今週は忙しかったが、週末の今日は定時に帰れそうだ。「お先に」と声をかけて帰宅。仕事は手早くこなして、同僚の仕事も手伝ってあげることもあるので、こんな時は周りに気がねはいらない。

家に帰ると居ないかもしれないが、居なければ、明日もう一人分を食べれば良いからと、新橋駅で少し高価な弁当を二人分購入。ついでにケーキも。少し浮かれているのに気が付いた。本当は可愛い女の子に居てほしい?

マンションの前に来ると、部屋に明かりが点いている。帰ってはいなかった。少しホットしたのが自分でも不思議だった。

部屋に入ると「お帰りなさい」と玄関まで出てきた。少し落ち着いてきたのか下を向いていないので顔が良く見えた。顔はすぐに覚えられない方で、思っていたより可愛い。

部屋が整っている。洗濯物も畳んで棚の上においてある。すでに洗濯した昨日の自分の服に着替えている。

「部屋のお掃除とお洗濯しておきました」

「ありがとう」

「お世話になっているので当たり前です」

「まあ、夕ご飯食べよう。新橋でおいしそうな弁当を買ってきた。同じ弁当だと飽きるからね。それにケーキも」

「いただきます。お昼は冷蔵庫の冷凍ピラフをいただきました。すみません」

「まあ、弁当を食べてから、話があればゆっくり聞こう。明日は土曜日で休みだし。晩酌に缶ビールを飲ませてもらうよ。晩酌しないとなかなか緊張が解けないから」

「お酌します」と冷蔵庫から缶ビールとコップを持ってきてくれる。意外と気が利く。

テレビをつけて、それを見ながら無言で食事。テレビを見ていると間が持つ。食事を終えると手早く片付けてくれる。

「せっかくだから、ケーキを食べよう。女の子はケーキが好きだからと思って買ってきた」

「ありがとうございます。優しいんですね。お湯を沸かします」といって、カップと紅茶、コーヒーの準備もしてくれる。

食器棚には一人分しか食器がない。コーヒーカップも一つしかないので、お茶碗で代用。僕はコーヒーにして、女の子は紅茶を飲んだ。

「事情を話してくれる気になった?」

「ここにおいてくれると約束してもらえますか?」

「できないけど、事情にもよるかな」

女の子の可愛い顔を見ているとだんだんその気になってくる。おれも男だなあと思いながら、下心が沸いてくるのも抑えきれない。しばらくして「では聞いて下さい」と女の子が話始めた。

中学3年の時に両親が交通事故で他界した。一人残された美香は子供のいない叔母夫婦に身を寄せることになった。幸い保険金もいくらかはあった。叔母夫婦は共働きであり、アパート住まいで生活も楽ではなかったようだが、保険金もあったのでしぶしぶ美香を引き取ったらしい。叔母夫婦は共働きなので、高校までは行かせてくれるとの約束で、家事を美香がやることになったという。

叔母の夫は酒好きで、酔って帰って叔母や美香に暴力をふるうこともあったとのこと。高校2年の夏に、叔母がパートで外出していた夜に、叔父が布団に入ってきて力づくで美香を奪ったという。それから、叔母がいないと美香の身体を求めてきたという。抵抗すると殴るけるの乱暴を受けた。

一昨日、叔母が偶然帰って来たので、叔父との関係が叔母に分かって、叔母から出ていけと言われたとのこと。それで着の身着のままで家を出てきて、行く当てもなく、2日目に長原までたどり着いたとのことであった。

「事情は分かった。僕も中学1年生の時に両親と妹を交通事故でなくしたから、立場と気持ちは良く分かる」

「あなたもそうですか」

「僕は幸い父方の両親が健在だったので、引き取って育ててくれた。ただ、祖父は定年退職後での年金生活だったので、事故の保険金があったとはいえ、僕を育てるのは大変だったと思う。頼りにしていた一人息子が突然なくなったので、その悲しみは大変なものだったに違いない。ただ一人生き残った孫なので大切にしてくれて、再就職までして育ててくれた。祖父は大学1年の夏に他界した。幸い住む家があったので、祖母と二人で生活して、僕はアルバイトをしながら何とか卒業して就職することができた。就職が決まるのとほぼ同時に祖母は安心したのか他界した。だからいまは天涯孤独の身だよ」

「それなら、なおのことここにおいてください。なんでもしますから。帰るところがないんです。私を自由にしてもらってもいいんです。お願いします」

「分かった。力を貸そう。ここは狭いけど二人で住めないことはないから、しばらくはここにいてもいいよ。その間にいろいろな問題を解決していこう」

「ありがとうございます。おいていただけるだけでいいんです。家事でもなんでもします」

「これからの問題として、叔母夫婦に了解を得ておかないといけない。それに高校をどうするか。あと健康保険などをどうするかとか、お金だけで解決できないこともいろいろあるけど、まかせてくれるかな。事情が分かったから悪いようにはしない。力になるから」

「ありがとうございます。駅で目が合った時に直感的に良い人と思いました。お願いしてよかった」

「ただ、今の話は本当だね」

「本当です」

「じゃあ、今日はここまで、お風呂に入って寝よう。すこし方策を考えてみる。仕事で弁護士さんともつきあいがあるから、それとなく相談してみるよ」

それからお風呂を沸かして僕が先に入り、あとから女の子が入った。上がると貸してあげたトレーナーを着ている。

「トレーナーでは可哀そうだから、明日、近くの店へ着替えを買いに行こう。ここには女の子の着るものがないから。それと布団をもう一組買おう。食器ももう一組必要だ」

「本当においてもらえるのですね、ありがとうございます。それからなんと呼べばいいですか」

「まだ、名前を言っていなかったかな。僕は、石原いしはら 圭けい、32歳、会社員。圭さんとでも呼んでくれればいい」

「君は山田美香だったね。美香ちゃんでいいね」

それから、昨晩と同じように、二人は寝室とソファーに分かれて就寝した。