翌日の放課後。

 わたしは美解部の部室でひとり画集をめくっていた。

 ビアズリーの絵は、他の誰にも似ていない。

 百年以上前にもひとりぼっちがいたと思うと、少し心がやわらいだ。

 今ごろ猫間くんはどうしているだろう。手でもつないで帰っているだろうか。アイスをいっしょに食べているかもしれない。いや、桧原夕雨はビッチだから早くも二人は昨日の今日で……。

「あああああ」

 本につっぷし頭をかかえる。

 さっきから何度もこうした煩悶を繰り返している。わたしには、自分で自分を傷つけるような倒錯した趣味はないはずなのに。

「こんにちはー」

 と、いきなり部室のドアが開いた。

「猫間くん!」

 勢いよく立ちあがったら椅子を倒してしまった。猫間くんがびくりと身を震わせる。

「え、な、なんで来たの?」

 椅子を引き起こしながら尋ねる。

「そりゃ来ますよ。部活ですし」

 猫間くんはそう答えながら、いつものようにかばんを置いた。

「でも、だって、桧原夕雨が……」

「そのことなんですが」

 猫間くんは真っ正面からわたしを見すえた。

「やっぱり美術部には入りません」

「……はい?」

「あ、『今は』です。今はまだ早いかなって。もう少しここで勉強させてください」

 そう言って猫間くんは頭を下げた。

「えーと」

 猫間くんのつむじを見ているうちに、ようやく頭が回ってきた。

「……ねえ、桧原夕雨はどうしてきみを美術部に誘ったの?」

 猫間くんは頭を少し上げ、上目づかいでわたしの顔を見た。

「僕、中学のときには美術部だったって、前に言いましたよね。その頃描いた絵が、市内のコンクールで入選したことがあったんです。桧原さんはその絵を見たことがあって、覚えていてくれたんです。やたらと褒められましたよ。『真の芸術だった』とか『ひとめ惚れした』とか」

 と、猫間くんは困ったように笑った。

「ふーん。それで猫間くんを誘ったと」

「そうなんです。『美術部で絵を描きつづけるべきだ』って」

「なんで断っちゃったの?」

 わたしはなるべく平板な声でそう訊いた。喜んでいるとか、嬉しがっているとか、変な誤解を与えないように。

「僕にはまだ早いと思ったんです」

 猫間くんは微笑んだまま、遠い目をして語りだした。

「自分でいうのもなんですが、僕、絵はけっこう描けるほうだと思います。でも、ある程度以上にはどうしてもなれなくて。とある人に言われました。『あなたの絵には思いがない。上っ面だけの真似っこです』って。今思うと、桧原さんが見たという僕の絵は、たしかに似てました。この絵に、とても……」

 そう言って、猫間くんは開いたままにしてあった画集に手を置いた。

「どこかで見たことがあったんだと思います。でも、描いた人の名前も、題名すらも知りませんでした。先輩に教わるまでは」

「……」

「僕、知りたいんです。人は何を思って絵を描くのか。それに……」

 そして猫間くんは自分の左腕を見た。

「他にも、解釈したいことができまして」

「そうなの?」

「そうなんです」

「解釈したいのって、どんな作品?」

「作品というか、その、秘密です」

 そう言って猫間くんは人さし指を立てた。

「じゃあ、それは猫間くんの宿題ね」

 わたしが笑いかけると、猫間くんは「はい」と応えた。