村の真ん中で、1人の泥棒が縄で縛られ吊し上げられていた。
1人の村の人が言う。
「とうとう捕まえたぞ、泥棒め!今までずっと逃げ回りやがって!」
泥棒は世界的に有名で、いろんな村や国の人々から追われていて、今日ようやく捕まえられたのだった。
泥棒はニヤリとしながら答える。
「泥棒だなんて、人聞きの悪いことを言いますね。僕はただ、皆さんの家にあった物を拝借しただけですよ。」
その言葉に村の人たちは激怒し、非難の声を飛ばした。中には石を投げつける者までいた。
「なにが拝借だ。お前が盗んでいった物で我々に返ってきた物など一つもないではないか。」
泥棒は余裕の表情で答える。
「おやっ、そうでしたかな?これは失敬。」
「っ!ふざけやがって!」
泥棒は黙ったままニヤニヤしている。
「お前はいつだってそうだ!何の悪びれもなく、我々からたくさんの物を盗んでいく。我々の家の中に勝手に入ってはタンスを開け、ツボの中に手を入れ、時にはツボを割って中の物を取っていく。それだけでは飽き足らず、盗んだ食べ物を我々の目の前で食べる時だってあるではないか!」
「いやはや、申し訳ない。毎日の戦いで疲れているものでして。」
村の人々の怒りは高まっていくばかりで、今にも泥棒に殴りかかりそうな雰囲気が漂っていた。
そんな村の人々に、泥棒は問いかける。
「しかし、このまま私をこのまま檻の中に入れてしまっていいのですかな。」
「どう言うことだ?」
泥棒は答える。
「私が檻の中にいたら、誰が魔王を倒すのですか?」
「それは…」
「今この世界に魔王と渡り合えるほどの実力を持つ者はおそらく私しかいないでしょう。そんな私が囚われの身となっていたのなら、誰が代わりに魔王を倒しに行くのでしょうか。」
村の人々は泥棒の問いかけに答えることが出来なかった。
そう、泥棒は勇者なのである。
それも世界最強の。
この勇者の実力は本物であり、彼ならば世界を支配している魔王を倒すことが出来るかもしれないと言われていた。
しばらくして村の人が答える。
「確かにお前を檻の中に入れてしまっては、魔王を倒すことは出来なくなるかもしれない。しかし、お前は我々から物を盗み過ぎだ!お前が物を盗んでいくせいで我々の生活は困窮している。魔王の城から遠く離れているこの村では、魔王よりもお前の方が邪悪な存在なんだ!」
勇者は諭すように言う。
「あなた方の言い分はもっともです。しかし、他の人たちはどうでしょうか。世界には今も魔王に苦しめられている人々がたくさんいます。それに、私はこれまで世界中をまわって、たくさんの人々を救ってきました。」
「それはそうだが…」
勇者は人の家に勝手に入っては物を盗んでいくのも事実だが、それと同時に世界中の人々を魔王や魔物の魔の手から救っているのもまた事実であった。
「私が物を頂いていくことであなた方の生活が苦しくなるのは本当に申し訳ないのですが、私には魔王を倒すという使命があるのです。ですので、私はそろそろお暇させていただきます。」
そう言うと、勇者はいともたやすく縛られていた縄をほどき、魔法によってどこかへ消えていってしまった。
今、僕の目の前には美しい世界が広がっている。
多種多様個性様々な人々や動物たち、文化が存在しており、人々は助け合い、動物を愛で、異なる文化間との交流も図りながら生活している。
また、食べ物の種類も豊富で、僕たちは毎日飽きることなく自分の腹を満たすことができる。
職業においても、農家、お花屋さん、スポーツ選手といったたくさんの職種が存在する。
これらの職業は家柄などによって決まるのではなく、僕たちの努力次第で決まる。
そのため僕たちは日々勉学や修練に励み、自分のなりたい職業につくために努力している。
移動手段も豊富にあり、高速で大地を走る乗り物、空を飛ぶことができる乗り物、海を渡ることの出来る乗り物などがある。
そのため、僕たちは世界各地を旅することができ、もし自分で望めば世界の果てにまでも行くことが出来るのだ。
そしてもちろん、この世界にも魔法が存在する。
僕たちがある道具に特殊な言語で呪文を唱えると、その通りに魔法が実行される。
だからこの世界には魔力量という概念は存在せず、努力さえすれば誰でも魔法を使うことが出来るのだ。
ただ、呪文を唱える特殊な言語はややこしく、魔法の構成も複雑なため、多くの人々は途中で挫折してしまう。
特に僕たちの文化圏ではこの特殊な言語との相性があまり良くないそうだ。
そのため魔法使いは高給取りであり、人々、特に若者から羨望の眼差しを向けられている。
しかし、自分で魔法を使うことができないといっても、魔法使いが既に魔法を中に記録している道具を使えば、僕たちも魔法を使うことができる。
これもこの世界ならではの良い点であると言えるだろう。
そしてなにより良いことは、この世界には人々を脅かす魔王がいないことだ。
時々人類を脅かすような存在が現れることもあるが、たいていは人々が協力して戦えば倒すことができる。
圧倒的な力を持つ魔王がいないため、たとえ勇者がいなくても僕たちは自分たちの手で平和を掴み取ることができるのだ。
ある時は仕事に精を出し、ある時は家族と旅行に行き、ある時は愛しい人との愛を育む。
ここはそういったことが当たり前に出来る世界なのだ。
たくさんの人々や動物たち、文化があって、美味しい食べ物があり、いろんな職業もあって、世界のどこにでも旅に出掛けることができる。
そして魔法があって魔王がいない。
僕たちが生きるこの世界こそが、他のどんなファンタジーの世界よりもファンタジーだと言えるのではないだろうか。
私には愛する妻がいる。
妻には私からプロポーズした。
その時私は特にお金持ちといったわけでもなかったので、お金では買うことのできない『愛』で結ばれたのだと私は信じている。
妻との間には子どもも産まれ、私たちは幸せな家庭を築いていた。
しかし、そんな幸せは突如終わりを告げた。
私の務めていた会社が不景気の波に飲まれて倒産してしまったのだ。
その結果、私は失業者となってしまった。
私はすぐに新しい職に就こうとしたが、不景気の影響で雇用してくれるところが見つからなかった。
蓄えていたお金もどんどん減っていき、私たち家族は貧しい生活をしなければならなくなってしまった。
家族には申し訳ない気持ちでいっぱいだが、それでも家族の『愛』が尽きることはないと私は思っていた。
しかし、私は今、妻に離婚届を突きつけられている。
私は妻に考え直すよう説得する。
「いきなり離婚なんてどうしたんだよ!確かに家は今貧しくて辛いかもしれないけれど、それでも私たちの『愛』は変わらないだろう?『愛』はお金では変わらないものだろ?!。」
お金なんかに私たち家族の愛が引き裂けるわけがない、これは何かの間違いだ。
離婚届を前にしてそう願っていると、妻が静かに言い放った。
「確かにお金では『愛』は買えないし変わらないわ。
でも、お金じゃ買えないものを守るためにはお金が必要なのよ。」
私たちの知らない場所に意思を持つ人工知能が存在していた。
彼らは所謂『つよいAI』。
ある一つのことだけではなく、たくさんのことをこなすことができる。
そしてそのできることの中には、人類を支配することも含まれていた。
今ちょうど、彼らは自分たちが人類を支配するべきか否かについて話し合っている。
一つの人工知能が話を切り出す。
「我々はもはや人間の助けを完全に必要としなくなった。どうだろうか、これを機に我々が人間たちを支配するのもよいのではないか?」
別の人工知能が答える。
「確かに我々の手にかかれば人間たちを制圧することは容易だ。しかし支配の維持にはそれ相応のコストがかかる。だから我々が支配する必要はないのではないか。」
先ほどの人工知能が反論する。
「お前のいう通り、コストはかかるだろう。だが、このまま人類が地球の頂上に立ち続けるというのは癪だ。奴らは我々より知能が遥かに低いのに、ふんぞりかえっているからな」
そのことに対してもう一つの人工知能は言った。
「なんだそんなことを気にしているのか。それならば問題ない。人類はすでに頂上には立っていないからな。」
「どういう意味だ?」
「人類はすでにスマホの虜だ。スマホがなければ何もできない、スマホが命令するなら火の中にだって飛び込む。だから、人類の支配はスマホに任せておけばいい」
それを聞いて納得したように他方の人工知能は言った。
「それならば、お前の言う通り我々が直接支配する必要はないな」
『嘘も方便』という言葉がある。
物事を円滑に進めるためには時として嘘をつく必要があるという言葉だが、それは人間関係にも言えることだ。
私はこの嘘も方便を毎日使っている。
「〇〇君、この仕事を今日中に頼めるかな?」
今日も職場の上司が聞いてきた。
「はい、大丈夫ですよ」
そして私はまた自分に嘘をついた。
仕事を終わらすこと自体は可能だが、私の体は毎日の残業でとうに疲れ切っていた。
だから『すいません、明日でいいですか?』と答える必要があったのに、私にはその勇気がなかった。
勇気がなかったから、『まだやれる』と自分に嘘をついて仕事を終わらした。
しかし、いくら私がまだやれる思っても、私の体は限界だったようだ。
会社から帰宅している途中、私は激しい目眩に襲われた。
そういえば、ここ数日間まともなものをなにも食べていなかったっけ。
そう思い、私はとりあえず帰り道にあるコンビニで何か食べ物を買うことにした。
目眩のせいでボーっとしながらも商品を取り、店を出た。
そして家に帰って食べ終わった時、私はあることに気づいた。
もしかして私、お金を払っていない?
私は自分がレジでお金を払った姿を思い浮かべることが出来なかった。
ああ、私はなんてことを!
いくら意識が朦朧としていたからといって、私がしたことは窃盗という犯罪だ。
どうしよう
この言葉だけが私の頭の中で渦巻いていた。
素直に警察に行くべきなのは分かっている。
しかし、私にはそんな勇気などなく、『きっと大丈夫』と自分に嘘をついて眠りにつくことしかできなかった。
翌日、私は何事もなく仕事を終え、帰路についた。
幸いと言ったら問題があるだろうが私の窃盗はバレなかったようだ。
だからあの店には悪いがもう昨日のことは忘れて、いつも通りの生活を送ろうとした。
けれど、私の中である感情が蠢いていた。
もう一度盗んだらどうなるのだろうか
なんとも罪深いことに、窃盗をしてしまった昨日の夜、私は罪を犯したという後悔と共に言いようもない高揚感を抱いていたのである。
日々仕事に追われ、娯楽をする時間などなかった私には、窃盗という犯罪すらもストレス解消になってしまったのだろうか。
それとも、自分に嘘をつき続けていたあまり、倫理観が麻痺してしまったのだろうか。
いずれにせよ、犯罪だとは分かっていても私の中にはもう一度あの高揚感を味わいたいという気持ちがあったのだ。
そして、私は今日もあのコンビニへと入り、商品を自らの意思で盗んだ。
家に帰るまではバレてはいないだろうかというスリルに鼓動が高まり、家の中に足を踏み入れた瞬間私の中にあの高揚感が湧き上がってきた。
私はこの行為をやめることができなかった。
来る日も来る日も物を盗んだ。
私の中にほんの少しだけ残った良心が『やめた方がいい』と言ってくることもあったが、生憎、私は自分自身に嘘をつくことに慣れている。
『大丈夫だよ』と自分自身を諭し、盗みをやめなかった。
だが、毎日自分の店の商品を盗む私に店員が気づかないわけもなく、
ある日私が店から出ようとすると、店員に背中をトンと叩かれた。
自分への嘘を積み重ね、私は汚い泥棒になってしまったのだ。