聞いて欲しい。

 今日も一人弁当しようと屋上に行ったら、クラス一の美少女と名高い米倉舞香(よねくらまいか)がいたんだ。
 美しい黒髪を風に遊ばれながら、いつもの毅然とした表情を保ち、彼女は────。

 変身ポーズをしていた。

 ────変身するのか!?
 いや、その様子はない。
 ひとしきり、ポーズを終えた後、彼女は満足げに微笑んだ。

 そこで俺が登場だ。

「!?」

 バンッと開かれた扉に、舞香が飛び上がるように驚く。
 じっと俺を見る彼女。

「い……いつからそこに?」

 舞香の、まるで紅でも引いているかのように赤くふっくらした唇から漏れたのは、びっくりするくらい細い、怯えた声だった。

 そうか、俺は彼女の、見てはいけない秘密を見てしまったのだ。
 舞香は恐れているのかも知れない。
 自分の秘密を知られたことで、今まで築いてきた日常が崩れてしまうことを。

「見たよ」

 舞香が息を呑む。
 そして悲しそうな顔になった。
 俺はこの時、強く思った。
 ──彼女に、そんな顔をさせてはいけない。

 だから俺もまた、彼女が取っていたのと同じポーズをする。
 そう、寸分たがわぬ、同じポーズ。
 あの番組で毎回流れているこの、一連のポーズからのアクションだ。

「スチーマーブレス!」

 右腕にブレスレットがあると仮定して、それを左手で触れながら、腰を大きくひねる。
 そして右腕を高らかに頭上へ。

「クックオーバー! ライスジャー!」

 これこそ、ただいま絶賛放映中、米食戦隊ライスジャーの変身ポーズなのだ。
 俺ももちろん、毎回リアルタイム視聴している。
 こうして見栄を切った後、蒸気に包まれてライスジャーは戦闘スーツに身を包む。

 だが、今は現実だ。
 蒸気なんて現れないし、俺も変身しない。

 屋上を静寂が包み込む中、俺は思った。
 やっちまった……と。
 米倉舞香のポーズが、ライスジャーのそれによく似ていたから、思わず反射的に俺も返してしまった。

 もしかしてあれは、舞香がやっているという日舞の動きの一つかも知れない。
 だとしたら、ライスジャーだと早合点してポーズを決めた俺はなんなのだ。あほではないか。

 案の定、舞香は目を瞬かせて、俺を見ていた。
 そして、キッと眉尻を吊り上げる。

「ライスジャーって……。稲垣穂積(いながきほづみ)くん、あなた」

 米倉舞香、俺の名前を覚えててくれたのか。
 俺、ちょっと感激。

 だが、歩み寄ってくる舞香の目が怖いぞ。
 なんて真剣な目をしてやがるんだ。

「は、はい」

 舞香が俺の肩越しに、扉を閉めた。
 まるで、俺に壁ドンしているような姿になる。

 怖いほどの真剣さをたたえた目が、ちょっと潤んだように見えた。
 舞香の頬が赤くなっている。
 こ、これは────!?

「もしかして、ライスジャー、好きなのっ!?」

「大好きです!」

「白派? 赤派?」

「黒派」

「通ね……!!」

 彼女が俺の手を握りしめた。
 興奮で鼻息が荒くなっている。
 うわあ、手の平が柔らかい!

 米倉舞香のきれいな顔が、まるでキスでもするかのような距離にある。
 俺は一瞬、彼女に見とれてしまった。
 舞香、やっぱり肌が白くてきれいだなあ。

「白……」

「そうなの!!」

 舞香が離れて、叫んだ。

「私は、白なの! ハクマイジャーが、好きなのーっ!!」

 お、おお……!

 空に向かって咆哮を上げる、米倉舞香。
 彼女はまるで、何かから解放されたかのように見えた。

 この日、俺はクラス一の美少女の意外な素顔を目撃してしまった。
 そして、彼女からクラスで唯一の理解者だと認識されてしまったのだ。

 米倉舞香。
 艶やかな長い黒髪、切れ長な目、白い肌にしなやかな身のこなし。
 成績優秀、スポーツ万能、家柄はとある会社の社長令嬢だとか。
 そんな誰もが認める完璧超人の彼女は────特撮オタクだったのだ。


 そしてこの日から、俺と舞香の秘密を共有する毎日が始まったのである。