俺は職場の同僚だった|《ながせさや》に、帰りがけに呼び止められた。

 砂夜とは同期で、好きな音楽や本の趣味が共通していたこともあり、男女という隔たりもなく、すぐに意気投合した。

 砂夜はどちらかというと、男のようにサッパリとしていて気丈な女だった。

 例えば、俺が仕事でへまをして落ち込んだ時は、持ち前の明るさで励ましてくれたり、仕事のノルマが果たせずに残業せざるを得なくなった時は、コンビニで買ったパンとペットボトルのお茶を持って現れた。
 そして、要領の悪い俺に呆れつつ、それでも、さり気なく手を差し伸べて手伝ってくれた。

 俺の中では、砂夜は性別を超えた良き友だった。
 見た目は目鼻立ちのすっきりした美人だったから、一部の男子社員からは密かに持て囃されていたようだが、少なくとも俺は、砂夜を〈女〉として意識したことはなかった。

 だから、呼び止められた時も、単純に一緒に飯に行こうと誘われただけだと思っていたのだ。

 ◆◇◆◇

 俺は砂夜に連れられるまま、市街地の外れにある和食専門店に行った。

「おい、ここ高いんじゃねえの?」

 いかにも敷居の高そうな店構えに、俺は尻込みした。

 けれど、引いている俺とは対照的に、砂夜は堂々としたものだった。

「だーいじょうぶだって! それに今日は宮崎(みやざき)の誕生日でしょ? ちょっとぐらい奮発しなきゃ!」

「――へ?」

 俺はこの時、非常に間抜けな顔をしていたかもしれない。

 砂夜は俺の表情を見るなり、目を見開いた。

「あんたまさか……、自分の誕生日を忘れてたんじゃないでしょうね……?」

 その〈まさか〉だった。
 そもそも、誕生日というイベントに浮かれるのは子供の頃だけで、年月を重ねる毎にあまり重要視しなくなる。
 運転免許の書き換えや、新たに行った病院で問診票を記入する時に、改めて自分も年を取っていたのかと認識するぐらいだ。