その晩、いつもよりも早い時間に就寝した遥人は夢を見た。

 遥人の目に真っ先に飛び込んだのは、いつもの桜の木。
 だが、何かが違っている。

(何なんだ、この違和感みたいなやつは……?)

 怪訝に思いながら立ち尽くしていると、ほんのりとした香りを風が運んできた。

 遥人はハッとして振り返る。

「トキネ……」

 知ったばかりのその少女の名を口にする。
 しかし、少女は遥人のことなど見向きもせず、するりと通り過ぎて行く。

「おい、ま……!」

 『待て!』と言い終える前に、また、背後から別の気配を感じた。

 遥人は忌々しく思いながら眉間に皺を寄せたが、もうひとりの存在を目の当たりにしたとたん、目を見開いたまま絶句した。

(――俺……?)

 そこにいたのは遥人――いや、遥人にそっくりな青年だった。
 ただ、年格好は同じように思えたが、目の前の青年は遥人よりも体格に恵まれ、肌の色も若干黒い。

(まさかこいつが……?)

 そんなわけはない、と思いたかったが、トキネが話していた遥人の過去の姿の条件と見事に合致する。
 それに、遥人にはこれが夢なのだという自覚があったから、存外すんなり腑に落ちた。

(もしかしたら、トキネにとってはこれが〈現実〉だから、この世界に入り込んだ俺が見えなかったってことか?)

 そう考えると、先ほど、トキネが遥人の存在を無視したことも納得がいく。
 いや、納得させたかった、というのが本心だったが。

「――トキネ」

 青年はやはり、遥人の存在に気付くことなく通り過ぎると、桜の木の前に佇むトキネの名を口にした。

 トキネは青年との逢瀬を喜んでいる。
 遥人は思ったのだが、彼女は笑みを浮かべるどころか、眉根を寄せ、何とも言い難い複雑な表情で青年を睨み返した。