重い気持ちを抱えたままでアパートに戻った俺は、石油ファンヒーターを点けると、コートだけ脱いで、そのまま座布団の上に胡座を掻いた。

 砂夜の精いっぱいの気持ちが入っているという白い小箱。
 いったい、中には何があるのか。

 俺は、期待と不安、ふたつの対照的な想いを抱えながら、ゆっくりと蓋を開けた。

 中から現れたのは、シルバーメッキのジッポーだった。
 よく見ると、〈Love forever〉という英語が控えめに刻印されている。

 俺はヘビースモーカーではないけれど、ストレスが溜まったり、酒を口にすると、無性に煙草を吸いたくなる衝動に駆られることがある。

 砂夜も当然、その癖を知っていた。
 けれども、煙草を嫌悪している砂夜は、俺が吸おうとすると、「身体に悪いよ!」と顔をしかめながら説教する。
 説教されても、結局は、右から左に聞き流し、吸ってしまっていたのだけど。

 だから、煙草嫌いの砂夜がジッポーをプレゼントしてきたことに俺は驚いていた。
 しかも、決して安いとは言い難い代物だ。

「これじゃあ俺に、『どんどん煙草を吸ってね』って言ってるようなもんじゃねえか……」

 俺はひとりごちながら苦笑いし、箱からジッポーを取り出した。
 金属特有の重みと同時に、ひんやりとした感触が手を通して伝わる。

 ふと、箱の底に、ふたつ折りにされた紙切れが入っているのが目に飛び込んだ。

「なんだこれ……?」

 俺は首を捻りながら、ジッポーを握り締めた反対側の手でそれを摘まみ、ゆっくりと開いた。


 お誕生日おめでとうございます。
 あなたがこの世に生まれた素敵な記念日、これからも一緒にお祝いさせてくれませんか……?


 短い、けれども、俺を心を揺さぶるのに充分過ぎるほど、砂夜の切々とした想いがそのメッセージには籠められていた。

 それなのに、「ごめん」という残酷で簡単な一言で済ませてしまった俺。
 どれほど砂夜を傷付けてしまっただろう。

「また明日、ちゃんと顔を合わせて話そうか……」

 俺は自らに言い聞かせ、メッセージと共にジッポーを箱に戻した。