翌日も、遥人は仕事が終わってから迷わず桜の木のある空き地へと向かった。

 昨晩の夢。
 あれは、トキネが見せたものか、それとも、遥人の潜在意識が夢となって現れたのか。

 だが、今の遥人にはそんなことはどうでも良かった。
 ただ、トキネに逢いたい。
 本当は、仕事を放り出してしまいたいほどだったが、理由もなくサボれるほど器用な性格ではない。

 桜は満開を迎えていた。
 薄暗くなった空の下で、桜の木の周りだけ、ほんのりと明かりが灯っているようだ。

「――トキネ……」

 夢の中と同様、桜の前で佇んでいたトキネに遥人は呼びかかる。

 トキネは変わらず、口元を綻ばせ、眩しそうに遥人を見つめ返した。

「俺は……、あんたの兄貴、だったのか……?」

 遥人の問いに、トキネがわずかに目を見開く。
 だが、すぐに笑みを取り戻し、ゆっくりと首を縦に動かした。

「ここは、わたくしがハルヒトさまと初めてお逢いした場所なのです」

 トキネは遥人に背を向け、そっと桜の幹に触れた。

「お互い、血が繋がっているなどとは思っていませんでした。ただ、ハルヒトさまを見た瞬間、懐かしいような気持ちになって……。
 ハルヒトさまも、わたくしと全く同じことを思っていたようです。初めてなのに、初めて逢った気がしない、と。
 わたくしは、心からハルヒトさまをお慕いしておりました。ハルヒトさまとなら、一生を共に過ごしても良い。きっと、幸せになれると、そう信じていました。
 ところが、わたくしの同母兄が病に倒れ、父の後を継ぐ存在がいなくなってしまった。そんな時、父の弟である叔父がハルヒトさまを伴って現れ、申したそうです。『この者の身体には、兄上の血が流れています』と……」

 そこまで言うと、トキネは力尽きたように地面に膝を着いた。

 遥人はトキネに近付き、彼女の側に座る。
 そして、弱々しい肩に腕を回し、遥人の胸元へと引き寄せた。