突然、スーツのジャケットの内ポケットに入れたままにしていた携帯電話が、ブルブルと震え出した。

 俺はハッとして顔を上げ、目に飛び込んだ壁時計を仰ぎ見る。
 どうやら、二時間ほどローテーブルの上でうつ伏せになって眠ってしまっていたらしい。

 携帯は、相変わらず震え続けていた。

 俺は内ポケットを弄って携帯を出すと、出る前に着信相手を確認する。
 けれども、未登録の相手だったらしく、名前ではなく、携帯番号が表示されていた。

「もしもし?」

 いつも以上にトーンを落として電話に出た。
 もしかしたら、間違い電話なのでは、と思い込んでいたのだ。でも、すぐに間違い電話ではなかったことに気付いた。

『あ、もしもし宮崎君? 倉田(くらた)です』

 俺とは対照的なソプラノボイスで、相手は最初に名乗った。

 倉田という名前は、よく知っている。
 同じ職場の三歳年上の女性社員だ。

「はい、宮崎ですけど……。どうしましたか?」

 携帯番号を知っていることにも少なからず驚いたが、それよりも、急に電話をかけてきたことの方がより気になった。

『――宮崎君……』

 そこまで言いかけて、倉田さんは押し黙ってしまった。

「あの、倉田さん……?」

 このままだと、延々と沈黙を守ったままになりそうだ。
 俺はそう思い、電話の向こうの倉田さんに呼びかけてみる。

『――宮崎君……』

 また、先ほどと同様、俺の苗字を口にするのみだった。

 じれったい。
 けれど、急かす気にもなれず、倉田さんから話を切り出すまで、こちらもジッと携帯を耳に押し当てていた。