「稲垣くん、私に隠し事をしているでしょう」

 いつも……と言えるくらいには回数を重ねた、舞香との秘密の放課後。
 いきなりそんなことを言われた。
 俺はキョドった。

「隠し事!? な、なにが?」

 心当たりが多すぎる気がする。
 舞香の動画を見たこと?
 芹沢さんとFINEアプリで、最近は相談もだいたい終わってずっとバカ話してること?

「芹沢さんと、アイコンタクトしてるでしょ。私、気づいてるんだから」

 あっー!
 あれに気付かれていたのか。

「いつから?」

「この間、稲垣くんと芹沢さんが初めて会ったときから。私の目は節穴じゃないもの」

 やばい!
 最初の最初から気付かれてた。
 この人、鈍感系ヒロインじゃないぞ。

 伊達に学年首位の頭脳じゃないし、先日は先輩たちとディスカッションをする授業でも、二年生たちを唸らせるほどの発表をしてたもんな。
 コミュ力も図抜けている。

 完璧超人か……!
 で、それだけに……。

「ねえ、芹沢さんと仲良くするのはいいけれど、それはその時だけにして。今は、この十分は私と特撮の話しなくちゃだめでしょ! あのね、今日はアクターさんの話をしようと思ってここに資料を作ってきたんだけど……」

 これだっ。 
 鼻息も荒く、スマホの中に保存された図表を俺に見せてくる。
 いつ作ってるんだこれ……!

「やっぱり、特撮ものを切っ掛けにしてブレイクするアクターさんはとても多いの。つまり、特撮は子供だましじゃないわ。あれはそのアクターさんが世界に出ていくための登竜門でもあるの。だからこそ、将来のスターになるあの人達の若々しい演技が見られる特撮は素晴らしいんだよね。特に、低年齢層を本来はターゲットにしている戦隊は一度に5人以上ものアクターさんが参加されるから、その成長を見てるだけでもう」

 今日も凄いぞ!!
 だが、俺だってそこはちゃんとカバーしている。

「だよね。俺もそこはずっと見てた。俺らと同じくらいの年頃から活躍してるじゃん? 最初はたどたどしかったりするんだけど、一年通してるとやっぱり変わるよね……!」

「うんうん……!」

 お互い、特撮視聴歴は十年を超えている事がわかっている。
 つまり、俺達は未就学児の頃から特撮を愛してきたのだ。

 目をキラキラ輝かせて、舞香は特撮を経た役者の人たちがいかに成長し、巣立っていくかを語る。
 作品世界のみならず、それを演じる人たちにも興味があるとは。

「ところで舞香。そうなってくると、いよいよスーツアクターさんについても知っておく方が楽しくなってくるぞ」

「スーツアクターさん……?」

 一瞬、きょとんとする舞香。
 あっ、こっちの分野は未履修だな。

「スーツの中にはスタントをやるアクション担当の人が入ってるだろ? その人達がね……」

「ええーっ!!」

 舞香が興奮で頬を赤くする。
 米倉舞香が、俺の話に驚き、強く興味を抱いてぐいぐい寄ってくる。

「もっと、もっと詳しく!!」

 舞香の息がかかる。
 こうやって人の話に興味を持って、聞きにも回るのは舞香の凄いところだと思う。

 あといい匂いがする。

 ひとしきり話をしたら、いい時間になってきた。
 ずっとハイテンションだった舞香が時計を見て、

「時間だね」

 急に冷静になる。
 その後、チラチラっと俺を見た。

 もしかして、今日やたらとテンションが高かったのはわざと?
 今の彼女が、不安そうに見えた。

「聞きたいのは、GWの話でしょ」

 俺が切り出すと、彼女はうなずいた。

「そ、そう。どう、かな? 難しいかな」

 いつもは、行動力やコミュ力、洞察力に満ち溢れている彼女が、この時ばかりは何の力もない普通の女の子になる。
 家のことが絡むと、舞香は大人しくなる。

「絶対にやれる。絶対、ヒーローショーに連れてくよ。安心してくれ」

 安心と言い切ってしまった。
 後悔はないぞ。
 後先考えてどうするんだ!

 舞香はこれを聞いて、ふわっと表情を緩ませた。

「そういうこと言う人、初めてだなあ」

「え?」

「楽しみにしてる」

 舞香はちょっと早口でそう言うと、(きびす)を返した。
 いつもよりも足取りが早く、彼女の背中は遠ざかっていく。


稲穂『今、舞香さん帰ります』

しゅんぎく『おけまる』

しゅんぎく『決行の日は近いぞ。覚悟を決めろ少年』

 なんでいきなりシリアスなこと言ってるんだこの人。
 まるでヒーロー物の師匠ポジションじゃないか。

 なら、その直前におけまるとか言うなよー。

しゅんぎく『わたし明日からオフだからちょっと顔貸せ』

稲穂『えっ怖い』

しゅんぎく『とって食わねえよわたしをなんだと思ってるんだこらー』

 プライベートの芹沢さんと……?
 不安しか無い……!