もちろん、大嘘だ。真実の欠片もない。だが、翠玉はどうあっても、外に出る必要があった、
 再び、徐夫人と対峙したい。
「なんだと?」
「呪詛をしかけたのは、私です。三家の――裁定者たる江家の末裔。江翠玉。呪詛は、かけた者しか解けません。私にしか、解けぬのです」
 兵士が、ざわつきだした。
 そのうち一人が、他の兵士たちに「落ち着け!」と怒鳴った。
「我らは命令を実行するだけだ。――手を止めるな!」
 準備を急がせる兵士に、翠玉はなおも言い募った。
「私の処刑は、六月九日。それまでに、罪を悔い、すべての呪詛を解いてから刑を受けとうございます。ただいま後宮の(そう)(ちょう)苑、(ひゃっ)()苑、槍峰苑に天幕が張られておりますのは、呪詛の捜索のため。どうぞ、ご確認ください」
 兵士たちの動揺は広がっていく。
「……たしかか?」
 目の前の兵士が、そう問うた。
 この隙を逃す翠玉ではない。すかさず袖で涙を押さえる仕草をする。
「はい。陛下のお気持ちを求めるあまり、愚かにも三名の夫人全員を、呪ってしまいました。どうぞ、私を槍峰苑までお連れください。そして、夫人がたにもご同席いただきたいのです。その場で、呪詛を解かせていただきます」
「い、いや、それはできん。上からの命令だ」
 涙を押さえつつ、翠玉はちらりと兵士の顔を見た。
 拒否はしたものの、兵士の顔には明らかな動揺が浮かんでいる。
「刑部尚書様のご息女、徐夫人の身も危ういのです。――それに、二暁の執行を妨げはいたしません。私どもの処刑も予定どおり。命令に背かず、それでいて刑部尚書様のご息女も護れます。一石をもって二鳥を落とすというものございましょう」
「その話、アンタになんの益があるんだ」
「車裂きより、多少は楽な道もあろうかと。運がよければ冷宮送りで済むやもしれません。あぁ、私の素性にお疑いも残りましょう。翡翠殿の庭に、昨日、八重の芍薬が植えられました。まだ咲き初めたばかりの淡い朱鷺色でございます。陛下がご用意くださったものです」
 どけろ、と兵士たちの間を縫って、近づいてきた者がいる。
 ただの兵士ではない。身なりから察して、責任ある立場のようだ。
「よし、出ろ! 祈護衛の連中の、車裂きの準備は予定どおり進めておけよ。変更はしない! 二暁に執行だ!」
 涙ぐんで狼狽える李花に「行ってきます」と声をかけ、立ち上がる。
 牢から出ると、まだ隣の牢にいる呂衛長と目があった。
「バカな真似を! 私が……祈護衛が憎いのだろう! なぜだ!」
 正直なところ、賢明な作戦だとは思っていない。だが、それしか道がなかった。
「損な性分なんですよ。……間にあわなくても、怨まないでくださいね」
 それだけ言って、翠玉は振り返ることなく扉へと向かった。