こうして話しているうちに分かってきた。
 トキネは無垢だ。
 無垢だからこそ、周りを静かに追い詰め、傷付けていたのではないだろうか。

(悪気がねえからこそよけいに残酷だ……)

 至って冷静に遥人は考える。
 そして、やはり自分はトキネにからかわれているだけじゃないかと、疑いを持ってしまう。

 気付くと、辺りは完全に夜へと姿を変えていた。

 八分咲きの薄紅色の桜は暗闇の中でほんのりと色付き、緩やかな風に煽られ、花びらがひらりと舞う。

「――まだ、想い出して下さいませんか?」

 クスクスと笑い続けていたトキネが、真顔になって遥人を真っ直ぐに見据えてきた。

 トキネにまともに見つめられ、遥人は内心うろたえる。
 だが、自分の〈過去〉の記憶は全く想い出せないから、ゆっくりと首を縦に動かした。

「そう、ですよね……」

 トキネの表情に翳りが差した。
 考えるまでもなく、遥人の記憶が戻っていないことなど分かっていたはずだ。
 それでも、確認せずにはいられなかったのだろう。

「もう少しだけ、時間をくれないか……?」

 そう答えるのが精いっぱいだった。

 遥人の思った通り、トキネは少し哀しげに笑みを浮かべる。

「ええ……」

 短く答えると、遥人から視線を外し、桜の木を仰いだ。