「しかしっ……」

 妖女姫は狼狽える広綱を面白そうに眺めながら、手元の水盆を広綱の前に押しやった。

「それが今の右京よ」

 水面には、山の中を歩く人影が映っている。姿は人間だが、着物から覗く肌は灰色で、真っ赤に光った目の下には潰れた鼻と、耳まで裂けた口がある。
 それでも。

「右京っ!」

 広綱は水盆に飛びつき、水面に映った妖を食い入るように見つめた。

「うわぁ……えげつねぇ。こんな奴が女物の着物を着てるだけでも結構な眺めですなぁ」

 一八が露骨に顔をしかめて顔を背ける。

「右京の魂はその妖に食われ、そ奴の醜い肉の中で、未来永劫苦しむのじゃ」

 広綱は妖女姫を見た。目を細めて広綱を見返す妖女姫はあまりに現実味のない美しさのため、神の領域にいるようにも見える。
 鬼神か、善神か。

「あなたは一体、何者なのだ?」

 力なく問うた広綱に、妖女姫は少し笑った。

「わらわは心の臓を差し出せば、見返りとしてその者の願いを叶えてやる。その力が強すぎる故、わらわの存在を知る者は、そうはおらぬがの」

「それは、願った瞬間に死ぬからか」

 心の臓など差し出せば、人などたちどころに死んでしまう。しかし妖女姫は、広綱の考えを笑い飛ばした。

「それでは意味がなかろうが。わらわがいただくのは、死した後よ。死した後、わらわに心の臓を食われることを承諾すれば、わらわはその者の願いを叶えてやろうというのじゃ」

「死肉を食らうのか……?」

 恐る恐る聞くと、妖女姫は思い切り顔をしかめて檜扇を下げた。

「そんな下等な真似はせぬわ。魂に持ってこさせる」