次の日の放課後、部室に向かうわたしは浮き足立っていた。
今日も部活だ。猫間くんはきっと『そりゃ来ますよ。部活ですし』なんて言いながらやって来る。今日はどんなお話をしよう。
と、わくわくしながら歩いていたら。
「あ」
目が合った彼女はそんな声を出した。
「げ」
わたしの喉からはそんな声が出た。
今会いたくないビッチランキング栄えある一位の桧原夕雨が、廊下の先に立っていた。
「……」
目をそらし、黙ってやり過ごす。
無用な争いは避ける。それがお互いのためなのだ。
なのに桧原夕雨はわたしの行く手に立った。
「あの、安達やよひ先輩ですよね。美術解釈部部長の。ちょうどよかった。話したいことがあったんです」
「な、何でしょう?」
「なんで敬語ですか。先輩なのに」
「そ、そうですだ、よね!」
桧原夕雨が顔をしかめる。やめてよしてそんな目で見ないで。
「……安達先輩。猫間くんを解放してあげてください。お願いします」
そう言って桧原夕雨は頭を下げた。深く、ていねいに。
その瞬間わたしは天啓にうたれた。
この子は、部活だとか、美術だとか、猫間くんの才能だとかのためにこうしているんじゃない。
この解釈は、間違いない。
「……桧原さん。顔を上げて」
だからわたしは、正面切って彼女に応えなくてはならなかった。
桧原夕雨がゆっくりと顔を上げる。唇をかみ、頬をしかめながら、それでも彼女はまっすぐにわたしの目を見た。
だからわたしもその目を見すえた。そして。
「猫間くんは、あげません」
あっかんべー、と舌を出した。
すぐに背を向け走りだす。
「ちょっと、こら!」
桧原夕雨の怒声を背に、階段を駆けおりる。
「わ!」
と、三つ下の踊り場で人とぶつかりそうになった。
「危ないですよ、やよひ先輩」
誰かと思ったら猫間くんだった。
なんというタイミングの悪さ。今部室に向かうのはまずい。階段の上には、会いたくないランキング一位さんがいる。
「ね、猫間くん、今日は中庭で部活をしましょう!」
わたしが肩を押すと、猫間くんは「どうしたんですか、突然?」と首を傾げながらも素直に階段を下りだした。
「昨日言ってたでしょう、解釈したいことができたって。気になったことは後回しにしちゃだめよ!」
「でも、それは僕の宿題だって、先輩が」
「答え合わせしましょう! 今すぐ!」
一階に着き、廊下から中庭に出る。
中庭には光があふれ、清涼な風が吹いている。いつも陰気で埃の積もった美解部の部室とは大違いだ。わたしにはあの部屋のほうが合っていると、つくづくそう思う。
「それでは猫間くん、回答をどうぞ!」
この場に似つかわしい、無理につくった明るい声でわたしが促すと、猫間くんは「あー」とか「うー」とか変な声を出し、それから怒ったような顔をしたり、困ったような顔をした末に、ひとつ咳ばらいをしてこう言った。
「……その解釈には、諸説あってですね」
今日も部活だ。猫間くんはきっと『そりゃ来ますよ。部活ですし』なんて言いながらやって来る。今日はどんなお話をしよう。
と、わくわくしながら歩いていたら。
「あ」
目が合った彼女はそんな声を出した。
「げ」
わたしの喉からはそんな声が出た。
今会いたくないビッチランキング栄えある一位の桧原夕雨が、廊下の先に立っていた。
「……」
目をそらし、黙ってやり過ごす。
無用な争いは避ける。それがお互いのためなのだ。
なのに桧原夕雨はわたしの行く手に立った。
「あの、安達やよひ先輩ですよね。美術解釈部部長の。ちょうどよかった。話したいことがあったんです」
「な、何でしょう?」
「なんで敬語ですか。先輩なのに」
「そ、そうですだ、よね!」
桧原夕雨が顔をしかめる。やめてよしてそんな目で見ないで。
「……安達先輩。猫間くんを解放してあげてください。お願いします」
そう言って桧原夕雨は頭を下げた。深く、ていねいに。
その瞬間わたしは天啓にうたれた。
この子は、部活だとか、美術だとか、猫間くんの才能だとかのためにこうしているんじゃない。
この解釈は、間違いない。
「……桧原さん。顔を上げて」
だからわたしは、正面切って彼女に応えなくてはならなかった。
桧原夕雨がゆっくりと顔を上げる。唇をかみ、頬をしかめながら、それでも彼女はまっすぐにわたしの目を見た。
だからわたしもその目を見すえた。そして。
「猫間くんは、あげません」
あっかんべー、と舌を出した。
すぐに背を向け走りだす。
「ちょっと、こら!」
桧原夕雨の怒声を背に、階段を駆けおりる。
「わ!」
と、三つ下の踊り場で人とぶつかりそうになった。
「危ないですよ、やよひ先輩」
誰かと思ったら猫間くんだった。
なんというタイミングの悪さ。今部室に向かうのはまずい。階段の上には、会いたくないランキング一位さんがいる。
「ね、猫間くん、今日は中庭で部活をしましょう!」
わたしが肩を押すと、猫間くんは「どうしたんですか、突然?」と首を傾げながらも素直に階段を下りだした。
「昨日言ってたでしょう、解釈したいことができたって。気になったことは後回しにしちゃだめよ!」
「でも、それは僕の宿題だって、先輩が」
「答え合わせしましょう! 今すぐ!」
一階に着き、廊下から中庭に出る。
中庭には光があふれ、清涼な風が吹いている。いつも陰気で埃の積もった美解部の部室とは大違いだ。わたしにはあの部屋のほうが合っていると、つくづくそう思う。
「それでは猫間くん、回答をどうぞ!」
この場に似つかわしい、無理につくった明るい声でわたしが促すと、猫間くんは「あー」とか「うー」とか変な声を出し、それから怒ったような顔をしたり、困ったような顔をした末に、ひとつ咳ばらいをしてこう言った。
「……その解釈には、諸説あってですね」