雨が地面に叩きつける音がする。
それに加えて生ぬるい風が引く初夏の夜だった。
残業を終えた私の足は家の近所にあるコンビニへと向かっていた。
時刻は夜の10時前。
こんな時間に夜ご飯を作る気にはなれなくてコンビニ弁当という選択になったのだ。
コンビニにに入ると客は私一人のみで手にんさんはバックヤードの方にいるのかレジの方にはいなかった。
適当に弁当を選びレジに向かうとすぐに奥から店員さんが出てきた。
「いらっしゃいませ、こちら温めますか?」
「お願いします」
対応してくれた店員さんは大学生くらいの男の子。21,2ってとこだろうか。
私よりも年下であることは間違いないだろう。
そういえばこの子、この間もいたような気がする。この時間にシフトを入れているんだろう。
「520円です」
小銭が全然なかったから1000円札をトレーに置く。
ちょうどその時弁当が温め終わったらしく店員さんが弁当をレジから取り出す。
「熱っ!」
予想以上に熱かったらしく、慌てる姿が可愛らしくて思わずクスッと笑ってしまう。恥ずかしそうにしながらお釣りと弁当を渡してくれた。
「ありがとうございました……」
ちょっと落ち込ませちゃったかな、あの店員さん。
名前なんだったっけ。ネームプレートに名前が書いてあったと思うんだけど……。確か植物が入ってた気がする。
梅?菊……いや違うか。何だっけ。
……あ、桜だ。桜が入ってるんだ。
桜…桜田?桜野?
あぁ、桜川か。前に川が井に見えて桜井さんって勘違いしたことがあったのを覚えている。
桜川くんか。覚えておこう。
家に帰ってお弁当を食べていると後輩からLINEがきた。
〈先輩残業お疲れさまです!俺の仕事に付き合わせちゃってすいません……〉
〈よかったら、お礼も兼ねて今度飲みに行きませんか?〉
後輩の中島くん。
某有名M大学出身で社会人一年目の中島くんは芸能人顔負けの甘いルックスと王子様もびっくりの紳士的な性格で女性社員に大人気。
他の部署からわざわざ中島くんを見に来る人も後を絶えない。
私は中島くんの教育係だからか懐かれている。
よく飲みに行くし、仲がいいほうだと思う。
〈急いで帰る用もなかったから大丈夫だよ〉
〈今度仕事が早く終わったときに飲みに行こうね〉
すぐに既読がついて返信が来る。
〈そうですね!その時飲みに行きましょう!〉
〈じゃあお肌に悪いし先輩早く寝てくださいね!
 疲れも明日に響くといけないので〉
こういう気遣いができるところが人気の理由のひとつなんだろう。
〈ありがとう。おやすみ〉
弁当を食べ終わってお風呂に入ってからベッドに入る。
時刻は12時30分前。
ちょっと遅くなっちゃったかな……。
あまり寝付きがいいほうじゃないから眠りにつくのが遅くなってしまうかもしれない。
こういうとき恋人がいればLINEのやり取りをしたり電話をしたりするんだろうけどあいにく私には長らくそんな相手がいない。
大学を出てからずっといないから……もう4年はいないはずだ。
社会人になると出会いも少なくなってくるし四年間彼氏など存在しない。
それに私はプライベートを仕事に持ち込みたくないタイプの人間なので社内恋愛とかもしたくないからなおさらだ。
このまま彼氏ができないまま30代を迎えていくんだろうな……。
中島くんなんかはすぐに彼女ができるんだろうけど。というか、いるんだろうけど。
「あ……もう12時か」
眠くなってきたし寝よう。
そこで私の意識は途切れた。
「おはようございま~す」
「あ、先輩!おはようございます」
「おはよう」
会社につくと私の部署には半分くらいの社員が来ていた。ちなみに私の部署は某雑誌の編集部。
若い人向けの雑誌なので社員も比較的若い人で構成されていて20~30代の社員がほとんど。半分くらいは同僚か後輩だ。
「あれ、先輩社員証どうしたんですか?」
「え?」
見るといつも首からぶら下げているはずの社員証がなかった。
「家に忘れてきたのかも」
「しっかり者の奏珠先輩が珍しいですね」
朝ちょっとバタバタしていたからなぁ。
「あれ、中島くんは?」
「まだ来てないみたいですよ」
珍しいな。だいたいいつもこの時間には来てるはずなんだけど。
「もしかして奏珠先輩も中島くんのこと好きなんですか?」
彼女は私の高校時代からの後輩の水野真希。
中島くんの一つ年上。彼女には大学のときからの彼氏がいる。
「そんなんじゃないわよ、ただいないなって」
いつもは私より早く来てるから。
「なんだ、先輩も狙ってるのかと思いましたよ~。
 あ、でも……」
そう言って声を潜める真希ちゃん。
彼女の耳元でフープイヤリングが揺れる。
「中島くん、先輩のこと好きって噂ですよ?」
「はぁ?」
「ま、中島くんだけじゃないですけど。結構みんな先輩のこと狙ってますよ。
 先輩高校の時からモテモテでしたもんね。美人だし」
「何言ってるの、褒めても何も出ないわよ」
ちょうどその時中島くんが出社してきた。
「先輩!おはようございます」
「中島くんおはよう」
「昨日はほんと、ありがとうございました」
「いいよいいよ、どうせ暇だったし」
「今度飲むとき絶対俺に払わせてくださいね。あと、今度先輩の仕事手伝わせてください」
「ふふ、ありがとう。期待しとくね」
いつ行けるかな、今日いけたらいいんだけど。
「先輩ってお酒強いんですか?」
「うーん…酔っ払うとかはないけど」
ちなみに私は居酒屋よりもバーが好き。飲みすぎたりしないし静かだし。もちろん居酒屋も好きだけど。2人きりで行くならバーで、団体で行くなら居酒屋かなって感じ。使い分けている。
「さ、ふたりとも仕事始めよう」

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