聞き間違いだろうか、彼は今『世話になる』といったのか?
「…と言いますと?」
「その言葉の通りじゃ、しばらくこの家に住まわせてもらうぞ」
ええ…
ダメだ、急な展開すぎて頭が追いつかない。
でも、このままでは厄介なことになることは間違いないので、どうにかして他の所へ行ってもらおうと試みた。
「あの〜、大変申し訳ないのですが、この家に住むのはちょっと」
彼は僕をギロリと睨んだ。
「何?お主はワシをこの家に住まわせられないと申すのか?」
「ええと…はい」
僕がそう言うと、彼はニヤリと意地の悪そうな笑みを浮かべて言った。
「ほう、では聞くが、ワシは今までお主らを受け入れてやったのに、お主はワシを受け入れられないと、そう申すのか?」
彼の言っていることが最初はよく分からなかったが、やがて気がついた。
まさか…
「もしかして信長様、既にそちらの時代にタイムリープして来た人がいるのですか?」
「ああ、それも何人もな。」
「…左様ですか」
マジか。
このままではヤバイ、と思っていると彼が止めを刺して来た。
「もう一度聞くぞ。ワシはこれまでタイムリープして来た者どもを受け入れて、もてなしてやったのに、お前はワシを受け入れないと申すのか?」
返す言葉が見つからない。
そう言われてしまったら受け入れざるをえないじゃないか、現代人代表として。
「…我が家へようこそ」
「うむ、しばらくの間よろしく頼む」
こうして、僕と織田信長の奇妙な同居生活が始まった。
織田信長がうちに来てから5分後、僕と彼だけがいるこの部屋には気まずい沈黙が流れていた。
とうとうこの沈黙の時間に耐えきれず、意を決して話しかける。
「あの、信長様?」
信長は不機嫌そうに僕を見ている。
そして少しして口を開いた。
「…茶」
茶、と彼は言ったのだろうか。
確認するために聞き返す。
「茶、ですか?」
「客が来たらまずは茶の一つでも出すじゃろ」
そうだ、彼は一応お客様だった。戦国時代からの。
「し、失礼しました。今用意します」
「ん。まあ仕方ないか。ワシも1人目の未来人が来たときは戸惑ったわ」
「そ、そうなのですか?」
「うむ、だって明らかにワシらと格好が違うんじゃもん。けれど、どうしたものかと悩んだ末、ワシは茶を出したぞ」
得体の知れない人にまず茶を出すとは、織田信長の適応力は半端ないな。
やはり歴史に名を残す人は皆こうなのだろうか。
お茶を用意するために一階の台所に行って、お茶の葉を探していると、僕はあることに気づいた。
家にはお茶の葉などないのである。
両親は基本的に水かお酒しか飲まないし、僕もお茶はほとんど飲まず、飲むときは大体ペットボトルのものだった。
どうしようか迷った挙句、僕は許してもらえるかどうか不安だがとりあえず冷蔵庫にあったペットボトルのお茶を持っていくことにした。
「あの、信長様、これでよろしいでしょうか」
「ん、なんじゃそれは?」
「ペットボトルのお茶です」
「ペットボトル?」
「ペットボトルを知らないのですか?」
「ああ、知らん」
「そちらの時代に行った人たちが持っていませんでした?」
「…いや、持っていなかった。どうしてだか知らんが奴らは飲み水を求めて川にたどり着いたところでワシや他の武将の兵に生け捕りにされることが多いからな」
そう言われてみると確かにそうかもしれない。
タイムループものの小説なんかでは、携帯などは持っていけても飲み物を持っていけないことが多い気がする。
そして彼の言った通り川で生け捕りにされるのも典型的なパターンの一つだ。
「それで、ペットボトルのお茶でよろしいでしょうか?」
「うむ」
そう言って信長は僕からペットボトルを受け取り、中に入ったお茶を飲み始めた。
最初はやはり味が不安だったのか慎重に少しずつ飲んでいたが、やがて勢いよく飲むようになった。
そして一気に半分以上飲み終えた。
ぷはっと一息ついた後彼は言った。
「美味いな」
「それはよかったです」
「ああ。しかし、これは抹茶ではないな。この茶は何だ」
「これは緑茶です」
「ほう、緑茶か。まあ美味いのでよい」
「信長様の時代にはなかったのですか?」
「まあな。ワシらの時代には抹茶が普通じゃった」
抹茶は美味しいけど今の時代だと高いんだよなあ。
緑茶で満足してもらえて良かった。
「ところで、お主の名前をまだ聞いていなかったな。名はなんという?」
そういえばまだこちらは名乗っていなかった。
僕は彼が織田信長だと見た目だけで分かったのですっかり忘れていた。
「僕の名前は大河、安土大河です。」
「そうか、大河か。よろしく頼む」
「こ、こちらこそ」
織田信長と一緒に生活するなど、普通じゃ考えられないことだ。
なぜこんなことになったのだろうと、僕は改めて感じた。
「話は変わるが、お主の親は生きておるのか?」
「ええ、もちろん。今両親は2人とも仕事で出かけています」
「そうか、では帰って来たら挨拶しないとじゃな」
「え…」
「え?」
それはマズい、家に帰って来たらいきなり怪しい容貌をしたおじさんがいるなんてことになったら絶対にパニックになる。
それがたとえ織田信長だったとしても、いやむしろそっちの方がパニックになるか。
「信長様、それはちょっと…」
「駄目か?」
「…はい」
「ふむ、まあ仕方ないか」
「…ずいぶん素直に聞き入れてくれますね」
「まあな、初めて未来から人が来たときはワシの家臣もそいつに斬りかかろうとしていたしな」
「やっぱりそうなりますよね」
「うむ」
普通はそうだ。
いきなりお茶を出すこの人がおかしいのだろう。
家臣の皆さん、未来人が迷惑かけてすみません。
彼は残っていたお茶を飲み干した。
「それにしてもこの茶は美味いな。鮮度も良いと見える」
「ペットボトルですので」
「ペットボトルか、覚えておこう」
彼はかなりペットボトルが気に入ったようだった。
「やはり日本人といったら茶じゃな」
「ええ、まあ」
「ワシやワシの家臣たちも戦と茶の湯ばかりしておったわ」
「茶の湯、ですか?」
「なんじゃ、茶の湯を知らんのか」
僕は戦国武将には興味があったが、戦国時代の文化にはあまり興味がなかったため茶の湯というものもその名称だけしかしか知らなかった。
「茶、とは違うのですか?」
「ああ、茶は茶。茶の湯は茶の湯じゃ」
「なるほど?」
「せっかくだから説明してやろう。茶の湯とは家臣などの客を招いて皆で楽しむことじゃ。皆で茶を飲み親交を深める」
「なるほど」
「茶の湯はよいぞ。ワシも利休を召して、家臣たちの間にも茶の湯を広めたわ」
利休、千利休がお茶に関係するすごい人だというのは聞いたことがある。
それにしても血生臭いイメージがある戦国時代に武将たちがお茶を楽しんでいたのは意外だ。
「ワシも最初は茶の湯なんかをしてなんになるんじゃと思っていたが、すっかりハマってしまっての。茶器集めにも熱中してしまったわ」
「茶器集めですか?」
「ああ、いわゆる名物物と言われている価値のある茶器を集めるのじゃよ。なんなら名物物を手に入れるためなら家臣の謀反も許してしまったわ」
それはそれでどうなのだろうか。
しかし謀反まで許してしまうとは、それほどまでに魅力的な物だったのだろう。
「盟友の久秀なぞことあるごとにワシを裏切ってきたが、名物物と引き換えに毎回許したのじゃぞ。最後は平蜘蛛もろとも自爆したがな」
久秀とはおそらく松永久秀のことだろう。
彼のことなら僕も知っている。
あの『ボンバーマン』の久秀だ。
信長様が言っていたように最期は体に火薬を平蜘蛛という茶器入れて自爆した。
彼が日本で最初の爆死者なのだという。
「お主も友を招いて茶の湯をしてみたらどうじゃ?」
「ええ、機会があったら」
茶の湯か。僕はやってみるのも悪くないと思った。
「というわけで、日本人たるもの、これからも茶の文化は大切にするのじゃぞ」
「わかりました」
「それはそうと…」
そう言うと彼は空になったペットボトルじっと見つめ始めた。
やはり向こうの時代のものと違う分、不満があったのだろうか。
僕がそわそわしていると、彼は言い放った。
「おかわり!」
こうして僕と織田信長の同居生活1日目は終了した。
織田信長が家に来てから数日後、彼は今、
僕の部屋でスマホゲームをしている。
彼が今使っているスマホは僕のものだ。
家族に会わせるわけにはいかないし、ましては家の外の人などもってのほかなので、彼は一日中僕の部屋にいる。
けれどずっと僕の部屋にいるのは暇だ。外に出る。
と彼が言ったので、仕方なくスマホを貸し与えたのだ。
彼にスマホを貸す時、僕がスマホの説明しようとすると、彼は言った。
「ああ、説明はいらん。これはスマホじゃろ?何度も見ておる。お前たちが未来から持ってくるからな」
なんと、彼はもう既にスマホを知っていたのだ。
なんなら僕たちの時代よりも先の時代の物まで見たことがあると言っていた。
そういったことがあって今、彼は僕の部屋でスマホゲームをしている。
彼が横でゲームをしている中僕が勉強をしていると、彼が話しかけてきた。
「なあ大河」
「はい、何ですか?」
「ワシ…男じゃよ」
「はい?」
何を当たり前のことを聞くのだろうと僕が疑問に思っていると彼が話を続けた。
「いや、あのな、ワシ今いわゆる歴史系のゲームをしているのじゃが、その中で『織田信長』が出て来たのじゃよ」
「あなたはおそらく日本で1番有名ですからね。大体の歴史系ゲームには出てくると思いますよ」
「それでな、なんと…」
「なんと?」
「ワシ、女なんじゃよ」
ん?
「いや、あなたは男ですよ。鏡持ってきましょうか?」
「いや、ゲームで」
「…ああ、なるほど」
そうだった。
この国日本には『女体化』いう文化があるのだった。
女体化は江戸時代にはすでにその文化が形成されていたのだというのだから、日本人の血は争えない。
江戸、ということは彼が本能寺の変で死亡してから少し後の時代だから彼が女体化を知らないのも無理はない。
「ええと…これは女体化と言いまして」
「女体化…なんじゃそれ?」
「その名の通り男を女にする文化です」
「ええ…なにゆえ?」
「一部の層には需要があるのですよ」
「マジか」
「マジです」
「…」
やはりゲームとはいえ自分が女性にされていることは、許せないのだろうか。
彼は黙っていた。
「それは…」
「それは?」
「面白い文化じゃな!」
「え、嫌じゃないんですか?」
「別に嫌じゃないぞ。むしろワシも天女のコスプレをして女踊りをしたことあるしな」
「それはちょっと…」
この人自分で女体化っぽいことをしてたのか。
「第六天魔王と呼ばれたこのワシを女子の体にするとはな。この時代の奴らも随分と肝が座っておる」
「そうですね」
確かにあの織田信長を女性にするというのはなかなかに勇気がいることかもしれない。
「しかし、ワシを女子の体なんぞにして一体どうするのじゃ?」
「今信長様がやっているゲームのようにゲームに登場させて、男性のプレイヤー数を増やしたりするんです」
「そやつらはワシが元々男だということを知っておるのじゃろ?」
「はい」
「それなのに女のワシに惹きつけられるのか?」
「…はい」
「ワッハッハ!やはりこの時代の者どもも面白いのお!」
面白いんだ…
「いや〜このゲームのワシは随分とべっぴんさんじゃな」
信長様はゲームの『織田信長』に満足しているようだった。
「なるほど、女体化か。面白い文化じゃ」
織田信長はまた一つ現代の文化を覚えた。
今日は6月28日、織田信長が家に来てから1週間が経つが、僕はもう彼がいる生活にすっかり慣れてしまっている。
朝起きたら彼にスマホを渡し、お母さんに多めによそってもらったご飯を少し食べた後、彼のいる2階の僕の部屋に持っていき、後は彼が外出しないように勉強しながら見張っておく。
こんな感じのルーティーンが僕の中で形成されていた。
流石に学校に行っている間は彼を見張ることは出来ないので、勝手に何処かに行っていないかと学校にいる間そわそわしている。
けれど、今のところは大丈夫なようだ。
ちなみに彼はどこで寝ているのかと言うと、
僕の部屋のクローゼットである。
元々僕の学校の制服や部屋着が入れてあったものをどかして、そこに布団を敷いて寝るスペースを作った。
まるで某猫型ロボットのようなスタイルだが、彼に不満はないようだった。
むしろそこにネットで印刷したプリントなんかを貼ってカスタマイズしていた。
プリントには『天下布武』と書いてあった。
今日も彼は僕のスマホをいじってゴロゴロしているが、今日はなんだか物憂げな様子だった。
「はあ〜」
彼が大きなため息をついた。
「信長様、どうかされましたか?」
「いや何、やっぱり暇じゃな〜って思っての」
「…申し訳ございません」
「外でたいわ〜、外」
「いや外に出るのはちょっと…人目もありますし」
「それはわかってるんじゃがの〜、それに毎日毎日こうしてスマホをいじってダラダラしているのは、お前の時代じゃとニートと言うんじゃろ。織田信長がニートってのもの、ちょっとなあ?」
「それは確かにそうですが」
ニート、などと言う言葉をいったいどこで覚えたのだろうか。
確かに、織田信長がニートというのはちょっとおかしいと僕も思った。
もう1週間も経つし、ずっと家の中にいさせるのは限界だろうか。
そろそろ何か外に出ても大丈夫なような策を考えたほうがいいかもしれない。
「のう大河〜何か面白いことはないのか〜」
「僕に言われましても…」
面白いこと、と言われても僕も彼が家に来てから心配で学校以外は外に出れていないため、遊びなどは何も出来ていない。
「なんか行事とかだったらこの時代にもあるじゃろ」
「行事、ですか。今はまだ6月ですし、ハロウィンやクリスマスはまだまだ先ですね。」
僕がそういうと、彼は何かに反応したようにピクっとした。
「…お主、今クリスマスと言ったか?」
「はい。それがどうかしましたか?」
「…懐かしいのう」
「え、懐かしい、ですか?」
「ああ、なんじゃ知らんのか?」
「えっと…何をですか?」
「ワシ、クリスマスをやったことがあるのじゃよ」
「…本当ですか?」
戦国時代にクリスマスなどあっただろうか。
「ああ。ワシの国に来ていたキリスト教の宣教師のフロイスからクリスマスなるものがあると聞いてな、せっかくだからやってみようってことでやってみたのじゃよ」
この人ホント行動力が凄いな。
なるほど、キリスト教の宣教師から聞いたのか。
「フロイスの言うことにはこの日はめでたい日であるというからな、やはりこの時も裏切っていた戦っていた久秀と話し合って『クリスマス休戦』したのじゃよ。そして家臣たちとパーティーじゃ」
「久秀さんもなかなかにすごいですね」
「ああ、あいつも頭イっちゃっておるからの」
第六天魔王とボンバーマンはやはりこの時代においても他の人たちとは違う何かがあるのだろう。
「ちなみにイルミネーションもやったぞ」
「イルミネーションもですか?」
「ああ。フロイス国にが帰る時にな、家臣たちに言って安土城をライトアップさせたのじゃよ」
「フロイスさんもびっくりでしょうね」
「ああ、あいつの驚いた顔は面白かったぞ」
キリスト教の宣教師を受け入れたことだけでもすごいが、相手の国の文化をすぐに取り入れてしまうのはさすがとしか言いようがない。
「まあ、それはいいとして…大河、お前はキリスト教信者なのか?」
「どうしてですか?」
「だってクリスマスをやっておるのじゃろ?ワシの時はまだキリスト教も伝来したばっかじゃったから試してみただけじゃが」
「クリスマスはやっていますが、別にキリスト教信者ではないですよ?」
「え?」
「え?」
「じゃあやはり仏教徒か?」
「いえ、違いますよ」
「じゃあ、お前の信仰してる宗教は何なのじゃ?」
「宗教ですか?特にありませんけど」
「え?」
「え?」
「じゃあ葬式はしていないのか?」
「いえ、うちの親族はお坊さんを呼んでやっていますよ」
「でも、仏教徒じゃない?」
「はい」
「神社は?」
「行きます」
「でも神道じゃない?」
「はい。っていうか今の時代の日本人は大体そうですよ」
「え?」
「え?」
「じゃあお前たちは信仰していないのに、クリスマスをやったり葬式に坊主を呼んだり、神社へお参りに行ったりするのか?」
「はい」
「…変わっておるの」
「そうですかね?まあ、言われてみればそうかもしれないですね」
「僧やキリスト教徒たちは怒らないのか?」
「怒らないか、ですか?なんかもう当たり前になっちゃったので、怒る人は見かけませんね」
「マジか〜。じゃあワシが比叡山を燃やしたり僧たちとバチバチにやりあってたのが馬鹿みたいじゃん」
「…そうかもしれないですね」
「ワシだって別に比叡山を燃やしたかったわけじゃないし、僧たちと争いたかったわけじゃないんじゃよ。でも、あやつらがワシの天下布武の邪魔をしてくるから仕方なくだったんじゃよ。それなのに第六天魔王とか呼ばれちゃってさ〜、まあカッコいいからいいけど。」
「だから逆にキリスト教には優しくしたんですか?」
「まあな。僧や仏教徒との争いは増すばかりじゃったが。それでお主らの時代になったらいい感じに柔和されておるのじゃろ?」
「ええ」
「いや本当に、ワシらの時代では考えられないことじゃからな」
他宗教同士が争わないのは確かに凄いことなのかもしれない。
「それでそこらへんの宗教の面白い文化だけをお主たちは良いとこ取りしておるのじゃろ?」
「そうなりますね」
「いいな〜ワシもそうすればよかったな〜。でも僧たちはワシのことをぶっ殺そうとしておったからな〜」
確かに、いきなりどこから来たかも分からない宗教を保護して自分たちは排除しようとしてたら仏教徒の人も怒るよな。
「そうか、お主たちは争うことなく良いとこ取りして楽しむことができるのか…良い時代じゃな」
「…そうですね」
彼からしたらすごいことなのだろう。
彼は少し嬉しそうな顔をしていた。
「ところで信長様」
「なんじゃ?」
僕は彼にずっと気になっていることを聞いてみた。
「ニートという言葉は知っておられるようでしたが、ネットで調べたのですか?」
「ああ、ゲームで他の者どもが話していて気になったからな」
「よくネットで調べ物をされているのですか?」
「まあ、多少なりとはな。基本的にゲームのことじゃが」
「では、『織田信長』も調べられたのですか?」
僕は彼が自分についても調べているのだろうと思っていた。
「…いや。」
「調べないのですか?」
「ああ。」
「それはどうして…」
「つまらないからじゃ」
「つまらない、ですか?」
「ああ、つまらん。よく考えてみろ、もしお主がこれから先の自分に起こることを知っていたら。面白いか?」
もし自分に起こることを知っていたら…誰と出会って、どんな仕事に就いて、誰と結婚して、いつ死ぬのか。
それが全て分かっていたら、僕は…
「…つまらない」
「そうじゃろ」
「はい」
「だからワシわワシのことは調べん」
彼はきっと戦国時代に帰った後も己の身を信じて突き進んでいくのだろう。
それが『織田信長』なのだから。
僕はふとあることを思い出した。
そういえば信長様は、戦国時代にいた頃に僕の時代やそれよりも前の時代、未来からも大勢の人がタイムリープしてきたと言っていた。
その人たちはいったいどうなったのだろうか。
僕は本人に直接聞いてみることにした。
「信長様」
「ん、なんじゃ?」
「信長様は以前戦国時代にいた時にたくさんの未来人たちが来たと言っていましたよね?」
「ああそうじゃ。なんじゃ、気になるのか?」
「はい」
「そうか。では今日は未来人の話をしてやろう」
「お願いします」
こうして、おそらく未来人に1番多く来訪されているであろう織田信長による未来人レクチャーが始まった。
「まず初めにお主たち未来人に言いたいんじゃが」
「なんでしょう?」
「来すぎ。」
「…やっぱりそうですか」
「ああ、じゃってすっごい頻度で来たもん」
「どれくらいだったのですか?」
「ん〜そうじゃな、基本的に1週間に一回くらい。多い時は1日に何人も。特に大きな合戦の前とかじゃとたくさん来る」
「え、同じ日に来るんですか?」
「ああ。なんじゃかこっちがそわそわしたわ。なんかワシとお主らが出会うのは別にいいみたいじゃけど、お主たち同士が出会うのってOUTっぽいじゃろ?」
「確かにそうですね」
小説においてもタイムループ先で未来人同士が出会ってしまうというものはほとんど見かけることはない。
きっと暗黙の了解があるのだろう。
「でもワシや家臣たちではどうすることもできないからの。」
「もし未来人同士が出会っちゃった場合どうなるんですか?」
「まあケースバイケースじゃけど、そうじゃな〜1番酷かった時はなんか闘いが始まってたぞ。」
「そ、そうなのですか」
「こっちからしたらいきなり未来から来られて、いきなり闘い始められておるわけじゃからの。ぶっちゃけわけが分からん」
「結局その人たちはどうなったのですか?」
「結果としては、負けたほうが未来に強制送還じゃな。相討ちの場合も。稀に仲直りすることもあるがな」
「未来に帰るんですか?」
「ああ。どういうわけか未来人たちの体がフワッと消えていくのじゃよ」
「その場で死亡したりはしないのですか?」
「なんか、あ〜こいつ死んだわ。って位のダメージを受けるとその瞬間に消えるのじゃよ」
そうだったのか。
未来の体が過去の世界に残るのはいろいろとまずいからなのだろうか。
「けど必ずしも闘いが起こるというわけではないぞ。意気投合して2人でワシらの助けになることもある。」
「2人でですか?」
「うん。なんかお互いが未来から持ってきた物を見せ合ったりしておったぞ。その後2人で話し合って作戦を練ってた。」
「でも、どちらかからしたらもう片方の人は過去の時代の人ですよね。」
「お、いいところに気づいたな。そうなのじゃよ、だから時折未来の奴の方がマウント取ったりしておったぞ。まあワシからしたらどちらも未来人には変わりないがの。」
そんな謎のマウントが存在するのか。
平成や令和生まれの子供が昭和生まれの親にマウントを取るようなものだろうか。
「その人たちは何をしに戦国時代に来たのですか?」
「人それぞれじゃな。来ようと思っていないのになぜかいきなりタイムループしてしまった者、正しい歴史が変えられようとしているからそれを阻止しようとする者、逆に歴史を変えようとする者。こういうタイプが多いな」
「確かにタイムループものにありがちな理由ですね」
「正しい歴史なんぞワシらに言われてもなあ」
「ああ〜、そちら側からしたらそうですよね」
「こいつらの他にも変わり種もおったぞ。料理人や医者、はたまたサッカーなんかをしに来た者もおった」
「なぜ戦国時代に?」
「知らん。っていうかそいつらのせいで歴史が変わってしまってるような気もするがな。」
「そう、ですね」
それはいいのだろうか、と疑問に思ったが今は考えないでおこう。
「じゃが1番びっくりするのはやっぱりあれじゃな、ワシが来|た時」
「…やっぱりあるんですね、そういうの」
「ああ。あれは流石のワシもびっくりよ。『お主は一体誰じゃ?』って聞いたら、『ワシは織田信長じゃ』って答えてくるからな、あやつら。『ワシはワシじゃ』、『いやワシがワシじゃよ』みたいな会話が延々と続いたわ」
「まあ向こうも織田信長ですからね」
「あやつらはタイムリープとはまた別物らしいが、パラレルワールドっていうんじゃろ、そういうの。」
「ええ」
「もうそうなってしまったらバトルじゃよ。あやつらはワシの世界に来ておるわけじゃからの」
「バトルですか?」
「うむ。殴り合いか刀での斬り合いでな。全員倒して元の世界に帰してやった。いや〜でもワシということだけあって手強かったわ。おんなじ戦法使うしな」
「どの世界線でも一緒なのですね」
「ああ」
「このようなことがほぼ毎週あってな、最初の方はまだ物珍しさがあるんじゃが、10回目くらいからはもう日常じゃよ」
「やっぱり未来人慣れってあるんですか?」
「ああ。それでな、やっぱりこう何人も来られると、ワシも次の未来人が来た時には、未来がどんな感じなのかすでに知っておるわけじゃよ。このスマホのこともな」
そう言って彼は僕のスマホをひらひらした。
「しかも先に来た未来人たちの話から次に来た未来人たちがいつ頃から来たのかもなんとなく分かるようになった」
「分かるものなのですか?」
「時代によって若干服装や髪型が違うからの。家臣たちも慣れているわけじゃから、新しい未来人が来た時には家臣たちと『その未来人がいつの時代から来たかを当てるゲーム』をして遊んでおったわ」
彼は懐かしそうな顔をしてそう話していた。
そして次の瞬間何かを思い出したようで、爆笑していた。
「どうかされたのですか?」
「いやなに、未来人で面白かったことを思い出してな。」
「それはどういう?」
「ある時いつものごとくワシのところの兵士が川で未来人を捕まえてきてな、ワシももうそやつが服装からして未来人だという
ことは分かっておるから、未来から来たことよりもそいつの持ち物の方が気になって『お主の持ち物を見せてみよ』と言ったんじゃよ。そやつもそれを聞いて殺されないのだろうと感じて安心したんじゃろうな。元気を取り戻してある一つの物をポケットから取り出してドヤ顔でこう言ったんじゃよ、『これはガラケーです』とな。」
一瞬の静寂ののち、彼が吹き出した
「ぶワッハッハっは!聞いたか大河、ガラケー、ガラケーじゃと!いやガラケーって、いつの時代の物じゃよ!ってなったわ。その時はすでにスマホを知っておったからの。それなのにガラケーをドヤ顔で言うものだから。いや〜愉快愉快」
まあその未来人の人からしたら無理もないだろう。
なんせ自分より先にタイムリープして織田信長に会いに来た人がいるなんて夢にも思っていないのだから。
未来人がたくさん来るとこういうこともあるのか。
ようやく笑いがおさまったのか、彼はふ〜っと息を吐いた。
「そんなこんなで未来人がたくさん来ることには慣れたのじゃが、ワシはもう一つお主らに言いたいことがある。」
「なんですか?」
「お主たちワシのとこにばかり来すぎではないか?」
「どういう意味ですか?」
「いやな、未来人たちはしょっちゅうワシのところには来るんじゃけど、他の武将たちのところにもいるという話は聞かないのでな。お主たちは戦国時代にタイムリープしてしまったらとりあえず織田信長のところに行けばいいとか思ってないか?」
「あ〜」
確かに僕が読んだことがある未来人が戦国時代に行くお話でも大体皆織田信長のところに行っている。
「まあワシは最強だから無理もないが、なんかこう、ワシのところにばかり未来人が来ると、ズルイではないか」
「ズルイ、ですか?」
「じゃってワシだけ未来の文明の力を手にしてるわけじゃろ?」
「…確かに」
「正直なことを言ってしまうとな、やっぱりさ、ワシも男であり武将であるわけじゃから自分の力で天下を取りたいのじゃよ。それがこう、未来人がワシのところにばかり来ているって他の武将たちに知られて、『信長は未来人のおかげで天下を取った』なんて言われるのは嫌じゃろ?」
「それはありますね」
「じゃろ。じゃからさ、お主らには悪いんじゃけどさ、ワシのところだけではなく、他の武将のところにも行ってもらえると、ワシとしては助かるのじゃよ。」
「わ、分かりました」
だそうですので、これから戦国時代にタイムリープする方々はよろしくお願いします。
チッ
いつものように僕が勉強をしていると、
スマホをいじっていた信長様が舌打ちをする音が聞こえた。
そして彼はボソッと呟いた。
「この不届きものめが…」
「いきなりどうしたんですか?」
彼がイライラしながら答える。
「今ツイッターというもののアカウントを作っておってな、ユーザー名を記入する欄があったから『織田信長』って入れたんじゃよ。そしたらどうなったと思う?」
「どうなったのですか?」
「『そのユーザー名はすでに使用されております。』じゃと。メールアドレス『odanobunaga』もな」
「…あ〜」
「のう大河、ワシこそが『織田信長』じゃよな?」
「はい」
「この時代にはパラレルワールドのワシは来ておらんよな?」
「はい」
「じゃあワシだけが『織田信長』じゃよな?」
「…はい」
「なのに『織田信長』はすでに使用されている。なにゆえに?」
「それは…そういう人もいるんですよ」
「ワシの名前を勝手に使うなど、身の程知らずにも程があるじゃろ」
「それはそうですけど…」
「それにこの『織田信長』のアカウントの者はなにやら呟いておるが、ワシ、こんなこと言わんしな」
「あくまで『織田信長』が言いそうなことですから…」
「ワシの名を使うならもっとワシっぽいことを呟かんか」
「例えば?」
「そうじゃな…『延暦寺の奴らがいつになってもワシの言うことを聞かないから燃やしておる。』なんてどうじゃ?」
「…炎上しますよ」
「延暦寺がか?」
「いやアカウントがですよ」
「そうか…じゃあ『今日ホトトギスの声を聞こうと思ってな、ワクワクしながら鳴くのを待っていたんじゃが、いよいよ鳴かなかったから殺してしまったわ』はどうじゃ?」
「炎上します」
「むう…」
「過激なことを書くとSNSはすぐ炎上するんですよ」
「難しいの」
「もっと穏やかなことはないのですか?」
「ない。派手を好んで生きておるからの」
「じゃあ呟くのはむいてないですよ。」
「そうか、残念じゃ」
「インスタなんてどうですか?」
「もうすでにワシの写真全部誰かに投稿されておる」
「…そうですね」
「ワシの絵はパブリックドメインじゃからな。肖像権なんぞないらしい、今ワシはこうしてこの時代におるのにな」
「他の人たちは夢にも思っていないでしょうからね」
インスタもダメか。
「それにしてもSNSという者は面白いの、誰でも有名になれるのか」
「ええ、投稿がバズれば一発で有名になれます」
「ワシらの時代では考えられないことじゃ」
「そうですね。だから夢があります」
確かに戦国時代には普通の身分の家だったら有名になれるチャンスはないだろう。
そう考えるとSNSはとても画期的ものかもしれない。
「ワシもやりたいの〜」
「炎上するのでダメです」
「え〜。そもそも炎上するとどうなるんじゃ?」
「そうですね、アカウントの住所が特定されたり、あとはリプライ欄に悪口などの誹謗中傷を書かれたりします」
「ん、なにゆえに?」
「やっぱり投稿が不適切だったり不謹慎だったりですかね」
「そうか。でも、そやつらは関係ないじゃろ?」
「ええ、まあ。その投稿で不快な気持ちになったくらいでしょうか」
「なのになぜそやつらはそんなことをしてくるんじゃ?戦ではあるまいし」
「それは…」
「っていうかその悪口や誹謗中傷も不適切じゃろ」
「そうですね…」
「ふむ、まあそういうものなのか」
「ええ、残念ながら。そういうわけで、信長様が炎上したら、僕の家の住所が特定されちゃうのでやめてください」
「むう…なあ大河、何か良い案はないか?」
「良い案ですか?何か明るい話題とかないのですか?」
「明るい話題か、そうじゃ、『桶狭間の戦いで逆転勝利じゃ!義元の首を討ち取ったぞ!』はどうじゃ?」
「首を討ち取るはダメですが、逆転勝利くらいなら」
「そうか!では『お市から両端を縛った小豆袋が届いたぞ!妹からの贈り物は嬉しいの!』は?」
「いいんじゃないですか。その小豆袋が良いかどうかは分かりませんけど」
「なるほど、わかってきたわSNSというものが」
「あとは、いいねリツイート企画だったら炎上しないと思います」
「なんじゃそのいいねリツイート企画というものは?」
「『〇〇だったら良いね、〇〇だったらリツイートして』のようなものです。」
「〇〇か、例えば『敵城を落としたいのじゃが戦法は、水攻めだったらいいね、兵糧攻めだったらリツイートせよ』とかか?」
「いいですね」
「こういうのでいいのか」
「はい」
「ほう、意外と簡単じゃの」
「それはよかった」
その後信長様は僕のスマホを使ってSNSアカウントを作り、しばらくいじっていた。
チッ
また彼が舌打ちをする音が聞こえた。
「どうしたんですか?」
「全然フォロワー数が増えないんじゃが」
「まあ最初はそんなものじゃないですか?」
「ワシより『織田信長』のアカウントの方がフォロワー数が多いのじゃが」
「向こうのほうがSNS歴が長いですからね」
「バズらん」
「そんなに簡単ではないですよ」
「むう…やはり延暦寺を燃やすしか…」
「それは炎上するのでダメです」
「くう…」
いくらあの織田信長といえども、SNSで人気者になるのは簡単ではないようだった。
「それにしても、戦国時代にもSNSがあればのう」
「未来人たちのスマホではできなかったのですか?」
「戦国時代にはSNSもないし、通信する電波すらないからの」
「そうでした」
「じゃから、お主たちスマホを持ってくるのは別にかまわんのじゃが、ほとんど使えないのじゃよ」
「カメラなんかは使えるんじゃないですか?」
「確かにあれは敵陣なんかの写真が取れて便利じゃったが、スマホの充電がなくなったら意味がないからの」
「そういえば充電器もありませんしね」
「ああ」
スマホはこの時代だと便利だけど、スマホだけだと向こうの時代ではあまり役に立たないのか。
「もし戦国時代にSNSがあったら信長様はどのように使うのですか?」
「そうじゃな、まずは敵の様子を探る」
「どのように?」
「まず敵陣や城の名前を検索欄に入れてみるじゃろ、そうすると大体の情報が掴める」
「そうですかね」
「お主の時代でもそうであるように、どこの時代にも大体は機密情報を迂闊に漏らしてしまうものがいるのじゃよ。SNSがあったらそれを簡単に知ることができるじゃろ?」
「なるほど」
確かに自分の会社の内部情報などをSNS上に書き込んでしまう人は一定数いる。
戦国時代だとそういうものも利用することができるのか。
「あとはそうじゃな、敵将をこちら側に寝返らせる」
「そんなことができるんですか?」
「ああ。メッセンジャーアプリ?というものを使えば別々の場所にいる者とも個人的な連絡が取れるのじゃろ?」
「ええ」
「じゃから、敵将と連絡をとって交渉すればいけると思うのじゃよ」
「そんな簡単にいくものですかね」
「1番有効な手段はやはり金じゃな。これで大体うまくいく」
「お金ですか」
「うむ。」
「でもそのことを敵の主に報告されちゃったらどうするのですか」
「その時はすっぱり諦める」
元々向こう側の兵だからこちら側に損失はあまりないと言う。
「あと意外と有効なのが、嘘の情報を流すというものじゃ」
「嘘の情報ですか?」
「例えば、『あいつとはすでに裏切る算段がついている』とかな」
「そんな怪しい情報を相手は信じるんですか?」
「意味がないと思うじゃろ?じゃがな、意外とこれが効くんじゃよ。戦国時代は裏切りなんか当たり前の時代じゃからな。それで互いに疑心暗鬼になって敵陣が崩壊する」
裏切りや謀反が当たり前な時代だからこその使い方か。
いや、こちらの時代でも同じかも知れない。
明らかに嘘だと分かる話でも当事者だと本当のことに聞こえてしまうのはいつの時代でも変わらないのだろう。
「ワシが戦国時代でSNSを使うとしたらこんな感じじゃな」
僕は今、高校の課題に取り組んでいる、
そして、そんな僕の横には、
織田信長がいる。
いつもは彼は僕が勉強している間、僕のスマホを使ってネットサーフィンやスマホゲームをしているのだが、今日はなぜか僕が勉強している様子をじっと見ている。
気まずい。
なぜ彼はずっと見ているのだろうか。
言いようの無い気まずさにムズムズしていると、彼が僕に言った。
「のう大河、勉強は楽しいか?」
「楽しいか、ですか。…普通、ですかね。」
「そうか。」
勉強が楽しいか、か。
正直なことをいうと、僕は勉強を楽しいと感じたことは一度もなかった。
ただなんとなくやらなきゃいけない気がするからやっているだけだ。
信長様はどうなのだろうか。
歴史に名を残す程の人物なのだから、やはり勉強もできたのだろうか。
「あの、信長様は勉強ってどれくらいやっていたのですか?」
彼は一瞬気まずそうな顔をした。
「勉強、であるか。」
「はい。」
「…」
するとなぜか彼は黙ってしまった。
何やら険しい顔をしていたが、しばらくしてその重そうな口を開いた。
「…ない。」
「…ない?」
「ない。」
「ない。」
「…」
「え、ないって、勉強したことないってことですか?」
「…うむ。」
予想外の答えに僕は驚いた。
「お主も知っておるじゃろ。ワシが若い頃なんと呼ばれていたか。」
「若い頃…あ。」
「そうじゃ、尾張の大うつけじゃよ。」
尾張大うつけ、尾張とは彼が治めていた国である『尾張』のことで、大うつけとは『大馬鹿者』という意味だ。
つまり彼は若い頃『尾張の大馬鹿者』と呼ばれていたのだ。
「でもそれって、他の国の敵を欺くための演技だと聞いたことがありますけど…」
「そうなのか?じゃあそれは嘘じゃ。」
「そうなのですか?」
「ああ、普通に勉強はできなかった。毎日遊び歩いていたからの。」
しかし、馬鹿だったならなぜ天下のすぐ近くまで辿り着くことができたのだろうか。
「けれど信長様はどんなに不利な戦も勝ってきましたよね?」
「確かにワシはどんな不利な戦にも勝ってきたが、真面目に勉強というものをしたことはないぞ。」
それでは織田信長は本当に馬鹿だったのに歴史に名を残したのとでもいうのか。
じゃあ、今僕がやっているこの勉強には意味がないのだろうか。
「…僕がやっているこの勉強には意味はないのですか?」
「ん?」
「信長様みたいに勉強しなくても天下に迫ることができたなら、勉強なんか必要ないのですか?」
彼は少し考え込んでいた。
そして僕に言う。
「いや、そういうわけでもないじゃろ。」
「…どういうことですか?」
「確かにワシは勉強と呼べるものはしたことがなかったが、何も考えずに毎日遊び歩いていたわけではないぞ。親父が持ってきた火縄銃の使い方を教わったり、兵法は読んだりしておったからな。それに遊び歩いていたおかげで民の生活を知ることができた。」
「…それは勉強ですよ。」
「そうか?言われてみれば確かにそうかもしれんな。」
「やっぱり勉強してるじゃないですか。」
「ワッハッハ!すまんすまん!」
それを聞いて僕は少し安心した。
もし彼がそれすらもしないで本当に運だけで天下の目前まで辿り着いたのだとしたら、僕の今までの勉強が全否定されるところだったからだ。
「まあ、そうだな。お主が勉強する意味はワシらの時代とは少し違うかもな。」
「それはどういう…」
「知っていると思うが、ワシらの時代では、生まれたその瞬間から人生においてやる仕事が決まっていた。ワシの場合は織田家の当主、作物を作る家の子どもは作物を作る。秀吉の場合はちょっと特殊じゃが、ほとんどの場合は生まれた家によって仕事が決まっていたのじゃ。」
「なるほど。」
「だからワシは織田家とその家臣や民を守るために戦について多くのことを知る必要があったし、戦のことだけを知っておればよかった。じゃがお主たちは違うじゃろ?」
「…はい。」
「お主たちは自分で仕事を選ぶことができる。だから、お主がやりたいことのために、勉強すればよいのではないか?」
彼の考え方には納得できるものがあった。
やりたいことのために勉強する、か。
「そうですね。」
「うむ。」
「…それはそうとして。」
「ん、なんじゃ。」
「どうして今日は僕が勉強している様子を見ていたのですか?」
「ああ。なに、よく机に向かってそんなに長い間勉強できるな、と思っていただけじゃよ。ワシはそういったことは苦手じゃからな。」
「…そうだったんですか。」
これといって深い意味は無かったのか。
「して、お主が勉強していたのはなんじゃ?」
「ああ、日本史です。」
「日本史?」
「歴史の中の日本に着目した教科です。」
「日本に着目、ということは世界に着目したものもあるのか?」
「はい、世界史というものが。」
「そうか。やはり今の時代はワシらの頃より世界が広がっておるな。」
「そうですね。」
「その日本史の中にワシは出てくるのか?」
「ええ、もちろん。」
「本能寺のこともか?」
僕はその言葉にドキッとした。
なぜ彼が本能寺という言葉を知っているのだろうか。
いや、本能寺という言葉自体を知っているのは何も不思議なことではない。
なぜ本能寺が重要だということ知っているのだろうか?
けれど、そこまで知っているのなら隠しても仕方がないと思い、僕は正直に答えることにした。
「はい。」
「…そうか。」
この会話を最後に、この日は終わりを迎えた。
「しっかし、お主たちも大変じゃなあ」
いつものように部屋でしていると、信長様がいきなりこう言ってきた。
「大変って何がですか?」
「この時代にはワシたちの時よりも面白いものがたくさんあるじゃろ。それなのに寿命が50年しかなかったら足りんじゃろ」
「え?」
「え?」
「寿命が50年、ですか?」
「うむ。50年じゃろ?人間50年ってよく言うではないか」
一体いつの時代の話をしているのだろうと思ったが、そう言えば彼は戦国時代から来たのだった。
「いえ、違いますよ」
「そうなのか?では何年じゃ?」
「そうですね、10年前くらいまでは80年って言われてましたが、今だと100年くらいですかね」
「まじで!?」
すごい驚いている。
「はい」
「うわ〜いいな〜。ワシらより50年も長いではないか」
「そうなりますね」
「え、逆に100年もあって何するの、お主たち」
「まあ、普通に生きていれば100年くらい経つんじゃないですか。仕事も65歳くらいまでするでしょうし」
「いやそれでも35年も余っておるぞ」
「そうですね」
そう考えてみると100年は確かに長い。
「そうか〜100年か〜。いろいろできるの〜」
羨ましそうに彼は言った。
僕はある一つの大きな決心をした、
織田信長と街に出る決心を。
織田信長が家に来てからもう1ヶ月がたった。
彼は今までずっと僕の部屋で生活していたのだが、それももう限界の様だった。
『暇じゃ〜』という回数が日に日に増えていき、最近になっては『外に出る!』と言い出す様になってしまったのだ。
このままだと彼は僕が目を離した隙に勝手に外出してしまう恐れがある。
だからどうにかして彼が目立たない様にして外出する方法を考える必要があった。
僕はまず、彼の外見を変える事にした。
大きめの帽子で彼のちょんまげを隠し、彼の来ていた着物を普通の服に着替えさせた。
そしてマスクをさせてその印象的な髭を隠す。
これで外見は問題ないだろう。
後は彼が外で目立つ様な行動をしなければいいだけだ。
「というわけで、くれぐれも頼みますよ」
「うむ、任せておくがよい!」
明らかにいつもよりテンションが高いが、本当に大丈夫だろうか、この人。
「目立つ様な行動をしたらすぐ帰宅ですからね」
「分かっておるって〜」
こうしてやや不安が残る中、僕と信長様は初めて外に出た。
京都はあまり昔と変わっていないし1番栄えている場所を見たいという彼の希望によって、僕たちは東京に行く事にした。
そして、東京の街並みが見えてくると、
「おお…」
と彼は声を漏らした。
「流石に日本の首都だけあって栄えておるな」
僕たちは食べ物を買ったりお土産を買ったりしながら東京の街をぶらぶらした。
「それにしてもたくさん人がおるの〜」
「東京ですからね」
現代人である僕から見ても、この東京の人の数は尋常ではない様に思うのだから戦国時代から来た彼からしたら尚更のことなのだろう。
「東京はどうですか?」
「そうじゃな、人もたくさんいて面白そうな店もいっぱいあって、街もにぎわっておる。じゃからワシは好きじゃぞ」
「なるほど」
「うむ。やはり日本の中心はこうでなくてはな」
「じゃがワシがいた時代と1番違うのは、人々が自由に生きているという点じゃな」
「自由に、ですか?」
「ああ。前も言ったがワシの時代では生まれた時からすでにその者がやることは決まっていた。そして人々は一生をそのことをして過ごす。じゃがこの時代は違う。子供から老人までが様々なことをして過ごしている。この東京でも遊びに来ている者もおれば仕事をしに来ている者もおる。それらは自らの意思でやっていることじゃ。そんな風に自由に過ごすことができるのは良いことではないか?」
「そうですね」
自らの意思で、か。
僕らが当たり前の様にしていることも、戦国時代の人からしたら凄いことなのかもしれない。
「次はスカイツリーとやらに行ってみるか!」
「スカイツリーですか?」
「うむ。上から東京の街並みを一望してみようぞ」
「分かりました」
僕たちは東京スカイツリーに登って、東京の街を眺めた。
「上から見ると東京が栄えているのがよく分かるな」
「そうですね」
スカイツリーから東京の街並みを見ると、どこまでも建物が立ち並んでいた。
それはまさに東京の繁栄を象徴しているようだった。
「これが今の日本か」
「はい」
「戦国の世からだいぶ変わったんじゃな」
そう言う彼の顔には、嬉しそうな、そしてどこか寂しそうな表情が浮かんでいた。
「ワシもこの時代に生まれていたら、また別の面白い人生を歩んでいたんじゃろうな」
「そうですね」
もし自分が別の時代に生まれていたら。
タイムループをするとそういうことをより一層考えるようになるかもしれない。
「何はともかく、この時代でも日本は繁栄が続いているようでなによりじゃ」
彼は嬉しそうに言った。
「それにしてもこのマスクというものは息苦しいな。あとこの帽子も窮屈じゃ」
そう言って彼はマスクと帽子を取った。
これで彼の髭とちょんまげを隠すものがなった。
「あ。」
「あ。」
少しして彼も気づいた。
彼がマスクと帽子を取った後すぐに、あたりがざわつき始めた。
無理もないだろう。
彼のその顔は肖像の織田信長そのものなのだから。
「ねえ、あれって織田信長じゃない?」
「え、何、そっくりさん?」
あちこちでこんな感じの会話がなされている。
まずい、と思って僕は彼にまたマスクと帽子を被らせ、急いでその場を後にした。
そして時間もちょうどよかったので、僕たちはそのまま帰宅した。