翌日も前日と同じぐらいの時間に上がった。

 遥人は真っ直ぐ家に帰ろうと思ったが、やはり、昨日の少女のことが気になってしまい、空き地の前で足を止めた。
 昨日と同様、まるで遥人を手招きするかのように、フワリと香りが漂ってくる。

(ここで逃げたら祟られる、絶対……)

 うんざりとばかりに、遥人はガックリと項垂れる。
 分かってはいたが、逃げることはどうあっても許されないらしい。

「俺の何がいいんだかねえ……」

 ブツブツとぼやきながらも空き地に足を踏み入れ、桜の木へと向かう辺り、遥人は年に似合わず素直な性格をしている。
 さり気なく少女に振り回されている、という表現も正しいが。

 幽霊の少女は、満開を迎える桜を仰ぎ見ていた。
 だが、遥人が側まで近付くと、肩越しに遥人を振り返って口元を綻ばせた。

「約束、守って下さったのですね?」

「まあ、俺は嘘吐くのは好きじゃねえし……」

 祟られなくないから、とはさすがに言えるはずがない。

「桜、見てたのか?」

 話題が見付けられず、つい、当たり前な質問をしてしまった。
 だが、少女は遥人が話しかけてくれたのが嬉しかったのか、先ほどにも増して、「ええ」とニッコリ頷く。

「わたくしはずっと、この桜と共におりましたから。花の季節はもちろん、青々と茂る季節も、紅く色付く季節も、白雪に覆われる季節も、いつも……」

 そこまで言うと、少女はゆっくりと瞼を閉じ、幹に頬を寄せる。

「こうしていると、少しは淋しい気持ちが紛れるのですよ。時を重ねるごとに〈待つ〉ことに慣れてきましたが、それでもひとりは孤独で心細かった……。でも、わたくしにはここ以外に行き場所がないから、ただ、あなたが現れて下さるのを信じ続けるしかなかったのです……」

 訥々と語る少女の頬に、遥人は光るものを見た。
 それは、伏せられた瞳から止めどなく零れ落ち、少女の顔を濡らしてゆく。

 遥人の胸に、微かな痛みを覚えた。
 少女が勝手に泣いている、と捉えられなくもない。
 しかし、少女は遥人を想って涙を流し続けている。