「――運命とは、非常に残酷なものです……」

 それまで黙って抱かれていたトキネが、くぐもった声で訥々と語り出した。

「わたくしはずっと、あなたを――ハルヒトさまをお慕いしておりました。ハルヒトさま以外の方の元へ嫁ぐ気は全くございませんでした。――それなのに、急にハルヒトさまがわたしくの兄だと申されても……、受け入れられるわけが……、ございま……」

 そこまで言いかけて、トキネから微かな嗚咽が漏れてきた。
 肩を小さく震わせ、〈ハルヒト〉と呼ばれた青年の胸元に顔を押し付ける。

 ハルヒトは何も言わなかった。
 ただ、幼子のように泣きじゃくるトキネの頭に自らの顎を載せ、先ほどよりも強く抱き締める。

 遥人の目の前でトキネを抱いているのは、過去の遥人。
 察したものの、まだ実感が湧いていない。
 代わりに、どんな理由であれ、トキネを傷付け、哀しみのどん底に突き落としたハルヒトに対し、言いようのない憤りを覚えた。
 もちろん、ハルヒトもハルヒトで苦しんでいるに違いないが、トキネに比べたら大した傷ではないだろう。
 遥人は心の底から思った。

 やがて、トキネがハルヒトの身体を押しのけた。
 瞳は痛々しいほど涙で濡れている。

「ごめんなさい。取り乱してしまって……」

 そう言いながら、トキネは着物の袖で自らの口元を覆った。

「分かっているのです。どんなに泣いて縋っても、ハルヒトさまと結ばれることは決して叶わないことぐらい。ですが、今だけでも、ハルヒトさまに寄り添いたかったのです……」

「トキネ……」

 トキネの名を口にし、ハルヒトは手を差し伸べたが、トキネはそれを、そっと振り払った。

「わたくしのことは、どうかお忘れ下さい。先ほども申したでしょう? わたくし達が逢うことで、周りを苦しめてしまう、と。ですから、二度と……」

 そこで、トキネはハルヒトに向けてニッコリと微笑んだ。
 遥人も初めて見る、最高の幸せに満ち溢れた笑顔だった。