「いやしたぜ」

 先を歩いていた一八が、声を潜めて身を低くした。前方には大きく拓けた場所があるようで、月の光がそこだけを闇の中から浮かび上がらせている。よくよく見ると、向こうのほうには建物がある。どこかの神社の本殿のようだ。
 四郎が素早く広綱の手の狐火を消した。自分の周りは暗いが、右京の着物を着た妖の姿は月の光の中にあり、広綱の目にもはっきりと見える。

 妖は懐から巻物を取り出し、眼前にそびえる一枚岩に近付いた。鏡のように光る岩肌に、広げた巻物が映そうとする。
 だが次の瞬間、突然妖は悲鳴を上げ、巻物を取り落とした。驚いた広綱の目に、手の甲を押さえる妖が映る。四郎が放った扇が、妖の手に突き刺さったのだ。

 物凄い形相で振り返った妖は、広綱らのいる辺り目掛けて突っ込んできた。飛び退き様、広綱は懐から人型に切り抜いた紙を取り出し、呪文と共に投げつける。紙人形は妖に取り付くと、一瞬のうちに燃え上がり、妖は火を振り払おうとのたうち回る。

「ほほ。さすがは陰陽師。ちっとは使えるようじゃの」

 声のした方に目を向ければ、そこには妖女姫が悠然と立っている。

「四郎殿は……?」

 唖然とする広綱に笑いかけると、妖女姫は手に持っていた一振りの刀を翳した。

「ここに」

 月の光を受ける刀は、それ自体が光を放っているように青白く輝き、刀身は細身にも関わらず圧倒的な存在感を放っている。それは刀より発せられる、尋常でないほどの妖気故であった。

「わらわはその昔、生き人の心の臓を食ろうておった。それが神の怒りに触れ、かけがえのない友を失った。改心した後、友を宝剣と宝珠として、わらわに与えてくださったのじゃ。それがこれ、屍狼丸(しろうまる)よ」