ヒーローショーに誘いはした。
 実質これはデートではないか。
 つまり俺はデートの誘いを快諾された……?

 うひょー。
 我ながら、ちょっと冷静さを失う。
 しかも相手は、あの米倉舞香だ。

 新入生代表を努めた彼女は、入試の成績がトップだったらしい。
 本来は推薦でもっと良い高校にいけるのだが、下々の暮らしを見よとの米倉グループ総帥の言葉を受けて、ちゃんと受験をして入ってきたのだとか。
 それでサラッとトップを取るとか、頭の良さが違う……!

 で、壇上で新入生代表あいさつを読む彼女に、学校中の注目が集まったわけだ。

 ちらりと、クラスメイトと談笑する舞香を見る。

 座っていても、背筋はピンと伸びていて、常に話す相手の目を見ている。
 笑う時もあくまで上品で、口元を隠して笑うさまは、上品なお姫様のようだ。

 彼女、歩く時もとても姿勢がいい。
 日舞で鍛えられているのか、あまり足音を立てず、頭の位置が変わらないままスーッと歩いていく。
 しかも、歩く速度も緩急自在。

 勉強をすればもちろん、入学最初の実力テストでは学年トップ。
 運動をすれば、身体能力では女子の上位。

 そしてあの、和風美女って感じの可愛さだ。
 容姿については男たちの間で意見が分かれるが。

「米倉舞香は好みからはちょっと外れてるんだよな。黒い髪はめっちゃきれいだし、肌も真っ白だし、間違いなく可愛いんだけど……いや、可愛いって言うよりはキレイっていうか」

「分かるわ。俺たちの劣情を許さないような外見だよな……」

「取り巻きの麦野春奈の方が、エロい」

「わかる」

 なんて目で舞香を見るのだ。
 近くの座席の男たちの会話を聞いて、俺はため息を付いた。

 ちなみに彼らが語る麦野春奈は、舞香の取り巻きの一人だ。
 それなりにいいところのお嬢さんらしいんだけど、米倉グループと比べればさすがに格が落ちる。

 彼女の見た目は、ふわふわした茶色っぽい髪を巻き毛にしていて、甘えたような大きな目をいつもぱちくりさせている。
 背丈は低いが、制服を下から押し上げる胸元のボリュームに男たちは釘付けだ。

 恥ずかしながら、舞香との関係が始まる前の俺も釘付けだった……!
 バカバカ、俺のバカ。

「でもー、米倉さんってばやっぱり凄いからー。春奈は尊敬しちゃうなあ」

「そんなことは無いわよ。私、みんなと違うことはやってないから。麦野さんだって、すぐにできるようになると思うな」

「でもでもー、春奈は運動とか超ニガテなんだよねー。米倉さん、めっちゃ足が速いでしょー? あれは才能だと思うなー」

「走り方のフォームがあるの。体育も勉強と同じでやり方があるのよ。今日、ちょうど授業があるから教えてあげるわね」

「ホントー!? やったー! 米倉さん、太っ腹ー!」

 なーにが太っ腹だ、巻毛ボインの麦野め。
 くっ、ジャンプするな。
 揺れが視界に入って俺の封印した劣情を乱す。

「んお?」

 麦野がこっちに気づいて、ニコッと笑って手を振ってきた。
 舞香も振り返る。
 や、やめろー!
 まるで俺が麦野を見てたみたいじゃないか!

「うおー! 春奈ちゃーん!」

「かわいいー!」

 男たちが盛り上がった。
 おお、麦野はあっちに手を振ったのか。

「あっ、米倉さんがこっち見た」

「ヒェッ、美人……」

「あの目で見つめられると……俺、なんか緊張してきたわ」

 そして男たち、舞香の視線を受けて、スンっと静かになった。
 舞香の眼力……。

 だが、彼女のあれは睨んでいるわけじゃない。
 素で眼力が強いだけなのだ。
 一見クールな和風美女に見つめられれば、純情な男子高生なんか何も言えなくなってしまうだろう。

 だがな、だが、だ。
 舞香にはもっと、みんなが知らない顔があるんだよ!

 このところ連日で、俺と舞香は放課後のオタトークを楽しんでいる。
 あそこでの彼女の表情は、教室じゃ絶対に見られない。

 舞香の視線が、俺までやって来た。
 ピタッと止まる。

 あっ、舞香の口がむにゅむにゅしてる。
 何か言いたいんだろう。
 だが、待て。放課後まで待つんだ舞香。落ち着こう。

 俺には、彼女の手がスカートの裾をギュッと握っているであろうことが分かった。
 耐えているのだ……!

 そして、舞香が前を向いた。

「んお? どしたの米倉さん。トイレ?」

 トイレじゃねー!!
 デリカシーってものが無いのか麦野ーっ。

「そうね。授業が始まる前に外の風を吸ってこようかしら」

 意外なことに、舞香は麦野の言葉を受け入れたようだ。
 それを理由にして、気持ちを落ち着かせるつもりだろう。

 いつも冷静な舞香が、俺を見ると落ち着かなくなってしまう……。
 ちょっと嬉しい。

 ニヤニヤする俺の肩を、後ろから突くものがいた。
 佃だ。

「稲垣、お前、もしかして春奈ちゃんと……? だったら俺はお前を殺してしまうかもしれん……」

「やめろ佃、目がマジだ。違うから。昨日の話だろ? 俺の友達の話だから……!」

「そうなのか? お前を信じていいのか……!?」

「俺とお前の仲じゃないか。この目が嘘をついてるように見えるか?」

 佃は俺の目をじっと見た。
 うわ、なんか男同士で見つめ合うのやだ。
 ぷいっと目をそらした。

「その仕草は嘘をついている仕草だぜぇーっ!!」

「ぐわーっ! やめろ佃ーっ!」

 俺と佃はもみ合い、一時間目の始まりの頃には、制服も頭もくしゃくしゃになってしまったのだった。
 ちなみにそんな俺たちを見て、戻ってきた麦野は爆笑、舞香もちょっと吹き出しそうになっていた。