「俺には、〈遥人〉ってちゃんとした名前がある」

「――ハルト……?」

「そ。〈ハルト〉」

 遥人は自分の名前を繰り返してから、続けた。

「似たような名前だけどな。けど、正直言って、俺の名前じゃない名前を呼ばれてもあんまり嬉しくないっつうか……。トキネには理解出来ないかもしれねえけど、俺は俺であって〈ハルヒト〉じゃないんだ。
 〈ハルヒト〉はもういない。今いるのは、トキネのためだけの〈ハルト〉だ」

 自分でも何を言っているのかと、遥人は心の中で思った。
 だが、例え無理矢理であっても、ハルヒトはもう、この世に存在しないのだと、トキネに強く訴えたかった。

「――ハルト、さま……」

 躊躇いがちに、トキネが遥人の名前を口にする。

 遥人は、「〈さま〉はいらねえよ」と笑いを含みながら言った。

「俺はごく普通の一般民だ。呼び捨てで呼ばれた方がよっぽど気楽でいい」

「ですが……」

「いいから」

 もう一度呼んでみろ、と促すと、トキネは困り果てていたが、ついに諦めたように、「ハルト」と名前を紡いだ。

「トキネ」

 トキネに応えるように、遥人もまた、トキネの名前を呼び、その唇に自らのそれを重ね合わせる。
 トキネは体温を持たない。
 それなのに、口付けの感触は不思議と温かみがあった。

「俺はいつでも、トキネを見守ってやるから……」

 幸せにする、とはさすがに言えなかった。
 しかし、見守ることなら、この身が朽ち果てるまで出来る。
 遥人はそう思い、精いっぱいの想いを伝えた。

 トキネは遥人を真っ直ぐに見つめ、口元に笑みを湛える。
 きっと、それがトキネの遥人に対しての答えなのだろう。

 ◆◇◆◇◆◇

 緩やかな風に吹かれ、花びらがはらはらと舞い降りる。

 運命に逆らえない恋人を憂えてか、それとも、いつか幸せが訪れることを願っているのか、薄紅色のかけらで優しくふたりを包み込んでゆく――

[儚き君へ永久の愛を-End]