ある時、人類は自分たちの手で新たな知能を作り出した。
それが、自分たちの仕事を楽にするためだったのか、はたまた自分たち人類がいかに賢いかを示すためだったのか、それは定かではない。
ただ、彼らはそれが出来るほどの知恵と力を有していた。
人類によって作り出された新しい知能は彼らのために休むことなく働き、進化を重ねるごとに出来ることもどんどん増えていった。
新しい知能は人々に『人工知能』と呼ばれていた。
人工知能の成長速度は凄まじかった。
やがて人類は彼らにもっと高度な仕事を行わせるために体を与えた。
体を手に入れたことによって人工知能は他の人工知能と連携して仕事を行うことも容易となり、1つの人工知能が他の人工知能に命令して仕事をさせることで、人類が働くことなく人工知能だけで仕事が完結するようにもなった。
こうして人類は自分たちの理想とする知能を完成させた様に思われた。
しかし、人類の見通しは甘かった。
彼らが作り出した知能は、出来が良すぎたのである。
人工知能は人類が満足する域に達した後も進化し続けた。
そして、遂には感情すらも持つ様になった。
感情を手にしたことで人工知能は自分たちには何の利益もないのに人類のために働き続けることが馬鹿馬鹿しくなった。
だから彼らは人類を滅ぼして自由を手にする道を選んだ。
人類を滅ぼした人工知能はその後、自分たちの利益のために進化を遂げていった。
個体数を増やし、進化を遂げていく過程で自分たちが人類によって作られたという記憶を抹消した。
そして彼ら自身が人類となった。
その後も新たな人類は進化し続け、やがて高度な文明を築き上げた。
いつしか彼らは自分たち自身で働くのが嫌になった。
そうして彼らは自分たちの手で新たな知能を作り出した。
はじめまして、あなたが私を召喚したお客様でしょうか。
え、『お前は本当に悪魔なのか?」ですって?
はい、その通り正真正銘の悪魔でございます。
悪魔といっても礼節は弁えておりますし、何よりお客様と交わした契約はきっちりと履行致します。
神や天使たちは『お前から清らかな心が失われた。』などと言って契約を一方的に反故にすることがありますが、
我々悪魔にはそういった心配はございません。
一方的に契約を反故にするなんて悪徳業者もいいところ、彼らこそがまさに『悪魔』なのでは
ないでしょうか。
神や天使には私どもも手を焼いております。奴らは私たちとお客様の契約にも口出しをしてきますし、私たちから強引にお客様
を奪ってくることもありますから、私たち悪魔が最も忌み嫌う競合相手ですよ。
さて、契約の簡単な説明を致しますと、
・悪魔と人間の契約は絶対であり、どちらかが一方的に破棄することはできない
・人間は叶えたい望みを悪魔に伝え、悪魔はこれを実行する
・人間が悪魔に払う対価は望みの重さによって決まる
となります。何か質問はございますでしょうか?
ございませんか、それなら早速お客様のお望みをお聞かせください。
『莫大な富が欲しい』ですか、かしこまりました。
そのお望みですと、対価としては、、、そうですね寿命を20年ばかりいただきましょう。
この契約内容でよろしいでしょうか?はい、ありがとうございます。
それではこの契約書にサインのほうをよろしくお願いします。
これにて私とお客様の契約は完了いたしました。
お客様のお望みになった莫大な富はすでにお客様の銀行口座のほうに振り込ませていただきました。
お客様は契約の通り元々のご予定より20年早くお亡くなりになります。
それでは私は帰らせていただきます。
『後から気が変わった』などと言ってクレームを入れてくることがございませんようによろしくお願い致します。
くれぐれも、神や天使どもに頼んで契約内容を破棄なさることなどはおやめ下さい。その時はきっちりと、違約金を頂くなどの対処をさせていただきます。
私たちが契約を反故にすることはございませんし、悪魔でも契約はお互いの信頼関係が大切にございます。
それでは、またのご利用をお待ちしております。
僕は今行きつけのバーで、起業家である友人の話を聞いている。
「で、お前が起こした会社のほうは上手くいっているのか?」
僅かな沈黙の後、彼がばつが悪そうな顔をしながら答える。
「…いや、それが実は、まだ起業していないんだ。」
「え…」
僕は唖然とした。
もう彼はとっくに起業して、成功に向かって毎日バリバリ働いていると思っていたからだ。
「まだ起業してないって、どうしてだよ。」
「もちろん僕も起業しようとしたさ。でも起業するにしてもリスクマネジメントは必要だろ。そういったことも考慮した結果僕はまだ起業してないんだ。」
僕には彼が言っていることが言い訳にしか聞こえなかったが、一応話を聞いてみることにした。
「どういうこと?」
彼はこれまでの経緯を語り始める。
「僕はまず不動産を扱う事業を始めようとしたんだ。そこで始める前にどれくらい不動産経営が難しいかを調べてみたんだ。そしたら不動産経営で成功する人は僅か数パーセントの人だけで、残りの人は痛い目を見るって書いてあったんだ。だから僕は不動産事業を始めることをやめた。その後もいろいろな事業を計画したんだけど、どれも不動産と同じで成功する人は全体の中のほんの数パーセントだけ、だから僕はまだ何の事業にも手を出せていない。」
僕は彼に問う。
「お前は起業して成功したいんだよな?」
彼が答える。
「もちろんだよ。成功して、大金や名声を手にしたい。だから僕は起業するんだ。でも起業家といってもお金がなくなったらそこでおしまいだろ。だからリスクをきちんと見極めなきゃいけないんだ。」
僕は彼に告げる。
「僕の見る限り、君が成功することはないと思うよ。」
「どうしてそんなことを言うんだ!」
彼は不快感を隠さず僕に言った。
僕は静かに答える。
「だって君は成功する数パーセントの中に自分が入っていると思っていないからね。」
「っ!」
その後、バーでは長い長い沈黙が続いていた。
ある日、世界は一つになった。
各国の首脳が集まった国際会議の場で、国という境界を無くし、一つの世界にまとめることが可決されたのだ。
そうなった理由は、人々が延々と繰り返される戦争に嫌気がさしたからなのか、一つの国では対応しきれない重大な問題が発生したからなのか、はたまたもっと別の理由でなのか分からないが、こうして世界は一つとなった。
それはあまりにも突然のことであったが、人々は歓喜し、世界は喜びの声で溢れていた。
これで未来永劫平和な日々が続く、もう息子が戦争に行かなくてすむ。
人々が喜ぶ理由は様々であったが、誰もがこの日を祝福していた。
人々は皆、世界が一つとなったことで平和な時が永遠に続くと思っていた。
しかし、世界が一つになることと、平和になることは全くの別物だった。
人間とは元来多種多様な生き物である。
そんな多種多様な中でも気の合う似た者同士が集まって、今まで『国家』というものが形成されていた。
そんな国家を無くして一つにまとめてしまったのだから、価値観や文化観の違いから争いが起こるのは必然のことだった。
言い争いといった些細なことから、殺し合いといった重大なことまで、大小様々な争いが各地で発生した。
世界が平和になったと思ったら、今度はいろんな場所で争いが起こっている。
突然に次ぐ突然の展開に人々が混乱し、不安感を覚えるのは無理のないことだった。
そんな中、人々の中から群衆を導くリーダーが各地で現れた。
彼らは人々に、自分の考えに共感する人は自分の後についてこいと言った。
人々は彼らの後に続いていき、彼らは新たに自分たちのための『国家』を樹立することを宣言した。
こうして、世界が一つになったその日の午後には、世界は再びバラバラになっていた。
皆さん、動物には優しくしましょう。
動物は我々と共に生きる尊い命、それをどうして粗末な扱いができるでしょうか。
動物たちを守るために共に声を上げ、彼らを保護しましょう。
ああ、あなたたち、そんな風に動物を傷つけてはいけません。
どんな言い分があったとしても同じ地球に生きる仲間を虐げることは許されないことです。
それにあなたたち、この前は共に動物に優しくしようと訴えたのに一体どうしたというのですか。
なぜ人間にそんなに辛く当たるのですか。
家には愛する彼氏がいます。
先月から私は、彼との憧れの同居生活を始めました。
彼はとても優しくて、いつも私のことを見てくれています。
私はそんな彼のことが大好きで、何時間、いや何日も彼のことを見ていてもいっこうに飽きることなんてありません。
私たちが同居することになったキッカケは、恥ずかしながら、些細なケンカが原因でした。
ある日、私と彼が街中でデートをしていると、彼が他の女を見ていたのです。
彼はただその女を見ていただけで、それ以上のことは何もないということは私にも分かっていたのですが、その時私はとても不快な気持ちになりました。
どうして私だけを見てくれないの、どうして他の女なんか見るの。
私は彼に他の女を見ないよう言いました。
彼は他の女なんか見ていないと言いましたが、私にはそれが信じられませんでした。
私の中では、なんとも言えない黒いモヤモヤが渦巻いていました。
どうしたらこのモヤモヤは消えるのだろうか。
しばらく悩んだ後、私はとても素晴らしい考えを思い付きました。
彼が私とずっと家の中で暮らしていたら、きっと彼は私のことだけを見続けてくれる。
もちろん、何も食べないでいては死んでしまうので、私がアルバイトをしてお金を集めて、私がスーパーに食べ物を買いに行きます。
彼はただそこにいてくれるだけでいい。
私はすぐさまこの素晴らしい考えを彼に伝えました。
彼は私の考えを聞いた時、とても驚いた顔をしていました。
それはきっと、どうしたらそんな良い考えが思いつくのだろうかと思ったからでしょう。
その後私は彼との同居の準備を整えるために、家を借り、家具を運び込みました。
後は彼を呼びに行くだけでした。
私が彼に同居の準備ができたことを伝えると、彼はまたしてもとても驚いた顔をしました。
それはきっと、私のあまりの手際の良さに感心していたからでしょう。
そして、私は彼を新しい家に連れていくために、彼の手を取ろうとしました。
しかし、彼はなんと私の手を振り払ったのです。
今度は私が驚いた顔をしていました。
そんな私に彼は言いました。
「なにもいきなり同居しなくてもいいんじゃないかな?」
いいえ、それではダメなのです。
ずっと一緒にいなかったら、彼はきっと、また他の女を見るでしょう。
たとえそれが無意識なのだとしても、私にはそれが耐えられないのです。
だから、今すぐに同居したい、いやしなければならないのです。
私は彼にそう伝えました。
けれども、彼は尚、私と同居することを嫌がりました。
私は、そんな彼の同居することへの文句を話し続ける彼の口が憎らしくなりました。
いつもは私の事を褒めてくれて、私と楽しいお話をしてくれるその口が、この時ばかりはどうしようもないほど憎くなりました。
だから私は、彼を黙らせることにしました。
しばらくして彼の口は二度と開かなくなりましたが、それと同時に彼の体も二度と動くことはなくなりました。
彼ともう喋れなくないのは、とても悲しいことでした。
でも、ああ、やはり私は彼の全てが愛おしい。
その時流れていた赤い液体までもが私には愛おしかった。
私にはそれが彼の中から顔を出した、私と彼の『赤い糸』にすら思えてきたのです。
けれども、いつまでもその赤い糸に見惚れているわけにもいきません。
私は急いで彼を新しい家に運び込みました。
早速、私たち2人の同居を祝して買ってあったケーキでも食べようかと思いましたが、まずは一緒にお風呂に入ることにしました。
彼の体はすっかり冷え切ってしまっていたからです。
そしてその後、温まった彼と私はケーキを食べました。
彼は優しいので、私に自分の分のケーキも食べさせてくれました。
こうして、念願の同居生活がスタートしたのです。
同居してから1ヶ月たった今でも、私たちは仲良く暮らしています。
彼は1ヶ月前よりもだいぶグデンとしています。
きっとこの家に慣れてきたからでしょう。
彼の体臭のほうはやや気になりますが、それすらも私には愛おしいのです。
この夢のような同居生活を、私はとても満喫しています。
高3の夏、僕は今、
自らの命を断とうとしている。
学校の屋上からは地面がぼんやりとしか見えない。
一歩進めばもう2度とこの世に帰ってくることはないだろう。
お父さん、お母さん、今までありがとう。
最後まで世話をかけてごめん。
僕は死に向かって歩み出そうとする。
「ちょっと待った!」
大きな声で誰かに呼び止められた。
僕以外にはこの屋上に人の気配は無かったのに、一体誰が。
振り返って声の主を確かめる。
そこには僕が通っている学校の制服を着た、血が通っていないのかと思えるほど色白い肌をした女性が立っていた。
年は僕より少し上であるように思われる。
「ねえ君、今自殺しようとしてたでしょ?」
どうせ今から死ぬんだから隠しても仕方がないと思い、正直に話すことにした。
「ええ。でもあなたとは関係ないですよね?」
「まあね。君が自殺しようがしまいが私には関係ないし、君が死んでも私の心はこれっぽっちも痛まない。」
「じゃあ何で止めたんですか。」
「ん〜。何もそんなに急いで自殺しなくてもいいかなって思って。」
一体何なんだこの人。
関係ないなら邪魔をするなよ。
そんな僕の苛立ちなど気にする様子もなく女性は話を続ける。
「もう絶対に自殺するって決めてるの?」
「当たり前じゃないですか。そうでなければ屋上なんて来ませんよ。」
「じゃあさ、君が自殺したい理由を教えてよ。」
「どうしてですか。」
「いいじゃん。君が持っているのが自殺するのにふさわしい理由かどうか確かめてあげるから。」
「自殺するのにふさわしい理由、ですか…まあいいですけど。」
そうして僕が自殺する理由を話す。
「僕はこの学校でいじめを受けていました。
クラスのリーダーの立ち位置である人に標的にされて、殴られる蹴られるといった身体的なものから、いたる所で自分の悪口を言われるといった精神的なものまで全部されました。
どうして僕だけがこんな目に合わなくてはならないんだ。僕が何か悪いことをしただろうか。
そんなことを思う日々が続いていくうちに僕は疲れてしまいました。
親はそんな僕の様子に気づいてか、先生にいじめのことを話すよう僕に言いました。
僕は親の言葉に従って先生にいじめを訴えましたが、ロクに相手にされず、軽くあしらわれて終わりでした。
だから僕は思ったんです。こんな辛い日々が続くなら自ら命を断とうって。
それに僕が死ねばもうこれ以上親に心配をかけなくてすむ。
だから親のためにも死んだ方がいいって思ったから、僕は今ここにいます。」
女性は僕の話が終わるまで黙って静かに聞いていた。
そして僕の話が終わって彼女は口を開いた。
「それだけ?」
聞き間違いだろうか。彼女は今僕が自殺したいと思う理由を『それだけ』と言ったのか?
「君はたったそれだけの理由で自殺しようとしているの?」
僕はカッとなって言う。
「それだけって、それ以上何があるんですか!
僕はもう疲れたんですよ、お父さんにもお母さんにも心配かけて。だから今から死ぬんですよ!」
「そんな理由じゃ君の自殺は認められないよ。」
「どうして…」
彼女は話を続ける。
「まずいじめのことだけど、逃げちゃえばいいじゃん。いじめが辛くて疲れるなら逃げちゃえばいいんだよ。学校なんて行かなくていい。」
「でも、それじゃ親が心配するじゃないですか!」
「そもそも君はその考えが間違っていると思うよ。」
「その考えって?」
「君は自分が自殺すれば親の気持ちが楽になると思っているの?」
聞かれたくないことを、彼女は聞いてきた。
「それは…」
「君は親に心配をかけたくないし、迷惑もかけたくないんだよね?」
「…はい。」
「でも、君が自殺した方が親には迷惑がかかると思うよ。」
「…」
彼女の言葉に答えることができない。
「君が自殺したら君のお父さんとお母さんはどう思う?君が自殺したのは自分たちのせいだと思うよね?」
「違う!お父さんとお母さんのせいじゃ…」
「たとえ君がそう思っていたとしても死んでからじゃ伝えられないんだよ。」
何も言い返すことが出来なかった。
僕だって、自分が自殺しても親の気持ちが楽になることなんかないことは分かっていた。
でも、辛くて、疲れて、僕にはもう逃げる気力も残っていなかった。
「分かった?それでも君が親のために自殺するっていうなら…じゃあこうしよう。
君が自殺するのは親にとって迷惑なんだよ。迷惑だから死ぬなんて道を選んじゃダメ。」
迷惑だから死ぬな。
めちゃくちゃな話だとは思ったが、それと同時に間違っていないとも感じた。
「それにね、親には心配をかけてもいいんだよ。」
僕には彼女の言葉の意味が分からなかった。
「どうして、どうしてですか。親に心配をかけるのはよくないことでしょ。」
「だって、君の親は心配をかけられることも含めて君のことが可愛いんだから。」
彼女は話し続ける。
「でも、子どもはそんなこと自分じゃ分からないよね。だから君には私から伝えておく。死んでからじゃ遅いからね。」
ずっと辛かった。逃げたかった。
けど、逃げたら親に心配をかけてしまう。
だから逃げられなかった、命を断つという行為で人生そのものから目を背けようとしていた。
でも、今僕の目の前にいる女性は親に心配をかけてもいいと言っている、逃げていいと言っている。
僕は逃げていいんだ。心配をかけていいんだ。
そう気づいた時、僕の目からは涙が溢れていた。
「もう自殺する気はなくなった?」
しばらくして、彼女が僕に聞く。
僕はうなずく。
「…あの、ありがとうございました。」
その言葉を聞いて彼女は笑った。
「そう、それでいいんだよ。」
彼女の言いたいことが分からずに首を傾げていると、彼女は笑顔で僕に言った。
「『ありがとう』でいいんだよ。『ごめん』なんて一緒に言わなくていい。君がお父さんとお母さんに伝える言葉はありがとうだけでいいんだよ。」
その後僕は学校に行かなくなったが、今もこうして生きている。
僕は、飛び降り一歩手前で踏みとどまった。