「竜雲図」

 青年の声に、落ち着かない様子で視線を彷徨わせていた男は、しきりにさすっていた手を一瞬止め、上目遣いで、ああ、と答えて目を逸らせた。

「何ぞ曰くが?」

「知らぬ」

 あまりに早い男の答えに、青年の形の良い眉が僅かに上がる。それを見、男は慌てた様子で言葉を繋いだ。

「あ、いや、古いものであるのは確かなのだ。絵も見事だ。あまりの見事さに、何ぞあるのやもしれぬが、わしは特に何も知らぬのだ。ただ、娘が……」

 男の顔が俄かに曇った。

「……おかしくなって」

 小さな声で続ける。膝の上で固く握られた拳は、小刻みに震えている。

「おかしい、とは?」

 青年は初めと変わらぬ落ち着いた口調だ。
 男はただ震えるばかりで答えない。顔は青ざめ、額には汗がうっすら滲んでいる。

「……絵に魅入られた、とか?」

 沈黙に痺れを切らせたわけでもなさそうな、変わらぬ静かな口調で、青年は先を促す。途端に男はびくりと肩を震わせ、青年に縋り付いた。

「娘は狐に憑かれとるんです。助けてくだされ」