俺は卒業式を終え、両親や友人、後輩達に祝福されると、その中に居なかった彼女が居るであろう1年C組の教室へ向かった。
居た。
1年C組の教室の扉を開けると、扉側に体を向けて席に座っていた彼女が居て、俺の顔を見るなり、不機嫌な顔をした。
待たせすぎたか……。
「待たせたな」
「待ってません!」
彼女はそう言って席から立ち上がると、俺の前まで来て
「待ってるわけないじゃないですか……。
私の夢の話を信じない人なんか!!!」
待たせすぎ…ただけじゃないな……。
確かに俺は、彼女の話を信じていない。
彼女の名前は寺苑伊久。
寺苑は夢の通りに生きてきた。
元々夢は滅多に見ず、たまに夢を見て、夢の通りに行動すると、良い事が起こったらしい。
例えば夢で選んだ道を歩いていると、その当時、寺苑が好きだった女優に会えたり。
夢で寺苑が書道をしていて、書道を習い始めると、いくつも賞を取ったり。
夢で一緒に遊んでいたクラスメイトの女子を遊びに誘ってみると、一緒の高校に通うくらいの親友になったり……。
そして最近……寺苑が見た夢に俺が現れた。
「俺が夢で寺苑と手をつないで歩いてたから付き合う事になるんだって、初対面で言われても、信じるわけないだろ」
俺は寺苑を好きじゃないんだから。
「私の事、好きになりそうとか1ミリも思わなかったんですか?」
「思わなかった」
1ミリどころか考えもしなかったな。
「こんなに可愛いのにですか?」
自分で言うか?
「可愛いよ。
リスに似てて」
そっくりだ。
「囲之先輩はキツネに似てます!!」
俺、囲之予揶はキツネにそっくりだ。
「良い顔だろ?」
「好きな顔です。
あっ」
「俺の顔……タイプだったんだな…」
どうりで俺の顔を見つめてる時間が長いと思った……。
「勘…違いしないで下さい!! 私が待っていたのは……その顔の、風揶先輩ですから!!!」
そうか…。
「風揶の顔もタイプって事になるんだな……」
囲之風揶。
俺と同じ顔をしている男。
俺の双子の兄。
「彼女がいるのに、寺苑に会いに来るわけないだろ」
知ってるだろうが。
「分っかん…ないじゃないですか……。
彼女さんと別れて私と…」
「無いな。
絶対に無い!!」
すっごいラブラブだったぞ。
人目もはばからずチュッ、チュッ、チュッ、チュッ…。
「風揶先輩が良かったです……。
私の夢の話……信じてくれてる人だから……」
風揶は100パーセント人を信じる。
「素直な人だから……」
風揶はとても真っ直ぐだ。
「嘘をつかないから……。
囲之先輩みたいに」
俺は寺苑に嘘をついた。
彼女がいるって嘘をついた。
「仕方ないだろ。
俺に近づくために、夢の話をしてきた女だと思ったんだから」
「私が囲之先輩に好意を持ってたと?」
「違うのか?
俺の顔、タイプなんだろ?」
俺に好意があったんじゃないか?
「………好きな顔ではあります……。
認めます!!
でもまだあの時は好きじゃ」
「今は好きなんだな。
俺の事」
好きだな?
「言っ…た……じゃないですか……。
風揶…先輩が……良か…ったって」
「俺が好きなんだよ。
俺が寺苑を好きなように」
俺は夢の話を信じてない人。
俺は素直じゃない人。
俺は嘘をついた人。
でも寺苑に対する気持ちに、嘘はついていない。
「私は………。
囲之先輩の事好きじゃないです!! 囲之先輩と付き合いません!! 囲之先輩じゃない人と付き合います!! 夢の通りになんかしません!!!」
「…」
「嘘です……。
囲之先輩が好きです……」
「……嘘……」
「そうです……。
囲之先輩にショックを与えたくて嘘つきました……。
でも私は謝りませんよ? 囲之先輩のついた嘘で苦しめられたんですから」
「ごめん……。
ごめん………」
「囲之先輩……」
俺は寺苑に右手を差し出す。
「もう苦しめないから……。
俺の手を握って下さい……」
俺は夢の話を信じてないけど。
俺が良い事を起こして見せるから。
「…信じます」
寺苑の左手が俺の右手を握る。
俺と手をつないで一緒に歩こう。