「――やっぱり……」

 夜の静寂に溶け込んでしまいそうな声音で、少女は囁く。
 だが、遥人には、少女が『やっぱり』と口にした意味が分からない。

 訝しく思いながら首を傾げる遥人に、少女は哀しげな笑みを向けてきた。

「まだ、想い出して下さらないのですね……?」

 少女の言葉に、遥人はさらに戸惑いを覚えた。

 少女とは初対面。
 いや、そもそも幽霊と関わりがあるはずがない。
 しかも、少女の姿を見る限り、遥人が生まれるずっと昔の人間だ。
 想像するに、数十年――いや、数百年は経っているはず。

「あのさ」

 遥人はおもむろに口を動かした。

「俺、あんたとどこかで逢った?」

 遥人の問いに、少女は曖昧に笑う。
 やはり、どこか淋しさを帯びている。

「――運命とは、非常に残酷なものです……」

 少女がポツリと呟いた。
 遥人を知っている理由を教えてくれるのかと思ったが、少女の口から出たのは、答えとは全く関係のないものだった。

「わたくしはずっと、あなたを待ち続けておりました。何度も、何度も、季節を重ねながら……。そうして、ようやく出逢えました。――あなたと、今度こそ添い遂げられるように……」

 何言ってんだ、と遥人は笑い飛ばすつもりだった。
 しかし、出来なかった。
 少女は真っ直ぐに遥人を見据え、遥人もまた、少女に釘付けとなる。

 また、ふたりの間に沈黙が流れた。
 春先のひんやりとした風がさわさわと吹き、遥人の全身を掠め、少女の長い髪を緩やかに凪いでゆく。

 しばらくして、遥人の頬に触れていた少女の手がゆっくりと離れた。

「もう少しだけ、待たねばならないようですね」

 少女はそう言うと、口元に笑みを湛えた。

「わたくしは、ずっとここにいます。ですから……、また、こうして逢いに来て下さいますか……?」

「――うん」

 ほとんど無意識に、遥人は頷いていた。
 少女に逢う理由なんてない。
 ないはずなのに、何故か、これからも少女と逢わなくてはならない。
 そんな気がした。

 困惑している遥人とは対照的に、少女は先ほどとは打って変わり、嬉しそうに満面の笑みを見せた。

「わたくし、待っております。あなたが、わたくしを想い出して下さるまで、ずっと……」