空き地を出てから、遥人は寄り道をせず、真っ直ぐ自分のアパートへと帰って来た。

 真冬ほどではないが、朝から留守にしていた室内には微かな冷気が漂う。

 遥人はまず、居間のハロゲンヒーターに電源を入れると、窮屈なスーツを脱ぎ、部屋着用のスウェットに着替える。
 そして、四畳ほどしかない狭い台所に立ち、雪平鍋に水を満たしてガスにかけた。
 今夜はインスタントラーメンと白飯だけで夕飯を済ませるつもりだ。

 湯が沸くまでの間、冷蔵庫にストックしていた缶入り発泡酒を一本取り出し、居間に戻りながらプルタブを上げて、ローテーブルの前に胡座をかいたのと同時に流し込んだ。

「ふう……」

 半分ほど呷ったところで口を離し、遥人は息を吐き出す。
 発泡酒の仄かな苦味が喉を通り、胃にじわじわと広がってゆく。

 一缶分をあっという間に空けて台所に再び行くと、ブクブクと音を立てて湯が沸いていた。

 遥人はそこに乾麺を放り、少し乱暴に箸を突き刺しながら掻き回す。
 硬かった麺は熱湯の中でゆっくり解れ、段々といい具合に柔らかくなってきた。

 出来上がったラーメンは丼に移さず、鍋ごと持って行く。
 洗い物を節約するためだが、これを実家でやっていた時は、家族から相当顰蹙(ひんしゅく)を買っていた。
 一人暮らししているからこそ出来ることだ。

 ようやく本当に落ち着いた遥人は、ラーメンを豪快に啜ってから、少女のことを想い浮かべる。

 少女は、ずっと遥人を待っていたと言っていた。
 愛おしげに触れられた時に感じた少女の手の冷たさも、今でもしっかりと残っている。

「俺は、彼女の何なんだ……?」

 鍋の中のラーメンをジッと見据えながら、遥人は声に出して考える。
 だが、どれほど考えても何も想い出せるはずがない。