ますます、自分の正体が分からなくなってきた。

 ごく平凡な家庭に生まれ、ごく平凡な家族に囲まれ、ごく平凡に友人が出来、ごく平凡に社会人になった。
 これからもきっと、〈ごく平凡〉なまま毎日が過ぎてゆく。
 そう信じて疑わなかったのに、あの少女と出逢ったことで、〈ごく平凡〉な毎日ではなくなった。
 もちろん、単なる予感ではあるが。

「彼女は、俺に何を望んでる……?」

 当然、答えなど出ない。
 少女に問い質しても、きっと答えてはくれない。

「悪いことひとつしたことない善良な男を騙そうとしてる、とか?」

 あの少女に、人を陥れて楽しむなどという悪趣味さはないと思いたいが、人は見た目では判断出来ない。
 一見すると儚げで可憐な美少女でも、中身はとんでもない食わせものかもしれない。

「俺にとんでもねえ約束をさせてくれたしな……」

 少女に押される形で、つい、また逢う約束をしてしまった遥人。
 逢わなくてはならない、と思ったのも、少女の気に圧倒されたからだった。
 控えめそうなのに、他人に有無を唱えさせない力が少女にはある。

「気が重い……」

 遥人は深い溜め息を漏らした。
 冷静になってみると、何故、自分が少女の暇潰しに付き合わないといけないのかという思いに至り、気が重くなった。
 だが、約束をすっぽかすような真似が出来るほど器用ではない。

「とんでもねえのに目を付けられちまったな……」

 考え込んでいるうちに、鍋の中のラーメンが伸びてしまったらしい。
 汁気がほとんどなくなり、その汁を吸った麺は、半分は食べたはずなのにまた増殖している。

 遥人は眉間に皺を寄せつつ、麺を箸でごっそり掴んで口に運ぶ。
 ふやふやになった麺は離乳食か老人食かと思うぐらい柔らかくなり過ぎて、よけいに虚しい気持ちにさせられた。

「怖いよな、女って……」

 ボソリと漏らしてから、遥人はふやふや麺を一気に掻き込み、口直しに新たに発泡酒の缶を開けて勢いよく飲んだ。