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『オレンジ100%』
そのパッケージの真下に設けられたボタンを、力強く押した。ボタンが光ると、ガコンッ!とひときわ大きな音を立て、受け口が振動する。いつもの白と橙色の紙パックを無事に入手する。
ちなみにこれ、本日2杯目である。
「……おかしい」
味が、ではない。味は今日もとてもおいしい。冷えきったジュースがのどをやさしくうるおす。何杯でも飲める。
そうではない。おかしいのは、これのことではなくて。
屋上に木本くんがいなかった。
昼休みにお弁当を持参して行ってみたら、いつもはあるはずの姿がなかったのだ。給水塔の上にも、屋上の隅にも、どこにもいない。何か用事があるのかと思い、ひとりでごはんを食べながらしばらく待ってみたが、結局現れず昼休みが終わろうとしている。
一緒に昼休みを過ごすようになってはじめてのことだった。
さみしくてついジュースを買っていた。さみしいのは口ではないのだけれども。
ボコッ。パックの表面がへこんだ。ストローから口を離す。口の中にじんわりと沁みていく液体は、こころなしか酸味を強く感じる。
おかしい。やっぱり、味もおかしい。
二日ぶりに木本くんに会えると思っていた。小野寺くんからの伝言も頼まれていたのに。
何かあったのかな。心を開いてくれているなんて、勘違いも甚だしかったのかもしれないな。
「やっぱ何度見ても、木本くんかっこいいわ」
反射的に声のしたほうを見やる。女子生徒がふたり、2-1の教室のあるほうから財布片手に歩いてくる。自販機で飲み物を買いに来たようだ。
「わたし、はじめて見たかも」
「というかほんとにはじめてだよね?」
「木本くんが教室で昼食とるってめずらしすぎ!」
「パン食べてるところもかっこよい」
「今まで知らなかったのが惜しいくらいにね。何しててもお美しい」
「いつも昼休みになるとすぐどっか行っちゃうもんね~」
「うわさだと、あの田中まひるとごはん食べてるんだって」
「え、そうなん? あのふたり付き合ってるの?」
「らしいよ?」
「まじか。意外」
「ね」
ええと……。
どこからどうつっこむべきか。
思いがけず情報量が多く、戸惑っていると、話を広げていた女子ふたりがわたしに気がついた。やば、と片方が小さくつぶやく。
楽しげだった雰囲気がこおりつく。
凝視しすぎていたのが失礼だっただろうか。申しわけない。どうも、あの、田中まひるです、不良じゃあございやせん、お見知りおきを。なんつって、冗談ぽく言ってみようか。
「……す、すみません!!」
「え」
先になぜか謝られてしまった。ばつがわるそうに女子たちは走り去っていく。
自販機に用があったんじゃないの……?
って、あ、しまった。デキてるってうわさ、否定するの忘れてた。
ちがうんだよ。そういう関係じゃないんだよ。
高校生のうわさの広まり方は予想以上に早いから、木本くんの耳に入っていやがられる前に収束させたかったんだけどなあ。
ズズズ、と耳心地のわるい音がして、はっとする。甘酸っぱい味がしなくなった。無意識のうちに飲み尽くしていた。2杯目もあっという間だ。
みかんの香りが口に残る。最後の最後までけちくさく味わいながら、紙パックをうすっぺらくつぶした。平たくさせた長方形を小さく折りこみ、自販機の横に設置されているゴミ箱に投げ捨てる。
「……木本くん、今日は教室で食べたんだ」
さっきの会話の中で、いちばん重要なポイント。独りを望んでいた木本くんが、なんと昼休みに自ら、にぎわう教室で過ごしていたという。屋上にいなかったのはそういうことだったのか、となっとくしたし、おどろいた。
急にどうしてだろう。心境の変化? 気分転換? クラスメイトと仲良くなろうと思い始めた? 真意は何であれ、これを機に独りでいようとしなくなったらいいな。
いいな、って、本当に思ってる。本当に本当の本心。
でも……もう、屋上には来ないのかな。
それはやだな。これも、本心。
あの時間が特別だったのは、わたしだけ?
さみしさが募る。ひよりんの気持ちが痛いくらいわかった。今度、ひよりんとごはんを食べよう。ただもう少しだけ、屋上で待っていたい。