「右京は絵に触れた時点で、すでにこの世の者ではなくなっておるわ。離れにいたのは、右京の肉と妖だけよ。愚戯(おこ)(おのこ)じゃ。今さら右京の気を追ったところで、居所がわかるわけなかろう」

 容赦ない妖女姫の言葉に、広綱は絶句し、唇を噛み締める。

「妖女姫様、人はそんなもんですよ。近しい人間がいきなり人じゃなくなっちゃ、まず冷静には振る舞えぬ」

「情けないのぅ。仮にも常人よりも闇に通じておるはずの陰陽師も、所詮は人の子か」

 一八の気遣いも、妖女姫はばっさり斬り捨てる。広綱は御簾を睨みつけた。

「一八殿は、あなたなら右京を何とかできると言った。確かに私は陰陽師とは名ばかりの、大した術も使えぬ只人だ。私には手に負えぬことも、すでに思い知った。……改めてお頼み申す。妹を、右京を助けてくだされ」

 固い表情で言うと、床に手をつき、頭を下げた。何の音もしない部屋の中、張り詰めた空気が流れる。

「顔を上げや」

 しばしの沈黙の後、かけられた声に顔を上げた広綱は、目の前の光景に息を呑んだ。御簾はいつの間にかなくなり、広綱の前には唐風の着物を纏った、天女の如き女人が座している。

「おぬしの言う『助ける』とはどういうことじゃ? 妹そのものを、おぬしに返すということか?」

 妖女姫は檜扇を弄びながら、広綱の出方を窺っている。
 広綱は事の矛盾に気が付いた。先ほど姫は、右京はすでに生きていないと言った。なのに助けることができるとは、どういうことなのか。
 檜扇を弄ぶ妖女姫は天女のようだが、その美しさの裏に底知れぬ闇が見えたようで、広綱は背筋に寒さを覚えた。