登校したら、靴箱に手紙が入っていた。

 ハハッ。

 なんだこれは。
 このシチュエーション、昭和かよ。
 俺は半笑いになる。

「おーっす稲垣! 何、固まってんだよ」

「なななななななんでもねえよ」

 俺は平静を装い、素早く手紙をポケットに突っ込んだ。
 オーケー、俺は冷静だ。
 クールだ。

 この手紙は、まあ、あれだ。
 落ち着いてから読む。
 ほら、何かそういうさ、特別な呼び出しじゃないかも知れないじゃん?

「明らかに変じゃん。どうしたどうした? 何か隠し事してねえか?」

「なななななんでもねえって! 俺はいつもどおり! そう、冷静だよ! ビークール!」

「冷静になれってか! わっはっは! んじゃ、俺は先行くからよ」

 悪友の佃涼太(つくだりょうた)に肩を叩かれた。
 奴は去っていく。
 うーむ、どうも空気を読まれたような……。


 教室の席に腰掛け、あたりを見回す。
 いた。
 既に、米倉舞香は自分の席についている。

 彼女が自分から動くことは少ない。
 取り巻きの女子たちがやって来るからだ。

 舞香を見てから、ポケットの手紙を確かめた。
 もしかして……今の俺、モテ期が来てるんだろうか?

 なんかこう、舞香に対する罪悪感みたいなものが浮かんでくる。
 そして、慌ててその気持を振り払った。

 俺と舞香は別に、そんな関係では無いのでは?
 こうして訪れた、チャンス的なものを、俺は活かすべきでは?

 よーし、落ち着け俺。
 稲垣穂積よ。

 ポケットの手紙を取り出すんだ。ゆっくり、ゆっくりとな。
 誰にも見られてはいけない。
 これが、見知らぬ女子の勇気を振り絞った告白だったらどうするんだ。

 紳士たるもの、それを俺以外の男の目に晒していいわけがない。

 俺は深呼吸をした。
 漫画で読んだ、沖縄唐手の呼吸法もやる。
 ラマーズ法もやった。

 よーし、落ち着いた。
 俺は落ち着いたぞ。

 ポケットから取り出した手紙を、両手に取る。
 くしゃくしゃになっている。

 ううっ、これを送ってくれたどこかの女子よ。
 済まない。
 だが、ちゃんと俺は中を読んで、君の思いに応えよう……!

 くしゃくしゃの紙を、破らないようにそっと、ゆっくり開いていった。

 ──案外しっかりした紙だな……?
 分厚くて、手触りもよくて、ちゃんとした便箋……いや、ちょっとお高い便箋なのでは?

 開かれた紙は、思ったよりもしわが無かった。
 書かれている文字もちゃんと読めるな。

 凄い達筆だ……!
 そこには一言、

『放課後、校舎裏の大桜の裏にて待つ。疾く来られたし』

 とあった。

 果たし状!?

 俺が飛び上がらんばかりに驚いて、辺りを見回した。
 すると、こっちをチラチラ見ている舞香と目が合う。

 彼女は俺が手にしている便箋を指差して、にっこり笑った。

 お……お前かーっ!!
 つまりこれは、昨日に続くオタトークのお誘いということになる。
 手の混んだことしやがって……!

 しかし、舞香ってめちゃめちゃ字が上手いのな。書道も習ってるのかな。




 そして放課後、ホイホイと校舎裏の大桜まで来てしまう俺なのだった。
 大桜は、俺が通う、私立城聖学園高等学校の裏にある大きな木だ。
 シーズンには、ここで男女が告白したりする事が多いらしい。

 なんて紛らわしいところを指定するのだ。
 果たして、そこには先んじて教室を出た舞香の姿があった。

「稲垣くん!」

 弾んだ声色で、舞香が俺を呼ぶ。

「ごめん、遅くなって」

「ううん。私もいま来たところ」

 デートかっ。

「今日は部活があるから、やっぱり十分だけ。君の時間を私にください」

「ああ、それは別に構わないけど……俺って帰宅部なので」

「へえ……。稲垣くん、部活に入ってないんだ」

「まあね。俺の希望する部活が無かったから」

「そうなんだ。あ、それでね、昨日あんなにお喋りしたのに、私、またお話したいことがたくさん出てきてね……。ライスジャーの敵のコウガイ帝国の帝王アバドンがサバクトビバッタ将軍とね……」

 今日の話題は、敵の組織についてですか……!
 舞香のライスジャーに対する愛は強い。
 なんでこんなにハマってるんだってくらい、強い。

 今日も、頬を赤くしながら熱っぽい口調でまくし立てている。
 うん、この早口になる辺り、オタクのそれだな。

 俺も毎日早く家に帰ってから、特撮を見たりアニメ映画を見たり、アクション映画を見たりしている。

「────というシーンが凄くて……! 夢にまで見ちゃって……!」

 夢にまで見ちゃったか。
 俺は舞香を微笑ましく思った。

「ああ、私も、この拳でコウガイ帝国の害虫怪人を倒したいなーって……」

「そっちだったかー」

 自分が戦隊になりたい女子だった、米倉舞香。
 そっか、だからこそ、変身ポーズを完コピしてるんだな。
 何を隠そう、俺もなりたい系男子なのでよく分かる。

 昔はバカにされたものだが、今では特撮系が好きな大人も多い。
 俺がやってるSNSでも、日曜の朝になると特撮大好きおじさんたちが盛り上がっている。
 一部は特撮大好きおばさんかもしれないが。

「米倉さんはさ、本当に特撮が好きなんだね」

「特撮……? うーん。私は、ライスジャーが好きなの」

 特撮と言われて、ピンと来ないようだ。
 おや……?
 彼女は、年季が入った特撮オタなのかなと思ったのだけど。

「ええと、じゃあさ、去年に放送してた山賊戦隊オチムシャガリジャーは見てた?」

「オチムシャガリジャー? それは何かしら……」

 心底不思議そうな顔で、そんなことを言ってくる。
 去年の戦隊を知らない……?

 俺はこの後、近年の特撮モノを並べて彼女の反応を見た。
 どれもこれも、舞香は知らない。

 彼女が知っているのは、米食戦隊ライスジャーだけなのだ。

 米倉舞香は、ただの特撮オタではない。
 何らかの理由があって、つい最近特撮にはまった、元一般人なのだ……!

 一体何が、彼女にあったと言うのだろう。

 俺が質問のタイミングを図っていると、舞香が慌てて立ち上がった。
 高そうな腕時計を見て、ため息をつく。

「ああ……。時間だわ……。本当に、十分は一瞬。まだまだ、たくさん話したいことはあるのに」

 部活の時間になってしまったらしい。
 舞香は、少し悲しそうに微笑んだ。

「じゃあ、また明日ね稲垣くん」

「ああ、また明日」

 結局質問できなかった。
 そもそも、俺の中で舞香に投げかける質問が、まだ形を成していない。
 何を、どう聞けばいいだろう。

「ねえ、稲垣くん」

 去り際に、舞香が呟く。

「明日も、君の時間をくれますか?」

 恐る恐る、という感じの質問だった。
 だから、俺は力強く答えた。

「もちろん!」

「!」

 その時、舞香が文字通り、飛び上がった。
 うわっ!
 喜んでる!?

 飛び上がって喜ぶの、初めて見た。
 そして米倉舞香は、ハイテンションに体を支配されつつ、全速力で校舎に消えていったのだった。

「特撮の話し相手くらい、いくらでもするさ。特撮を愛する仲間同士だからな。だけど……どうして舞香は、いきなりライスジャーにはまったのか……」

 謎が生まれてしまった。