確かに、ほんの一瞬でも、砂夜を轢き殺した相手に報復してやりたいとか、自分の存在もこの世から消してしまおうとか考えた事はあった。
 けれども、実行には移さなかった。
 やはり、心のどこかで、そんなことをしても砂夜は決して喜んでくれないと分かっていたから。

「――俺は、どうしたらいい……?」

 絞り出すように、砂夜に訊ねる。

 砂夜は、俺を真っ直ぐに見据えたまま、「幸せになればいい」と答えた。

「私の分も生きて、私の分までうんと幸せになってくれれば、私はそれだけで充分。
 宮崎はまだ若いんだし、これから、私よりももっと素敵な人を見付けて、その人と温かい家庭を築いて、悔いのない一生を過ごしてくれれば……」

 砂夜の指先が、俺の輪郭をゆっくりとなぞる。

 俺は愛おしさが込み上げ、その手を握り締めた。

 砂夜は瞠目した。
 今の彼女は、俺の心が読める。
 ならば、この先に何をしようとしているか察しが付いているはずだ。

 俺はもう片方の腕で、砂夜の肩を抱き締める。
 先ほどとは違い、壊れ物を扱うように優しく抱き寄せた。

 砂夜の瞳が閉じられた。
 微かに、唇が震えている。

 俺も躊躇いつつ、砂夜に口付けた。

 初めてで、これから、二度と触れ合うことのない唇と唇。
 この柔らかくて温かな感触を忘れたくない。
 俺は、祈るように強く想った。