころから一緒にいる山犬でやんす。鬼神と一緒にいられたんだから、ただの山犬だったかはわかりませんがね。それを如来様に殺されて、姉姫様は改心したんでさ。失った友を、宝剣と宝珠として与えられたって仰ったでしょ。宝剣は先の妖刀、あの姿といつもの人型の左の目ン玉が、如意宝珠でやんす」

 屍狼丸は咆哮を上げ、妖に向かって跳躍した。屍狼丸の爪をかわし、負けじと妖も鉤爪を振るう。しばしそのような攻撃の後、屍狼丸と睨み合った妖は、少し離れたところに転がる巻物に、ちらと目をやった。屍狼丸との距離を測っている。

「あれは……」

 初めに妖が鏡岩に映そうとしていた巻物だ。広綱はそれが、件の竜雲図だと気付いた。

「あの鏡岩に絵を映せば、絵に宿った力が解放されるんでしょうな。龍の絵にちなんで、わざわざ龍穴のあるこの地を選んだってわけで。おそらくその力も、龍にちなんだものでやんしょ。だからそれを取り込めば、奴は完全なる鵺になれるっちゅうわけでねぇすか。龍と鵺は、近しいから」