【3月24日(木)25日(金)】
夜中、布団の中に美香ちゃんが入ってきたので、目が覚めた。時計を見ると1時半だ。
「どうしたの」
「いやな夢を見たので、ここに朝まで居させてください」
「どんな夢?よかったら聞かせて。美香ちゃんが家へ来たころだったけど、僕の布団に入ってきたときに夜中に僕にしがみついてきたことがあったけど、その時は怖い夢を見ているようだった」
「そのうち、話します。お願いします。抱いてくれとは、いいませんが、抱きしめてもらえませんか?」
「うーん。抱き締めるくらいはいいか。それで、悪い夢をみないで眠られるのなら。じゃあ、背中を向けて、後ろからなら抱きしめてあげる」
背を向けた美香ちゃんを後ろから抱きしめる。抱き締めるだけなら、みだらな行為にはならないだろう、それも安眠のためと、自分に言い聞かせているのに笑ってしまう。本当は抱きたくてしょうがないのに、俺も男だなあ。
抱き締めた美香ちゃんの身体は柔らかくて、温かい。美香ちゃんは廻した腕にしがみついている。美香ちゃんの甘いような匂いがして、これは悪くないなあと思っているうちに寝入ってしまった。
翌朝、目が覚めた時には、美香ちゃんは布団にいなかった。もう起きて、キッチンで朝食を作っていた。
「昨晩はありがとうございました。おかげでよく眠れました。邪魔で眠れなかったのではないですか、すみませんでした」
「いや、柔らかい湯たんぽを抱いているみたいで、温かくてよく眠れたよ」
「じゃ、毎晩いいですか」
「だめ、眠りながら無意識的に美香ちゃんを抱いてしまうかもしれないから、絶対にだめ。昨晩は特別でこれで最後」
「無意識でそうなったらうれしいけど、残念ですが、圭さんは絶対そんなことないと思います」
「大体想像がつくけど、嫌な夢、早く見なくなるといいね」
「・・・・」
それから、4~5日たった夜中に、また、美香ちゃんが布団に入ってきて、目が覚めた。
「どうしたの、前回が最後のはずだけど」
「いやな夢を見たので、今晩もお願いします。昨晩もその前の晩も毎晩、夢をみるので、我慢できなくなって、お願いします」
「ずっと、見ていたのか、かわいそうに、いいよ、ここにいて」
「僕と一緒に寝ると悪い夢を見ないの」
「安心するみたいで、悪い夢は見ないみたい。それより、買い物に行った楽しい夢をみます」
「それなら、一緒に寝ることを考えてみてもいいけど」
「話を聞いて下さい。話をしたものかどうか、この話をすると圭さんが私を嫌いになると心配して、しばらく考えていました。でも大好きな圭さんに聞いてもらうと気が楽になるかもしれないと思って」
「聞かせてくれる」
美香ちゃんは、覚悟を決めたように、叔父さんとのことを淡々と話し始めた。叔父は見た目はが良いが、どちらかというとぐうたらな男で、会社勤めはしていたが、働くのは嫌いで、給料はほとんど自分で使っていた。生活は叔母に頼っていたこともあり、叔母にはとても優しかったとのこと。ただ、酒癖が悪く2人に暴力をふるうこともあった。叔母は生活のために週に2回は夜のパートにも出ていたとのこと。
高校2年の8月、叔母さんがパートで外出した晩に、お風呂から上がって布団に入ったときに、無理やり奪われたこと。それからは叔母がいないときに身体を求められて、いやがって抵抗すると暴力を振るわれた。叔母に話すというと、そうすればお前もここに居られなくなると、脅されたという。そのうちにいやなこともさせられて段々抵抗する気力もなくなって家を出る前はなすがままになっていたとのこと。
それで、叔母にそれが見つかって、私が叔父を誘惑したみたいに思われて、出ていけと言われた時、ずっとそんなことから逃れたいと思っていたので、思い切って出てきたと言った。
美香ちゃんは、最初はしっかり話していたが、その時を思い出したのか、段々泣き声になり、最後まで話し終えると、わんわんと大声で泣いた。こちらも、あまりにもひどい話なのでつられて泣いてしまった。そして、泣きじゃくる美香ちゃんを抱きしめていた。
「話して、気が楽になった?」
「本当は話したくなかった。私を嫌いになると思ったから」
「いや、話を聞いて美香ちゃんが愛おしくなった」
「ここにおいてもらってから、早く忘れたいと思っているけど、夢に見るの」
「僕のそばで寝ていると、楽しい夢をみるのなら、これからはそばで寝ていてもいいよ」
「うれしい。きっといい夢が見られそう。でもやっぱり抱いてはくれないんですね」
「18歳になるまではね」
「私は、大好きな圭さんに抱かれると、悪いことが忘れられるような気がして、抱いて下さいと何度もお願いしていたのです。好きな圭さんなら叔父さんにさせられたことでもなんでもします。圭さんにさせてもらうときっと悪い思い出が忘れられると思います」
「美香ちゃんの気持ちは良く分かった。だけど、今は、そばで寝るだけ、抱きしめるだけにしてほしい」
美香ちゃんを抱きしめた時、このままと一瞬思ったけど、踏み留まった。弱みに付け込むなんて叔父さんと同じではないか。美香ちゃんの今の気持ちは痛いほど分かる。でも、今は自分の気持ちの整理がつかない。お互いに時間が必要なのかもしれない。
それから、美香ちゃんを前と同じに後ろを向かせて、そっと抱きかかえて寝ることにした。美香ちゃんは泣き疲れたのか、すぐに寝入った。何とかしてやりたいが、今は、本当にここまでが精一杯だ。
【3月29日(火)】
学校から、転校について、田園調布にある高校の転入試験の書類が届いた。2人で山崎先生にお礼の電話を入れた。
山崎先生からは、4月4日(月)に願書出願、5日(火)に試験及び合格発表、合格した場合6日(水)正午までに入学手続きを終えることになっているので必要書類を準備することと、事前に高校を訪問し、その時には佐藤先生に連絡するように言われた。佐藤先生とは親交があるので事情を説明しておいたとのことだった。
【3月30日(水)】
翌日、会社から、佐藤先生に電話して、訪問について相談した。佐藤先生は男の先生だった。そして4月1日(金)の午前11時に二人で訪問することになった。会社には午前休暇を申請した。
【4月1日(金)】
池上線御嶽山駅から徒歩6分とかなり近い。10時30分に家を出て二人で向かう。入口で佐藤先生に会いに来た旨を伝えると先生は玄関まで迎えに来てくれた。案内されて応接室へ。やはり女性の副校長の二人との打合せとなった。まずは、名刺交換。
「山田美香と保護者の石原圭です。美香に転校試験を受けさせていただけるとのことありがとうございます。ご挨拶に参りました。よろしくお願いいたします。山崎先生から事情を説明していただいていると思いますが」
「山崎先生から話は聞いています。石原さんはしっかりした方だから、会って話されると良いと言われています。事情は副校長も理解しています。試験の結果から入学が許可されれば、山田さんは3年生になりますが、保護者として、進学についてはどのようにお考えですか」
「本人の希望にもよりますが、希望すればさせてやりたいと思っています」
「山田さんはどうですか?」
「経済的なこともありますので、石原さんと相談して決めたいと思っています」
「山田さんは学業が優れているので、できれば進学させてあげられるとよいのですが」
「保護者と言う立場になりましたので、できるだけのことはする覚悟です」
「それから、お二人の同居については、学校としても承知しておりますが、ほかの生徒への配慮から、内密にしておきますので、お二人からも口外されないようにしてください」
「分かりました」
「あの、学校の制服ですが、まだ、準備ができていないので、前の学校の制服を着ていても良いですか?」
「そうですね。かまいません。それから転校の試験は頑張って下さい」
打合せがすんだので、二人に挨拶して学校を出た。春休み中で校舎内に生徒はいないが、運動場でクラブ活動をしている。
「学校ではクラブ活動をしたらいい」
「私は帰宅部でよいのです。これまでもそうだったから」
「僕の帰りは遅くなるから、クラブ活動は十分できる。今しかできないことがあるからやっておいた方がいい」
「考えてみます」
「それから、ごめん、制服については忘れていた。すぐに新しい制服を注文しよう」
「あと1年だから、今のままでよいと思っています。制服って意外と高いんです。これをクリーニングに出せば十分です」
「でも、周りから変にみられていじめにでもあったら、大変だ。そっちの方が心配だ」
「今の私は、失うものはすべて失って、もう失うものがないから、怖いものなんかないんです。圭さん以外は」
「怖い? 僕はできるだけ君に優しくしているけど」
「圭さんに嫌われて追い出されるのが怖いんです」
「同居させると言ったけど男に二言はない。それに美香ちゃんが家にいると楽しいし、夕食もおいしいし、毎日帰宅するのが楽しみになった。追い出すわけがないだろう」
「嫌われないように頑張ります」
「進学のことだけど、まあ、よく考えてみて、できるだけのことはするから」
「ありがとう。気持ちだけでありがたいです」
駅から二人電車に乗って、美香ちゃんは長原で降りて、スーパーで買い物、僕はそのまま出勤した。
【4月2日(土)】
翌日の土曜日には、学用品などを一緒に買いに行った。通学定期は身分証明書がまだないので取りあえずSuicaを買った。体操着などは前の学校のがあるから良いという。
「必要なものがあったら遠慮しないで。保護者として美香ちゃんに恥ずかし思いや寂しい思いをさせたくない。あとからお小遣いをわたすから必要なものは自分で買って」
「それから美香ちゃんにスマホを買おうと思っているけど」
「今までなくてやってきたので必要ないです」
「学校で友達とLineをしたりしないと仲間外れになるよ」
「私はもう怖いものはありません。仲間に入れてほしいと思いませんし、仲間に外れも気にしませんから」
「一番の理由は僕が美香ちゃんに連絡するために持っていてほしいんだ」
「家に固定電話がないから、急な仕事などで遅くなるときなど連絡できないと困るから。それにいつでも連絡がとれると僕も安心だから」
「それなら買ってください」
買うなら、圭さんとの連絡だけだから、料金が一番安いもので良いと言って聞かないので、格安料金のものを探して契約した。
いらないと言っていたが、内心は嬉しかったと見えて、すぐに僕のスマホに試しに電話して、これで圭さんといつもつながっていられて安心ととても喜んだ。美香ちゃんの喜んで笑っている顔をみるのがいつのまにか楽しみになっている。
【4月4日(月)5日(火)6日(水)】
4月4日(月)に準備しておいた願書を出願、5日(火)に試験を受け合格を確認。6日の午前中の休暇を取って美香ちゃんの転校手続きを完了した。
【4月8日(水)】
今日から美香ちゃんの新しい学校での3年生の新学期の始まり。朝から美香ちゃんが張り切っている。始業式は6日で7日は入学式だったとのこと。今日8日からすぐに授業が始まるとのことだった。
帰宅すると、美香ちゃんが学校の様子を話してくれた。クラスは3年1組で、男女半々で担任は佐藤先生になったとのことで、急に家庭の事情で転校してきたこと、制服はしばらく前の学校のものを着ていることなどを教室の皆に話してくれたとのこと。また、佐藤先生から困ったことがあったら何でも相談するように言われたとのこと。学校関係はこれで一安心。
「担任が佐藤先生でよかった。事情を分かっていてくれるから」
「また学校に行けるとは思っていませんでした。ありがとうございました」
「勉強頑張ってね。進学のことも考えてみて、大丈夫だから」
「明日から、お弁当を作って行きますけど、圭さんのも作っていいですか」
「お弁当か。お願いします。楽しみだ」
「それから、僕が少し前まで使っていたパソコンがあるけど使ってみないか?この前、新しいのに買い替えたところなので、中古だけど最新のWindows10が入っている」
「使ってみたいと思っていたので使わせて下さい。でも使い方が分からないので教えてもらえますか」
「もちろん、教えてあげる。ここのマンションには光ケーブルが入っていて、各部屋には、ネット接続用の端子があるけど、僕はそれをどこで使っても無線でつながるようにしているから便利。ネットの料金は家賃に含まれているから、使い放題で心配しなくてもよい。寝室のプリンターにも無線でつながるから、プリンターも自由に使っていいよ」
「すごいですね。今まで知らなかった」
「じぁや、折角だから、夕食の後に使い方を教えてあげる。僕の書棚に定期購読しているパソコンの雑誌が1年分ある。初心者向けの使い方の記事もあるからそれを読むと勉強になるよ」
パソコンの使い方を教えたが、美香ちゃんは勉強熱心。一度教えると一回で覚える。頭がよい。大事なことはメモを取ってまとめる。分からないところは遠慮なく聞いてくる。こんなだときっと学校の成績も良い方だろうと思った。それから生活費として3万円が入った財布を渡した。
「これは、当面の二人の生活費として使って下さい。食べ物や洗剤などを買ってくれればよい。残りが1万円になったら補充するから、言ってほしい。万一の時のために、最低1万円はいつも財布に入れておくこと」
「慎重なんですね」
「万一の時はお金が一番頼りになる。その時は遠慮なくその1万円を使って。それから、これは当面の美香ちゃんのお小遣い2万円。足りなくなったら遠慮しないで言って」
「こんなに必要ないです」
「とりあえず持っていて、学校で必要になったものを自由に買っていいから。まず、通学定期3か月分を買って下さい。家事をしてもらうのだから、もっとお手当を払わなければいけないけど、もう少し様子を見させてくれる」
「分かりました。何から何までありがとうございます」
【4月9日(木)】
9日の朝、美香ちゃんは張り切ってお弁当を作ってくれた。お昼に開けたら山本君にまるで愛妻弁当ですねとからかわれたが悪い気がしなかった。おいしかった。毎日こんな弁当が食べられるなんて、美香ちゃんと同居してよかった。
美香ちゃんは、それからしばらくは、帰宅するとスーパーに買い物に出かける以外は、家事の合間にパソコンを練習したとのことで、1週間もするとすっかり使いこなしていた。その集中力には驚いた。
新学期が始まって、美香ちゃんが通学を始めると、二人の生活にもリズムができてきた。朝は、美香ちゃんが5時30分に起床、朝食とお弁当を作る。同時に洗濯を開始。6時になると僕が起床して身支度を整えて、6時30分に二人で朝食を食べる。7時過ぎにお弁当を持って、僕が出勤。その後、美香ちゃんが食事の後片付けと洗濯物を干す。8時前に美香ちゃんが登校して8時30分から授業開始。
美香ちゃんは3時ごろに授業が終わり、帰り道にスーパーで買い物。4時前には帰宅するとのこと。クラブ活動はしない。それから、洗濯物の取り込み、掃除、夕食の準備、予習復習。
僕の帰宅は8時ごろ、帰ると二人で食事。遅い時は食べていてと言っても、一人じゃおいしくないといって、よっぽど遅くならないかぎり待っている。それで、自然と帰宅が早くなる。
食事が終わると後片付けと同時にお風呂の用意。僕が先に入り、その後、美香ちゃんが入る。お風呂から上がると、二人それぞれ適当に時間を過ごして、11時までには就寝。
始めのころは忙しそうに見えたので、手伝おうとしたが、私の仕事だからダメ、邪魔になるから休んでいて下さいといって、何もさせてくれなかった。
しばらくすると、要領が分かったと見えて、余裕をもってできるようになってきた。見ていても安心で、特に疲れている様子もない。
土曜日は原則、授業がなくお休み。それで土日は二人とも起床は7時か8時。朝食後は二人で部屋を整理・掃除して、それぞれ自由時間。二人の都合が合えば、外出・買い物といったところ。
生活にリズムができてくると、美香ちゃんが、夜、寝室へ入ってくることが少なくなった。学校や家事に気がとられて、悪い夢を見ることがなくなったという。入ってこないと何となく寂しいが、それはそれでよいことなのでしょうがない。
ただ、金曜日の夜は、悪い夢を見そうだからとかいって布団に入れてほしいと言ってくる。その時は、入れあげることにしているが、本当にやすらかな顔をして静かに眠っている。自分も何となく幸せな気分になる。
【4月17日(土)】
朝、横で寝ていた美香ちゃんの身体が熱いことに気が付いた。熱があるんじゃないかと、体温を計ったら38℃もある。とりあえず常備してある解熱薬を飲ませる。
そういえば、昨晩布団の中に入ってきたとき、いつもなら話しかけてくるのに、元気がなくて、すぐに眠って静かになった。新学期の疲れが出たのかもしれない。今日は土曜日で明日も休みだから、ゆっくり休ませてやりたい。
2日間は僕が家事するから寝ていなさいというと、いろいろなことがあって疲れが溜まっているのかもしれないので、そうさせてもらうと素直に聞き入れた。叔母さんの家では、体調が悪い時も家事をしなればならなかったので辛かったから、ありがたいと言った。
それから近くの内科へ連れて行って診てもらった。風邪の診断で風邪薬を処方してくれた。幸い2日間の休養で美香ちゃんは元気を取り戻した。土曜日の晩に再び37℃の熱が出て心配したが、日曜の夜には熱が出ることもなく、回復した。
【4月20日(火)】
朝、身体がだるくて熱っぽいので、体温を計ったら39℃の熱があった。急ぎの仕事もなかったので、今日は休暇を貰うことにした。
美香ちゃんにそういうと私が風邪を移したと申し訳なさそうに謝った。今日は学校を休んで看病するというが、大丈夫だからといって学校に行かせた。美香ちゃんはお昼のお弁当を作っておいてくれた。
9時少し前、会社に熱が出て体調が悪いので休ませてもらうと電話を入れた。それから近所の内科へ行って診てもらうと、やはり風邪の診断で風邪薬を処方してくれた。帰ってからひと眠り。
お昼にお弁当を食べて、またひと眠り。やはり、自分も疲れていたのかもしれない。この1カ月は美香ちゃんのことで忙しかったから。
3時過ぎに美香ちゃんが帰ってきたので目が覚めた。美香ちゃんの顔を見て安心してまた眠った。よくこれだけ寝て居られると思うくらい1日中寝ていた。
美香ちゃんのお陰で、昼のお弁当、夕食と、食べに行くことも買いに行く必要もないので安心して寝ていられる。美香ちゃんと同居してよかった。
夜になって、また発熱した。38℃ある。美香ちゃんは明日も休んだ方が良いという。翌朝、37℃の熱があったので、もう1日休むことにした。2日間の休養ですっかり元気を回復した。
【4月30日(土)】
月末に4月の収支をまとめたところ、ほとんど1人のときの生活費と出費は同じくらい。美香ちゃんがお弁当や夕食を作ってくれるので、外食が少なくなり、美香ちゃんが夕食を食べずに待っていると思うと、同僚と飲んで帰ることも少なくなった。
それに美香ちゃんはやりくり上手で、野菜などの食材を無駄なく使う。家事をまかせて安心。それを話すと、圭さんの荷物にならないなら良かったと安心していた。
同居生活に慣れてきたこともあり、5月の連休に金沢の実家へ帰ることにした。
「今度のゴールデンウイークの後半、5月3日から5日まで、2泊3日で金沢の実家へ帰ろうと思っているけど、一緒に来ないか」
「実家は金沢なんですか」
「祖父母が住んでいた、大学卒業まで過ごした家がある。名義が自分になっているので、管理のために、5月の連休と夏休み、できればお正月には帰って、家や庭の手入れをしている。駐車場もあるけど、それは不動産屋さんに管理を任せていて、手数料を除いた金額が銀行口座に振り込まれるので、それを税金や電気・ガス・水道の支払いに充てている。布団もあるので、宿泊費はかからない。旅費もその口座のお金を当てるので大丈夫」
「金沢には行ったことがないので連れてってください。圭さんの実家も見てみたい」
「その代わりに、掃除と整理を手伝ってくれる」
「もちろんです」
【5月3日(火)憲法記念日】
新幹線が開通してから金沢は観光客が多くなっている。切符の予約が1週間前だったので、二人隣り合わせの席が朝の早い時間でないと取れなかった。8時36分発の「かがやき」。美香ちゃんはいつも通り起きて、朝食とお弁当を作った。
東京駅から2時間半で11時には金沢駅に到着した。途中、美香ちゃんは居眠りもしないで景色を見ていた。こちらは見慣れた風景なので、要所は説明してやったが、かなり居眠りをした。
北陸新幹線開通前は、越後湯沢まで上越新幹線で1時間半、それから特急に乗り換えて2時間半で4時間もかかっていた。ただ、途中、日本海が見えたりして、それなりの良さはあった。
今の新幹線からの景色はあまり良くない。乗り換えがなくなったので、大体居眠りするようになっている。居眠りしているとすぐについてしまう。便利になって、これなら観光客が増える訳だ。
駅からタクシーに乗車して12~3分くらいで実家に到着。実家は金沢の旧市街にあるが、道が狭い。金沢は戦災に合っていないので、旧市街はいまでも道が狭く入り組んでいる。
前田公が守りのために道を入り組んだものにした名残だとか。また、実家の回りは寺院が多い。これは、こちら方面から攻め込まれるのを避けるためとか聞いたことがある。
道が狭いので、以前は家が密集していた感があったが、家を建て替える時に道路から2m離して立てるという条例があり、また、金沢は自動車がないと生活できない環境になっているので、建て替える時には家の前に2台分くらいの駐車場をつくるのが一般的になってきている。
以前と比べて随分道路が広く感じられるようになり、住宅の密集も解消されつつある。ただ、若い人が都会に就職するのと、少子高齢化の影響で空き家が多くなっている。うちもその一軒。
「着いたよ」
「思ったより、新しい家ですね」
「祖父が定年になったときに建て替えたので築20年くらいかな。今でも十分に住める。処分しようかとも思っているけど、思い出もあるので、当分はこのままにしておくつもり。ただ、メンテが必要なので時々帰省している」
「実家があるっていいですね。私にはないからうらやましい」
「中に入ろう。案内するよ」
「1階は、キッチン、リビング、和室、トイレ、お風呂。2階に上がろう。2階は洋室が2部屋とサンルームとトイレがある。ここが僕の部屋で隣のサンルームと続いている。晴れているから窓を全部開けよう。」
「圭さんって薬学部だったの。書棚に薬理とか製剤とかの専門書があるけど」
「そう、だから薬剤師の免許も持っている」
「知らなかった。でも会社は食品会社だと聞いているけど」
「卒業研究は薬理学で実験動物を使う研究だった。毎日ケージからモルモットを取り出すのが僕の役目で、10匹ほど仕入れて、毎日1匹ずつ実験につかうけど、とりだすときに悲しそうに鳴くんだ。自分の運命がわかっているように。それで、こんな仕事はしたくないと思って、製薬会社とは違った分野の会社を探したら、今の食品会社が薬学部卒を募集していて応募したら採用された。ちょうど、健康食品の企画開発要員がほしいとのことだった。はじめの5年は研究所で商品の開発をしていたが、今は本社で企画開発の仕事をしている」
「圭さんはやっぱり優しいんですね。はじめて聞きました。今まで、自分のことで精いっぱいで、圭さんのことはあまり聞いていなかったから、圭さんのことをいろいろ聞かせて下さい」
「聞きたいことはいつでもなんでも聞いていいよ」
「そういわれるとすぐに思いつかないわ」
「外を見てごらん。この辺りはお寺が多いので、ほらお墓がみえるだろ。どんな感じ」
「夜はこわそう」
「はじめてだと、気味が悪いと思うけど、すぐに慣れてくる。大体、車もほとんど通らないし、とても静かだ。それにこの辺りは高台なので洪水の心配もない。それに大きな地震があったとも聞いたことがない。住むには良いところだ」
「東京で大地震があったら、ここに避難してくればいいから、やっぱり売らない方が良いと思います」
お昼になったので、リビングに降りて、お弁当を食べた。それから、前と右隣の家へ土産を持って挨拶に行った。
その後、美香ちゃんに手伝ってもらって、家の中を大掃除して、布団を干したり、押し入れの中の不用品を整理したりした。今までは一人でなかなか進まなかったので助かった。
夕食は、連休中も営業しているとのことで、近くのうどん屋さんへ。金沢のうどんは関西風でおいしい。東京の味の濃いうどんにはなかなかなじめないので帰ったら必ず食べに行く。美香ちゃんも気に入ってくれた。
それからお風呂を沸かして入浴して、2階の洋室に布団を敷いて、就寝。美香ちゃんの希望で手をつないで眠った。
【5月4日(水)みどりの日】
翌日は、朝起きると二人で散歩方々、コンビニへ朝食を買いに出かけた。天気も良いので、今日一日は観光の予定。朝一番で忍者寺といわれている妙立寺へ。朝一番なので、予約なしで入れた。
僕は前にも入ったことがある。中は仕掛けがいろいろあってそのため忍者寺ともいわれているが、忍者がいたわけでなく、前田藩の隠し出城の機能を持っていたところのようだ。美香ちゃんは感心してみていた。
それから、大通りへ出て東へ、新桜坂を降りると犀川が流れている。そのあたりは川の両側に桜の木が植えられているので、桜橋と名付けられた橋がある。
橋を渡って、大通り沿いにゆっくり歩いてゆくと、15分くらいで兼六園、近代美術館に出る。兼六園の角の石浦神社でお参り。美香ちゃんがおみくじを引きたいという。
「残念『末吉』だった」
「末吉は末広がりで良いと言われているよ。美香ちゃんはこれまでいろいろ辛いことが多かったので、これからは良くなるということだと思うよ」
「圭さんとこんな楽しい観光旅行ができているなんて、想像できなかったから、だんだん運勢がよくなるかも」
「人生良いことも悪いこともあるさ。悪いことがあった人には必ず良いことがある。人生は皆、平等にできている。人生は行って来いだよ」
「圭さんはおみくじ引かないの」
「昔、おみくじを引いて『凶』が出たんだけど、運が悪いとか言ってもう一度ひいたけど、やっぱり『凶』だった。それからもう恐ろしくなって一切おみくじは引かないことにしている」
「『凶』が出て、悪いことあった?」
「特段、悪いことはなかったように思うけど」
「自分の将来を占ってもらったことはあるの?」
「ない。将来については、自分の力ではどうにもならないことが多いから、あれこれ心配しないことにしている。事に遭遇した時に自分にできる最善の方法を考えて、最善のチョイスをすればよいと思うことにしている」
「私もそうしたい」
それから、兼六園の坂を上って園内に入る。連休中とあって人が多い。5月の今は、すっかり葉桜になっているが、つつじやあやめが満開だった。
園内をひととおり案内してから、金沢城へ。石川門を入って中の新しく建てられた建物を見学して一休み。コンビニで買ってきたおにぎりを二人で食べる。
午後は、近代美術館へ。見学者が意外と多いので驚いた。入場するのに随分時間がかかってしまった。僕は美術への関心はそれほどではないが、美香ちゃんは待ったかいがあったと喜んでいた。芸術とはまあそんなものだろう。
それから香林坊へ、金沢一番の繁華街で、デパートもあるし、Tokyu109もある。地方の県庁所在地は都会にあるものはほとんどある。少し歩くと武家屋敷跡なので、そこも散策した。
近代美術館に時間がかかったので、散策が終わると、もう3時になっていた。歩き疲れたので帰ることにした。
片町を通って犀川大橋へ、途中の交差点はスクランブル交差点となっている。渋谷のスクランブルとは違って人どおりはまばら。金沢にもスクランブル交差点はあるといったら、美香ちゃんは大笑いしていた。
この交差点はコンビニ激戦区で有名コンビニがすべてそろっている。家の近くにはスーパーがない、いや人口減少でなくなったので、コンビニで夕食の弁当や朝食を買って帰ることにした。
最寄りのスーパーは家から歩いて12~3分、総合スーパーは車で5分位のところにある。金沢は旧市街でも車が生活の必需品だ。
今日は時間が無くて人気の東の茶屋街を散策できなかった。東の茶屋街は、浅野川を渡った卯辰山のふもと辺りにある。金沢には東と西に茶屋街があり、昔の風情が残っている。
茶屋街というが、昔は廓があったところで、今は料亭が軒を連ねて芸妓さんもいる。東は無理でも西は帰りに立ち寄ることができる。規模は小さいが雰囲気は同じで、二人ゆっくり見物して、そのまま帰宅。
「いろいろなところを見物させてもらってありがとう。修学旅行みたいで楽しかった」
「修学旅行はどこへ行ったの」
「行っていないです」
「それじゃ修学旅行の代わりになってよかった」
「金沢は歩いて見て回れるので、修学旅行には最適だし、住むのにも良い所だと思います」
「でも、やはり冬は寒い。11月下旬から雲や雨の日が多くなり、12月には雨があられやみぞれになり、1月、2月は雪が降る。3月中もかなり寒くて時々雪が降る。5月の連休まではほとんどの家でこたつをしている。冬が晴れている東京に10年も住んでいると、ここの長い冬がうっとうしくなる。お正月に来るとそれが分かると思う」
「お正月も連れてきてください」
「いいけど。よく東京の人が冬の北海道へ流氷を見に行ったり、雪の日本海を見にいったりするのを聞くけど、わざわざよく行くなあと思う。1,2日なら雪見もいいけど、4~5か月も生活するとなると耐えられない。東京から転勤してきた人の奥さんがノイローゼになったという話もある」
「夏は涼しいのではないですか」
「天気予報を見ていると、大体2℃位低いみたいだけど、夏も最近は結構暑いみたい」
「物価も東京より安いみたいで、住みやすそう」
「交通費が安いかもしれない。バスは200円、旧市街はコンパクトでお城の回りにあるから、タクシーでは1000円で大体どこでも行ける」
「そういえば、駅からタクシーで12~3分くらいでここに着いた」
「ここから駅まで歩いても45分ぐらい。コンパクトな町だから歩いて観光するのに向いている。最近は観光ルートにバスが走っているから、それに乗るともっと早く回れる」
「私は今日みたいに気ままに歩きまわるのが好き」
「市が町中の整備を積極的に行っているから、10年前と比べても随分綺麗になった。観光都市になってきた感じ。でも金沢の一番気に入っているのは、空気がよいことかな。東京と比べて空気がおいしい」
「気が付かなかったけど、そう言われれば、空気がきれいです」
「明日の午前中は、庭の手入れを手伝ってほしい。草取りや落ち葉を集めたりだけど。帰りの新幹線は13時56分の「はくたか」で「かがやき」より30分余計にかかるけど、5時ごろには東京について、6時に帰宅できる」
「喜んで」
それから買ってきたお弁当を食べて、お菓子を食べて、お風呂に入って、二人とも疲れていたのか、朝まで熟睡。
【5月5日(木)こどもの日】
朝食後に庭の掃除を始める。庭と言っても、駐車場が大部分なので、奥の方と家の狭い裏庭。5月なので雑草が随分伸びている。祖父が植えたボタンとツツジを剪定。あと、キクなどの多年生の草花を残して雑草を取り除く。
これだけしておいても夏に来ると雑草が伸び放題になっている。そういえば、祖父は「雑草」というのを聞くと、「雑草に失礼だ。野草と言ってやれ」といつも言っていた。ご近所の手前、手入れをしていることが分かる位にはいつもしておく。
ゴミ袋が3つになった。前の家へ、今日帰るから明日の金曜のゴミの日に集積場に出してもらうようにお願いにいった。これも掃除・手入れをしていることのアピールの一環。
庭掃除を早めに終えて、今度は窓などの戸締りの確認。ガス、水道を確認、最後に電気のブレーカーを落として鍵をかける。タクシーを呼んで駅まで。駅近くのビルでゆっくり昼食。
「美香ちゃんに手伝ってもらって助かった。ありがとう。いままで一人でやっていたけど昔のことばかり思い出して味気なかった。二人話しながらで楽しかった」
「圭さんの実家が見られてよかった。観光案内までしてもらって、こちらこそ楽しかったです。また、連れてきてください」
「いいよ。こちらも助かる」
「いいおうち、どうするんですか」
「いまは処分する気にならないので、当分の間は機会をつくってメンテしてゆくつもり。東京で住まいを買うことになれば、売ってもいいがそう高くは売れない。そうでなければ、定年後に金沢に帰って住んでもいいとも考えているけど。あと30年建物がもてばの話だけどね。
「万が一の時に住むところがあるのは安心ですね」
それから、駅ビルで夕食用のお弁当とお茶を買って、大好きな「圓八のあんころ」を2つ買って、新幹線に乗車。金沢の弁当は結構いけるから夕食が楽しみだ。また、金沢のあんこのお菓子はどれもおいしい。3時に「あんころ」を二人で食べた。
「おいしい。いままで食べたあんこのお菓子でいちばんおいしい」
「気に入ってくれてうれしい。僕も昔から大好きだから」
「もっと買ってくればよかったのに」
「日持ちがしないので、当日に食べないといけないから、たくさん買えないんだ」
6時に帰宅。今年の連休は2日(月)と6日(金)の2日休暇をとれば10連休となるところだが、出勤することにしている。
長く休んでもすることがないからが理由。また、連休の合間は出勤しても休暇の人が多いことから会議もないので暇だから、ゆっくり仕事ができる。美香ちゃんも授業がある。
家に帰ると二人ともほっとして、お風呂に入るとすぐに就寝した。旅行は疲れるが、二人の初めての旅行はとても楽しかった。美香ちゃんが喜んでくれたのがなによりであった。少しずつ美香ちゃんが明るくなっていくのが嬉しい。
【5月19日(木)~24日(火)】
5月19日(木)から24日(火)まで4日間の予定で高校の1学期の中間試験が始まった。試験は午前中で終わるので、お弁当はいらないが、美香ちゃんは僕のためにお弁当を作ってくれた。
試験の範囲が発表されてからは、家事の手を抜いてもいいよといっておいたが、きちんと家事をしている。
大丈夫ときくと授業はしっかり聞いているし、予習復習もしているから、前日にノートを見るだけで十分といって暢気なもの。試験中は午前中で終わるので時間あるからかえって家事ができるといっていた。
でも夜は遅くまで試験の準備をしていた。試験の1週間前くらいから、夜部屋に来ることもなくなっていた。すこし寂しい。
【5月31日(火)】
月末、帰宅すると、中間試験の結果が出たと言って、成績表を持ってきた。別に見せなくてもいいよといったが、見てくれという。
見ると、各科目、最低でも80点、100点も90点以上もある。クラスで1番の成績で、学年でも3番の成績。
「すごいね。僕も高校ではクラスで1番になったことなんかなかったよ」
「学校へ通わせてもらっているから、良い成績をとりたかったけど、なんとか見せられる成績でよかった」
「こんな成績がとれるから、転校も認められたんだね」
「前の学校でもこうだったの」
「大体クラスで1番だった」
「家事を全部して、この成績、いつ勉強していたの」
「大体、授業を聞いているだけで分かるから、特別な勉強はしなくても大体大丈夫」
「頭がいいんだね。両親はどんな仕事をしていたの」
「父親は高校の先生で、母親は小学校の先生」
「両親は授業をしっかり聞いていなさいとだけ言っていたので、授業は小学校から集中しています」
「進学のことだけど、希望があれば大学へ行ったらいい。貯えもあるから大丈夫だ」
「これ以上の迷惑はかけられません。親戚でもない赤の他人の圭さんに」
「でも考えてみて。こんな成績が良いのにもったいない」
「お勉強はしっかりやります。こんな境遇でもできることを見せたいから」
進学させてやりたいと思うが、本人は固辞するだろう。何か方策はないだろうか、奨学金を申請する方法もある。
【6月17日(金)】
今日は6月17日(金)で、美香ちゃんは明日18歳になる。夜、美香ちゃんが部屋に来て、布団の中に入ってきた。
「明日は18歳の誕生日です。約束しましたよね。18歳になったら抱いてくれると」
「いや、18歳になったら考えると約束したはずだよ」
「私には、抱いてあげると約束すると聞こえました」
「確かめておきたいだけど、美香ちゃんは僕が好きだから抱いてほしいんだね。お礼のためではないよね」
「最初のころは、お礼したいと思っていたけど、一緒に生活してみて、圭さんが大好きになりました。今は、大好きの割合の方がずっと大きいと思います」
「分かった。明日は土曜日、ケーキを買いに行って、二人でお祝いをしよう。まだ、1日あるから考えさせて」
「男らしく、決心してください。お願いします」
と言って抱きついてきた。そっと抱きしめて、眠りについた。
【6月18日(土)】
6月18日の朝、目覚めると美香ちゃんはもういない。朝食の準備をしている。
「おはよう。お誕生日おめでとう」
「ありがとうございます」
「決心がつきました?」
美香ちゃんがもう食い下がってくる。
「朝食が終わったら大事な話があるけどいい」
「決心がついたみたいですね」
無言で朝食を食べていると、心配そうに、聞いてくる。
「大事な話ってなんですか、少し心配になりました。悪い話ではないですよね」
「大事な話だから食べてから話す」
朝食を済ませると、美香ちゃんが急いで後片付けをする。それをソファーに座って後ろから見ているが、自分が緊張しているのが分かる。後片付けが終わって美香ちゃんも緊張した面持ちで横にすわる。横に座った方が話しやすい。
「美香ちゃん、誕生日おめでとう。これまでずっと考えていたことだけど、美香ちゃんは僕のことが大好きと言ってくれたけど、僕も美香ちゃんが大好きになった。今まで美香ちゃんに抱いてくれと言われてどれだけ、自分のものにしたかったことか、我慢するのが大変だった。18歳になったので、僕のお嫁さんになってほしい。正式に結婚したいけど、どうかな、お願いします」
「私、抱いてほしいと言っていたけど、結婚してくれと言ったつもりはありません。叔父さんに汚された私をお嫁さんにしていいんですか。後悔しますよ」
「美香ちゃんは、けがれてなんかいない。心は純真だし、やさしくて思いやりがある。まだ、18歳なので決心がつかないかな」
「圭さんも同居してから3か月で私のことを分かっているのかしら」
「付き合って3か月だけど、同居しているから90日間毎日会っていることになる。普通の恋人同士なら毎週1回会うとすると90週付き合っていることになる。これは2年近い付き合いと同じになる」
「本当はとっても嬉しいんです。でも想定外で驚いています」
「それなら、いいんだね」
「もちろんです」
「ありがとう。それでは、すぐに結婚の準備をしよう」
「随分、せっかちですね。その前にすることがあるのではないですか」
「何?」
「すぐに私を抱いて下さい」
「それは結婚式の後、けじめはしっかりとつけておきたい」
「真面目過ぎます。抱かないならせめて、キスしてください」
「ごめん。気が付かなかった」といって、抱き寄せて軽くキス。唇が柔らかい。18歳になったので、淫行にはならないだろう。キスは解禁としよう。
「圭さんは、とっても誠実で几帳面、すべてまかせて安心できるので、そこも好きなところです」
「今日は土曜日だから、これから婚約指輪と結婚指輪を買いに行こう。あすの日曜日には式場を予約に行こう」
「そんなに急がなくても」
「そうと決まったら、早く美香ちゃんを抱きたい。我慢できない」
「分かりました」
午後に銀座のティファニーで婚約指輪と結婚指輪を購入。指輪はしるしだけの安いもので良いと言って聞かないので手ごろなものにした。また、学校で指輪は目立つので、首からかけたいというので、細いネックレスも買った。そして、ケーキを買って帰宅。
それから、僕も料理を作るのを手伝って、二人だけの誕生祝いをした。こんな嬉しい誕生祝いは生まれてはじめてと美香ちゃんはたいそう喜んだ。
僕たちは婚約した。
「圭さんはいつから私を好きになってくれたんですか?」
「うーん、美香ちゃんのためにお布団を買った日からかな。夜、僕の布団に入ってきたよね。あの晩、僕はほとんど眠れなかった。手を伸ばせば抱いてくれという女の子がいるし、風呂上がりの女の子の良い匂いがするし、独身の男には刺激が強すぎる。抱かせてもらえばよかったかなとも思ったけど、こんな僕に身をまかせようとするけなげな気持ちが好きになった。だから、我慢できた」
「私も同じ。あの夜、身体をよく洗って、覚悟を決めて、布団に入ったけど、圭さんは何もしなかった。本当に私を大事に守って住まわせてくれると分かったから」
「それから、美香ちゃんをヘアサロンに連れて行ったとき、美香ちゃんが凄く可愛くなった時、見とれた。こんなに可愛い子が手の中にいる、大事にしようと思った」
「私もヘアサロンに連れて行ってもらった時、すごく可愛くなって、圭さんと一緒にいると今までの私をこんなに変えてもらえるんだと思った。それから、いつだったか、明け方に私の寝相を直してくれたとき、圭さんと目が合ったけど、あの優しい目が忘れられなくて。大好きになった」
「あの時、美香ちゃんが目を開けるとは思わなかったので、すごく驚いた。寝相を直したとき、安心して僕のそばで眠っている美香ちゃんに見とれていたんだ。とっても愛おしかった」
「同じ時に好きになり、大好きになっていったみたいですね」
「そうみたいだね。それで良かったんだ。僕たちは」
【6月19日(日)】
日曜日はネットで調べた格安の二人だけの簡単な結婚式を挙げられるという式場へ行ったところ、キャンセルが出ていたので、次週の日曜日が予約できた。お互いに親戚もいないので、結婚式と結婚写真のみ、衣装合わせも済ませた。
それから、婚姻届の準備。必要なのは二人の印鑑、戸籍謄本(抄本)、本人確認書類。美香ちゃんの本籍地は都内だから放課後、取りに行ってもらった。両親が死亡していることがわかるように、戸籍謄本をとって来るように言っておいた。自分は金沢に本籍があるので、郵送で申し込んだ。1週間位かかるかもしれない。
婚姻届の証人の署名も誰かにお願いしなければならないが、美香ちゃんの叔母さんに電話して頼んだら引き受けてくれた。もう一人は前の高校の山崎先生にお願いすることにして電話して事情を説明すると承諾してくれた。
【6月25日(土)】
土曜日に、叔母さんのところへは僕一人で、山崎先生のところへは転校のときのお礼もあるので、二人で挨拶に行った。山崎先生はいずれこうなるとうすうす感じていたといって、祝福してくれた。
【6月26日(日)】
日曜日までに必要な書類はすべてそろった。日曜日の朝は起きてから2人落ち着かない。表参道の結婚式場へ10時に到着しなければならない。式後に婚姻届を提出する予定で、婚姻届と必要書類の確認、結婚指輪の確認。僕はスーツ、美香ちゃんはワンピースを着て、9時前に二人で出発。
二人すごく緊張していて、何もかもがぎこちない。こんなに緊張するものとは思わなかった。二人だけだから、すべて自分たちで段取りをしなければならない。仕事でも段取りを一人ですることがほとんどだが、勝手がまるで違う。美香ちゃんもガチガチに緊張している。
10時少し前に式場に到着。式場で結婚式の衣装に着替えて、事前の打ち合わせ。美香ちゃんはウエディングドレスに着替えるのに時間がかかっていたが、ようやく現れる。
ウエディングドレスの美香ちゃんはとてもきれいで可愛い。この時にはもうすっかり落ち着いていて、化粧をしているのでとても大人っぽく見えて、18歳には思えない。
神父さんの前で、式が進んだが、ほとんど覚えていない。緊張して指輪を落としそうになったし、キスがぎこちない。記念写真を撮り終えて、着替えてからようやく落ち着いて来た。
「圭さんがすごく緊張していて心配した」
「どういう訳か、すごく緊張して、式の内容を覚えていない」
「私は、全部覚えている」
「でも無事にすんだのでほっとしている」
「本当にありがとう。うれしかった」
それから、近くのレストランでフランス料理のランチをゆっくり食べる。緊張して疲れたのと、感激してこれまでのことを思い出してか、お互いに言葉がでない。「よかったね」と「よかった」だけだが、気持ちは通じている。
食事を終えてしばらくすると元気が戻ってきた。それで区役所へ行って婚姻届を提出することにした。
区役所に到着すると、先に1組、婚姻届を提出に来ている。二人とも30過ぎで自分と同じくらいの年齢に見えた。
しばらくして、僕たちの番になった。準備した書類を提出して、自分は運転免許証、美香ちゃんは健康保険証と生徒手帳を提示した。
美香ちゃんは戸籍謄本から両親がいないことが明らかなので、本人の意思を尊重することで、婚姻届は受理された。
そして、婚姻届受理証明書を発行してもらった。これで、1週間くらいで戸籍ができるので、会社と学校に手続きができる。やれやれ。
新婚旅行はどうしようと事前に相談したが、美香ちゃんが授業もあるから、必要ないというので、別の機会にどこかへ行くことにしていた。
それで、家の近くのケーキ屋さんで小さなケーキ、スーパーで食材を買って、自宅へ戻った。
そして、二人で時間をかけて記念の夕食を作った。昼はフランス料理だったので、夕食は和風にした。
今日一日を思いだしてその時の気持ちをお互いに話ながら、夕食を食べた。こんなに2人笑いながらの夕食ははじめてだった。
それから、食後のデザートにウエディングケーキに見たてた小さなケーキに二人でナイフを入れて食べた。その写真も記念に撮った。
ケーキに入刀したら、美香ちゃんが抱きついてきてキスをした。こちらも受けて立って少し長めのキスのお返し。ケーキを食べながら何度もキスをした。これこそ本当の甘いキス。
後片付けは、美香ちゃんがするというので、僕はお風呂の準備をして、いつものように先に入って、髪をあらっていると、美香ちゃんが「お背中流します」と入ってきた。顔を上げてみると、裸の美香ちゃんがいるので、驚いてまた下を向く。
「いいよ。もう上がるから」
「遠慮しないでください。今日から正式な妻になったのですから、夫の背中を流すのは妻の役目です。いや権利です」とかなり強引。
顔を上げると、美香ちゃんの裸がまぶしくてみられない。目をつむって「じゃあお願いします」というと、タオルに石鹸をつけて丁寧に背中を洗ってくれる。
「今度は私の背中を洗ってください」というので、背中を洗っていると、向きを変えて胸もという。こうなるとこっちも気合が入ってきて丁寧に胸を洗ってやる。きれいな身体だ、見とれた。
このままだと、お風呂の中でということになりそうなので、洗いっこはほどほどにして「じゃあお先に」と急いで先に上がった。
寝室で布団を隣り合わせに敷いて、美香ちゃんを待っていると、身づくろいをした美香ちゃんがいつものパジャマ姿で入ってきた。そしてちょこんと座って「不束者ですが、よろしくお願いします」というやいなや、抱きついてきた。そして、しがみ付いて大声で泣き始めた。
いままで泣き顔を見せても、こんなに大声で泣いたのははじめてでどうしたものかと思ったが、抱きしめてやることにした。
美香ちゃんは随分長い間泣き続けた。その間は何といって良いのか分からなかったので、髪をなでてやったり、背中を撫でてやったりしかできなかった。
泣き疲れたのか、ようやく泣き止んだ。そして小さな声で「抱いて下さい」といった。
抱きしめた腕の力を抜いていくと、美香ちゃんも力を抜いた。心地よい疲労を感じて、ぐったりしていると「ありがとう。うれしかった」と身体を寄せてくる。美香ちゃんの顔を見るのが照れくさい。美香ちゃんもそう思っているのか、顔を僕の肩に伏せている。
「美香ちゃんに今こういうことを言うと怒るかもしれないけど、プロの女性との経験は結構あったけど、素人の女性は美香ちゃんが初めてだった。心が通って愛し合うことがどれほど素敵なことか分かった。ありがとう。これから美香ちゃんをもっともっと大切に優しくすることを約束するよ」
「私も、好きな人と愛し合えることがどんなにすばらしいことか分かりました。こちらこそよろしくお願いします」
急に雨音がする。かなり強い雨音。だんだん強くなる。
「雨が降り出したみたいだ。外で雨に降られるのはいやだけど、こうして夜中に雨音を聞くのは好きなんだ。それから休みの日、朝から雨が降っているのを見るのも。なぜか心が落ち着く」
「私も、雨音は好き、聞いていると悪い思い出をすべて洗い流してくれるようで」
それから、いつものように、美香ちゃんを後ろから優しく抱いて、雨音を聞いていると、すぐに二人眠りに落ちたみたい。
【6月27日(月)】
朝、隣で寝ていた美香ちゃんが飛び起きた。時計を見ると6時半過ぎ。
「寝坊をして、すみません」と慌ててキッチンへ出て行った。
「今日は二人ともお弁当はコンビニで買えばいいよ。ごめん、こちらも寝坊して。やっぱり、二人とも相当疲れていたんだと思う」
「そうみたいですね」
美香ちゃんはもうお弁当をつくるのをあきらめたみたい。
「朝食は、トーストとホットミルクで十分」
「そうします」
「昨日は、結婚式、入籍、初夜とお互い緊張することばかりだったから。それより、身体は大丈夫、疲れていない?」
「大丈夫です」
「それじゃ、今日はもう一仕事。学校へ結婚を報告しなければならない。今日、出勤したら、僕から、佐藤先生に話があるので訪問したい旨、申し込む。結果は携帯にメールで知らせるから」
「私は何をすればいい」
「何もしなくていい。自然体で、学校には今の気持ちを素直に話せばよいと思う。結婚が理由で退学になったりはしないだろう」
それから、いつもの時間にそれぞれ出勤、登校。
会社に着いて、すぐに学校に電話をすると佐藤先生に連絡がついて、重要な話があるというと4時に佐藤先生と副校長に会う約束ができた。メールで美香ちゃんに連絡を入れておく。
4時少し前に学校に着くと玄関で美香ちゃんが待っている。目立たなように二人で
職員室へ行くと、佐藤先生が応接室に案内してくれた。すぐに副校長が応接室に入ってきた。挨拶をすませるとすぐにこちらから話はじめる。
「山田美香が6月18日で18歳になりました。ご存知のとおりの経緯から、私たちは3か月間同居しております。この間、お互いに気持ちが通い合って好きになりました。二人相談して、このまま、同居を続けるのであれば、けじめをつけて結婚する方が良いとの結論に達し、昨日の6月26日日曜日に二人で結婚式を挙げて入籍しました。事前にご相談することもなく、突然ご報告することになりましたが、ご理解いただきたいと思います。美香の叔母からも承諾をもらっています。これが、婚姻届受理証明書です」
「この前に二人にお会いした時に、真摯なことは分かっていました。山田さんは18歳になったばかり、それに3か月と言う短い期間でよく決心しましたね。後悔しませんか」
「3か月、同居していた訳ですから、90日間毎日会っていたことになります。それも毎日長い時間です。それで、石原さんの誠実さや優しさが分かっているので迷いなどありませんでした。そして、この人が運命の人だと確信しました。普通の恋人同士なら、毎週1日会っていたとしても90週分になります。これは2年近く付き合っていたのと同じです。決して短い期間ではありません」
どこかで聞いた話だと思わず笑いそうになったが我慢した。
「そうですね。7年間も付き合っていても結婚に踏み切れないカップルもいます。石原さんは3か月で山田さんの面倒を一生見ると決断されたわけですね」
「そのとおりです。もうひとつの理由がそれに当たります。美香には進学してもらいたいと思っています。でもいくら進めても遠慮しているみたいで。結婚すれば、妻を養うのは当たり前だし、進学も身内なのだから遠慮しないと思ったからです」
「お二人の心構えは良く分かりました。私も、このまま同居を続けるのなら、はっきりさせて良かったと思います。おめでとうございます。校長はじめ関係者には私から説明しておきます」
「よろしくお願いします」
「戸籍ができたら、戸籍謄本を学校に提出してください。必要な手続きをします」
「その時に、担任の私から、クラスの皆にも知らせます」
「ご理解いただいてありがとうございます」
丁寧に挨拶してから、2人一緒に帰宅した。途中、美香ちゃんが聞いてきた。
「私を進学させるためだったのですか」
「それもあるけど、一番は大好きになったこと、2番は料理がうまくて家事ができることかな。そういえば、家事ができることは学校に話さなかった」
「進学のことまで考えてくれていたとは思いませんでした」
「学校に結婚を認めてもらうための方便でもあるけど、進学してほしい。僕の奥さんになったのだから、遠慮はいらないし、大学でもっと勉強してほしい。だから進学のことを考えてほしい」
「わかりました。考えてみます」
これでやるべきことはすべて終わって、ほっとした。後は戸籍謄本が届いたら、会社へ結婚の報告をして、美香ちゃんの扶養申請をするだけ。これで何の心配もなく、美香ちゃんを妻として抱いてやれる。
帰りにスーパーによって食材などを買った。週末は結婚式で忙しかったから十分に食材の補給ができていなかった。美香ちゃんが冷蔵庫の在庫と1週間分の献立を考えて、籠に手際よく品物を入れていく。
献立表ができていて、それをローテションで作るのだが、少し多めに作って余ったものは、冷凍保存して、お弁当や数日後の付け合わせに出てきたりする。だから、夕食は毎日目先が変わって飽きない。
ソファーでいつものとおり家事をこなして行く美香ちゃんをみている。いつも帰宅は、8時前後だから、時間があるのと、学校への報告が終わったので、緊張が解けて、気が抜けてくる。
自分も少し疲れているので、ゆっくりでいいよと声をかけるが、大丈夫と言って嬉しそうに食事の準備をしている。それを見ていて、少し眠ったみたい。
いつもよりずっと早い6時からの夕食。結婚2日目の夕食になるが、昨夜は不覚を取ったが、今夜は美香ちゃんをどうしてやろうかなどと考えていると、つい無口になる。話をしてもちぐはぐな話題になる。
美香ちゃんも同じかもしれない。ときどき話がとんでいる。なんとなくぎこちない夕食が終わった。夕食を食べたから、少し元気が出てきた感じがする。
後かたづけを手際よくすませた美香ちゃんを休ませるためにソファーに座らせて、僕がレギュラーコーヒーを入れてやる。お湯を沸かして、コーヒー豆をミルで挽いて、ドリップでゆっくり入れる。この一連の動作はお茶に似ていると思っている。心が落ちつく。
会社でコーヒー豆を扱っていることもあり、就職してから、毎日、食後に入れて一人飲んでいた。晩酌もそうだが、1日の緊張が解ける。産地により味が違うが、飲めば大体分かるくらいになっている。1回に少量しか買わず、毎回、必ず産地やブレンドの違うものを買うことにしている。
美香ちゃんはブラックが好きだが、僕は最初の一口はブラックで味見をして、その後はミルクも砂糖も全部入れて飲む。それから二人で豆やブレンドの批評をする。
今日は新橋駅ビルで見つけた珍しいべトナム産、ちょっと苦くてジャワロブスターに似ている。美香ちゃんも苦くて癖があるという。一休みしたところで、お風呂。
先に入って髪を洗っていると、昨日と同じに「お背中をお流しします」と美香ちゃんが入ってくる。髪を洗っているのに構わず背中を洗い始める。頭と背中が同時に洗い終わる。
それから、自分も洗ってほしいというので、座らせて、背中、胸、お腹と全身を洗ってやる。美香ちゃんがしがみ付いてくる。
これからどうしようと考えかけたとき、美香ちゃんが、あることをさせてほしいという。一度断るが、どうしてもさせてほしいと聞かない。美香ちゃんの気持ちがわかるので、聞き入れた。
終わった後、思わずしゃがみこんで美香ちゃんを抱きしめてありがとうといってキス。しばらく美香ちゃんは泣いていた。僕は泣き止むまで美香ちゃんを抱きしめていた。
それから、美香ちゃんにシャワーをかけて、自分もシャワーを浴びて、浴室を出た。バスタオルで身体を拭きあってから、美香ちゃんを抱っこして寝室へ運ぶ。
美香ちゃんはちょっと待ってといって、目覚まし時計を5時半にセットして、これで安心といって、抱きついて来た。
昨夜は緊張で思うようにいかなかったので、ゆっくり落ち着いて、美香ちゃんと愛し合った。
「圭さんは左利きなんですね。今まで気が付かなったけど、抱いてもらって初めて分かりましゅた」
「もともと左利きだけど、小さい時に矯正したから、右手が自由に使える。見た目では分からないと思う」
「でも私を可愛がってくれるのは左手。私を必ず右側に寝かせるので分かった」
「確かに、利き手の左手が自由に使えるから、美香ちゃんを必ず右側に寝かせている」
「私は右利きだから、圭さんの右側で丁度いい。新しい発見、二人の相性が合っていてうれしい。」
「疲れているみたいだから、もう休もうか、後ろから抱いてあげるから」
「ありがとう。お休みなさい」
朝、美香ちゃんがトイレに立ったので目が覚めた。まだ、5時だが、着替え始めている。どうしたのと声をかけると生理になったという。これでしばらくお預けか思うと寂しいのとホットしたのと半分半分。
しばらくはお互い少し離れて休んだ方がよいかもしれない。美香ちゃんもそう思っているみたい。離れるといっても隣合わせに布団を敷いているから、そばで寝ていることにかわりはない。
丁度期末試験が、7月1日(金)~6日(水)まである。次の日からしばらく遅くまで勉強していることもあり、布団には入ってこなくなった。ただ、時々手を伸ばしてきて、手を繋いで眠った。試験が終わるまでは、しばらくお休みしよう。
【7月3日(日)】
日曜日の午後、美香ちゃんが山崎先生から感謝のメールが届いたと僕の所へとんできた。佐藤先生からプロポーズされて結婚することになったとのこと。
山崎先生と佐藤先生は7年間交際していたが、お互い仕事が忙しかったり、転勤になったりして、すれ違いが多く、結婚にまでは至らなかった。
佐藤先生が、石原さんと山田さんが3か月と言う短い期間で愛を育んで結婚の決心をしたことを聞いて、自分たちはどうなんだと考えたら、すぐにプロポーズしなければと思ったという。土曜日に呼び出されて突然プロポーズされて、快諾したとのことであった。
お世話になった山崎先生と佐藤先生の結婚が、二人の結婚が契機となったのを聞いて驚くと同時にとても嬉しかった。
【7月16日(土)】
7月16日(土)に保護者会があって出席した。佐藤先生から、石原美香さんの成績は学年全体では10番以内に入っていて優秀ですから、是非進学させて上げて下さいと言われた。
17日(日)18日(月)海の日に、二人で新婚旅行の代わりに、箱根にある会社の保養所を一泊二日で予約してあったので、じっくり話し合ってみよう。
【7月17日(日)】
何せ、高校生なので1週間の新婚旅行などできるはずもないが、1日位温泉でゆっくり休ませてやりたいと思って、費用も僅かしかかからないと言って誘った。美香ちゃんはやっぱり外食は高いといって、二人分のお弁当を作った。
9時に新宿からロマンスカーで箱根湯本まで、それから箱根登山鉄道に乗り換えて強羅まで。会社の保養所がここにある。もちろん温泉付きだ。5分ほど歩いて昼前には強羅公園に到着した。
この強羅公園でお弁当を食べる。チェックインは午後1時だからここで少し休んで行く。今はアジサイが見納め時だ。今回は荷物を少なくして二人とも小さなリュックで来た。園内を散策して1時を過ぎたころにチェックイン。
部屋は程よい大きさの落ち着いた和室。窓から青々とした山並みが見える。二人で相談して今回は観光を無しにして、温泉に浸かって静養することにしている。
部屋はトイレ、洗面所だけでお風呂は大浴場へ行く。それぞれ浴衣をもって、温泉へ。お互いゆっくり入ることにした。
早い時間なので、人がいない。お湯は少し熱めが好きだが、丁度いい湯かげん。ゆっくり体を洗って、温泉につかっていると、随分長湯になった。
部屋に戻ると、まだ、美香ちゃんは戻ってきていない。しばらくすると、真っ赤な顔をして部屋に戻ってきた。長湯し過ぎたといって、ソファーにダウン。
うちわでそっと扇いでやる。美香ちゃんは気持ちよかったーと上機嫌。じゃー湯上りのビールをいただくよといって冷蔵庫からビールを取り出してくると、美香ちゃんが注いでくれる。美香ちゃんはサイダー。
「温泉に入って、湯上りに可愛い娘が注いでくれるビールを飲むのは最高。これが夢だった」
「それほど大きな夢ではないですね」
「実はもっと大きな夢があるんだけど聞いてくれる」
「聞かせて下さい」
「お願いします。膝枕させて下さい」
「大きな夢ですね。喜んで」
押入れから布団を出して丸めて美香ちゃんが寄りかかって座ったところへ膝枕。気持ちよくてウトウトしてしまった。
気が付くと美香ちゃんもウトウトしている。ありがとうといってソファーに戻ると美香ちゃんも満足した様子でソファーに座る。
「進学のことをゆっくり相談しようと思っていたんだけど、保護者面接で佐藤先生から是非と勧められた」
「ありがたい話だけど、迷っています」
「佐藤先生は国公立でも大丈夫と言っていたから、どうかな」
「国公立なら授業料も私学と比べて安いから、今の給料や貯金で十分だから遠慮はいらない。僕の妻なんだから夫が学費を出すのは当たり前で遠慮は無しにしてほしい」
「なら国公立を目指して頑張ります」
「どんな学部がいいのかな。資格が得られる女子に向いた学部・学科は看護学部、薬学部、保健学部などかな」
「私はできれば圭さんと同じ薬学部に行って薬剤師になりたいと思います。看護師は夜勤があるので、圭さんとすれ違いが多くなるといやだからやめておきます」
「確かに、薬剤師なら日勤だと思うし、アルバイトをするにしても時給がいいので勧める。ただ、国公立はこの辺だと千葉にしかない。私学ならいくらでもあるけど。それに、薬学部は僕が卒業するときは4年制だったけど、10年前ぐらいから6年制になったので6年間も勉強しないといけないけど、大丈夫?」
「やっぱり薬剤師になりたいです。国公立を目指してチャレンジしてもよいですか?」
「いいよ、是非チャレンジしてみて。でもすべり止めにほかの学部も考えておいて。千葉へは今住んでいる所から通学できないことはないけど、大学は帰りが遅くなるから、合格したら、会社と大学の中間地点へ引越しをしてもよいかな」
「がんばってみます」
「応援する」
ようやく、美香ちゃんが進学する気になってくれた。美香ちゃんが薬剤師になれば、僕に万一のことあっても自立しているから安心だ。ここはがんばってもらうのと協力することしかできない。話し合ってよかった。
それから、二人でまた、今日2回目の温泉に入りに行った。今度は身体を温めるためとさっきのビールを抜いて夕食のビールをおいしく飲むため、そして長湯にならないように。
夕食は食堂でビュッフェスタイルの食べ放題。和食、中華、洋食なんでもある。美香ちゃんは肉料理とサラダ、フルーツが中心。僕は、初めは和食、次に洋食と中華をミックスしてかなり食べた。味もなかなかいける。美香ちゃんの味付けも良いがここは一味違ってまたおいしい。二人ともお腹いっぱい食べた。
部屋に戻ると、二人で布団を敷く。ここはセルフサービス。枕を二つ並べると二人ジッと枕を見てしまう。ただ、寝ようにもお腹が一杯で寝られそうにない。ソファーに二人座って手を握って持たれ合う。心地よい満腹感。
「お腹が一杯、食べ過ぎた」
「張り切って食べ過ぎました。はしたない」
「ゆっくりできた?」
「ありがとう。久しぶりでのんびりしました。」
「まだ、出会ってから4か月半しかたっていないのに、随分長く感じるけど」
「毎日会っているからかしら?」
「いろいろなことがあったからだと思う」
「これからもいろいろありそう」
「そうだね」
腹ごなしに、もう一風呂ということになり、二人また温泉に、今日3回目。部屋の戻ると、二人とも完全に湯あたりというか、ぐったりして、床に入って身体を寄せ抱き合うが、そのまま眠りに落ちてしまった。
明け方近くに寝入ってしまったことに気が付いて、美香ちゃんを抱きよせると、美香ちゃんも気が付いて、それから慌てて愛し合う。
目が覚めたら7時半過ぎ、4回目の温泉に浸かって朝食へ。4回目ともなると二人とも入る時間が極端に短くなっている。
朝食もビッフェスタイルで食べ放題。また、二人お腹いっぱい食べて、部屋へ戻って一休み。10時になったのでチェックアウト。
それから、箱根湯本でお土産屋さんを散策して、箱根寄木細工のコースターを2枚、記念に買った。昼食はお腹が空かないのでパスとした。それで3時のおやつに蒸したての温泉まんじゅうを買った。
家についたのが、4時過ぎ。まだお腹が空かないので、夕食にお土産の温泉饅頭を食べた。あんこのお菓子はやっぱり金沢がおいしいと美香ちゃんが言った。
2日間でお風呂に4回も入ったので、お風呂もなしにして、その晩は、早い時間に、ただ抱き合って眠りに落ちた。保養に行ったのだけどやっぱり疲れた。お疲れさん。