性別と恋と親友の三角関係

「花恋、今日はカフェに行こう。」
「あぁ、もちろんいいよ! でも生徒会長がそんなんで大丈夫なのか?」
「生徒会長だからといって忙しいわけじゃないよ。」
エマは生徒会長なのに滅多に居残りしない。私はてっきり生徒会長は居残りして最終下校時間まで先生のパシリにされているのかと前まで思っていたがそうでもないらしい。
「でもカフェなんてどうしたの?」
そうだ、エマが帰りに寄り道するなんてすごく珍しい。いつもはすることがあるのか知らないけれど、家に直行だ。
「たまには花恋とお話したいなって。ダメ?」
と、私を上目遣いで見上げる。あぁ、ずるい、と思う。
私はエマのことが好き。もちろん、恋愛感情で。エマが男子と話しているとずるいなって思うし、女子と話しているときでさえ思ってしまう。そんな気持ち知らずにエマは可愛い行動をしてくる。
「いいや、ダメじゃない。むしろ、嬉しいよ。」
「そっか、よかった。」
そう言ってエマは前を向いて歩く。
エマと私とでは約十センチの差があるから、私が髪の毛を短くしてズボンでも履いたらカップルに見えるかもしれない。でもきっとそんなことしてもエマは女の親友だとしか思わないとなぜか予測できる。
でももしかしたら、本当にもしかしたらエマと付き合って手を繋いで、今日はどこに行く? って言うことが可能なのだろうか。
そんなことを考えているといつの間にかカフェについていた。そのカフェは外見からもうロマンチックだった。こげ茶の木材で作られていて、知る人ぞ知るカフェって感じがした。
店内に入るとドアにかけてあるベルがチリンと鳴った。店内は想像以上に雰囲気がロマンチックだった。外見からでは決して感じ取ることの出来ない雰囲気。暗すぎず明るすぎず、電気は暖色でテーブルやイスが照らしていた。
「花恋? 大丈夫? ここ嫌だった?」
ふいに、エマが私に問いかけた。そんなに黙ってしまっていたのだろうか。
「いやむしろ雰囲気良すぎてやばい。」
「相変わらずの語彙力ね。」
「頭の中ではちゃんと考えてますー。」
「花恋が言っても説得力ないよ。」
そういってエマはクスッと笑う。その仕草でさえ愛おしくて、つい見とれてしまう。それほど好きなんだなと改めて実感する。
「注文はお決まりですか?」
「カフェラテと...花恋はどうする?」
「私は抹茶カフェラテでお願いします。」
「かしこまりました。」
と、店員が去っていった後も私は店内を眺めていた。広すぎず狭すぎず、人も多すぎず少なすぎず、自分的にすごく落ち着く感じだった。
ふと、エマに視線を向ける。落ちかけの日の光が店内に差し込んでエマの顔を照らしていた。エマは窓の外を見つめている。
いつも顔が整ってるいると感じるが、横顔はもっと見入ってしまうほど整ってるから、きっと誰もが釘付けになってしまうのではないかと勝手に少し不安になる。でもそれほどその姿は儚げで触れたらすっと消えてしまいそうだった。
「そんなに私の顔見つめてなに? なんかついてる?」
しまった・・・・・・そんなに見つめていたか。
「いや、エマが綺麗だなって。」
「なにそれ、今日の花恋変なのー。」
と、口角を上げて微笑む姿も綺麗だった。
エマはいつの間にかテーブルに置いてあったカフェラテに口をつけて、また窓の外を眺める。カフェラテから口を離したと思った矢先、舌で唇を一周した。とてつもなく色気がすごい。男子の前でやったら絶対襲われるだろとか勝手に考える。
「花恋、相談がある。私ね・・・・・・」
溜めるエマ。なんとなく予測できる気がする。
「「好きな人ができた。」」
「ふふっ、当たったよ。」
エマは驚いて少し固まる。
「で、お相手は?」
エマの答えが私だったらなって考えるがそんなことあるわけないか、と内心ほぼ諦めた。
「えっと、同じクラスの宗くんが好きになっちゃって・・・・・・。」
同じクラスの月城宗か。そうだよな。れっきとした男の子で顔面もよくて、男子にも女子にも人気。
「どこが好きなのー?」
「えっとね、まず顔がかっこいいのと、男子にも女子にも一緒の対応でさ。男の子っぽくて・・・・・・。」
こんなん失恋確定だったじゃんと思わずふっと笑ってしまう。
「何笑ってんのよ!こっちは真剣なの!」
と、顔を赤くして言う。思わず嫉妬。
私にも真剣になってくれたらいいのにと、叶わない願いが頭に浮かぶ。やっぱり女が女に向ける好意は簡単にも終わるんだなと実感。
「ごめんごめん。でも珍しいじゃん。エマが誰か好きになるなんて。」
「そう好きになったきっかけなんだけど。聞いてくれる?」
「ここまで聞いて聞かない選択肢はありませんー。」
「前生徒会で1回居残りした時があったでしょ?あの時に資料まとめるの手伝ってくれてさ。」
え、それだけ? と思わず思ってしまった。そんなん言ったら私だって何回も手伝ったし、圧倒的に私といた時間の方が多いのに。
なんて醜い感情なんだろうかと思い、自分に呆れる。
「そっかそっか。あいつとあんま話したことないなあ。今度話しかけてみれば?」
「えー、恥ずかしいよ。」
そういって赤くなった顔を手で覆った。その姿も可愛らしいなと微笑ましくなってしまう。

そして、この気持ちは自分の奥底に沈めておこうと決めることにした。
カフェでエマから好きな人が出来たと言われてから月日が経って、エマと月城も次第に仲良くなっていて、休み時間にはお互いがお互いの席に行って話していることが多い。
エマはとても楽しそうだったから私はなにもしないことにした。私のところに来たと思えば「宗くんがね!」と恋バナを聞かされるなんてことはもう習慣化していたし、私もエマの笑顔を見るだけで癒される気がしたからいつでもエマの恋バナを聞くようにしている。
でも、もしも私が男子で、ちょっと前みたいに行きも帰りも一緒で、何かあればちゃんとお互い話して、これからもよろしく、なんて言って笑い会う日々を過ごしていたら、両思いだったりするのだろうか。
私が女子のままでもエマが男子に興味なんて一切もたなくて、ずっと私といたらこんな・・・・・・こんな辛くて苦しくて泣きそうな気持ちになんてならないのではないだろうか。
そんなことを思っていてもいつも視界に入ってくるのは、エマと月城が仲良く笑いながら話している光景。傍からみたら付き合ってると勘違いされるような距離感で、私もよくクラスメイト「あの二人付き合ってる?」なんて聞かれることも多々ある。
そういう話を聞くと、やっぱりエマと月城は周りから見てお似合いなんだろうなと毎回実感させられる。
まるで、お前はエマの視界になんて入っていないとでも言われているような気分だった。
何度空に好きな人の好きな人が私になりますようにって、バカバカしい願いを心で唱えただろうか。まさに、漫画などでよくいる悲劇のヒロインってやつじゃないか。
最近はなぜか曇りが続いている。時々雨も降る。その天気は私の心を表しているみたいで、天気の神様はエマの味方をしたのだろうかと、謎な思考回路に至る。
「ねぇ、花恋。今雨降ってる。」
さっきまで宗くんと楽しそうに話していたのに気づいたら私の目の前にいて話しかけてきた。
「あ、ほんとだ。でもそれがどうしたの?」
「宗くんと帰ることになったの! 傘いれてあげるよって。」
私の心には今降っている雨よりも多く、冷たい雨のような穢れたなにかが降り注いだ気がした。
「え、なんで? 私も傘持ってるよ?」
しまった。考えるよりも先に口が動いてしまっていた。絶対不審に思われた。
「なんだ、持ってたんだ。持ってないかと思って。あと今日宗くんと図書館行くからさ。結局はね?」
最初は少し驚いたように首を傾げ、目を開いていたが、月城の話をした途端嬉しそうに口角を上げて、頬を染めて、俯いた。
幸い、不審がられてはいなかったが私はその姿を見て泣きそうだった。
私ではエマにそんな顔をさせてあげられなかったこと。
月城よりエマと一緒にいた時間は長いのに、月城の方がエマにとっての優位な立場だったこと。
醜い感情が心と頭の中で渦を巻く。嫉妬や独占欲。月城がずるくて羨ましくて泣きそうだった。
「そんなに私と帰れなくて悲しかった? なんかごめんね。」
私の顔を覗いてエマが私に言う。
違う。私は謝らせたいわけじゃない。エマにそんな困ったような顔をさせたいわけじゃない。
なのに、思考は瞬間的に嫉妬と独占欲に呑まれていく。口は動かなくて思考も上手く回らない。
「ごめん、もう、戻るね。」
エマは行ってしまった。その行先は月城。
私は気づいたらどこかに走っていて、視界はずっとぼやけていた。

***

雨で濡れたブランコ。
ベンチに雨の雫がぴちょんとはねる。
地面に大きな水溜まりと小さな水溜まり。
小さい子のであろう小さなスコップ。
毛先から滴る雨の雫。
雨か、涙か。わからないが頬は濡れている。
気づいたら砂場とブランコしかない公園についていた。ここがどこかもわからず、辺りを見回す。雨に濡れた制服が重く肩にのしかかる。
「あの大丈夫ですか?」
通行人が私に話しかけている。
「大丈夫ですよ。ちょっと親と喧嘩してしまっただけなので。」
そういって私は相手に迷惑をかけまいとその場を離れる。
上を見ると雨が目に入りそうで、思わず目をぎゅっと瞑る。これからエマを前にした時どうすればいいのだろうか。
私じゃなくてもいいのかもしれない。
そう思った瞬間、虚無感、孤独感が押し寄せる。その感覚が忌まわしくて気持ち悪い。
もう一度泣き出してしまいそうで、またぎゅっと目を瞑った。
もううざがられてる、嫌われてる。そう思うことでこの恋を諦めようと思った。
でもそう思っても今までのエマとの思い出が走馬灯のように頭に流れる。
その思い出は全て、エマも私も笑っていて楽しそうだった。そして、そのエマの笑った顔は月城に向けていた笑顔と一致したように見えた。
そうすると、なぜかエマも私の事が好きだったのではないかと、すっと頭に浮かんだ。
私は何変なことを考えているのだろう。
私の心は汚くて穢れてる。そんな言葉が似合う私の気持ち。

私みたいな汚くて穢れてるやつなんかエマはきっと好きにならない。
でも、エマのことを諦めることはできない。
私は周りからよく可愛いだとかいい子だとか言われていた。家でも学校でも褒められてばっか。
でも、悪い気は全くなかったから幼くしてこれが幸せってやつなのかと思っていた。
けれど、前に読んだ本に書いてあった『幸せは一瞬にして壊れる』なんて言葉が現実になるなんて一ミリも思っていなかった。

小学生になって高学年になって、みんなが異性を異常に気にするようになる時期だと先生が言っていた。
私は男子なんて友達にしか思ったことないから、気にせずに男子と遊んだし女子とも遊んだ。
女子と遊ぶ度にみんなは好きな男子について話し始める。私は遊びたいのにみんなは話すのに夢中で、そんな雰囲気があんまり好きにはなれなくて、
「ねぇ、そんな好きな男子とかじゃなくて、普通に遊ぼうよ。」
私はそうやってみんなに言った。
私は勝手にみんなは「うん、わかった!」とか言って一緒に遊んでくれると思ってた。けどそんなことはなくって、
「なによその言い方。そもそもさ、花恋ちゃんって可愛いとかいい子だとか言われてるから調子乗ってるんでしょ?」
と、想像もしていなかった返事をされた。
可愛いとかいい子だとか言われて、否定はしなかったけれど、調子になんか乗ってるつもりはない。
「調子になんて乗ってないよ。ただ私はお話もいいけど体を動かしたいなって思ってるの。」
「そういう言い方が調子に乗ってるんじゃないの?」
そういって彼女は私に近づく。
その瞬間『パァン!』と乾いた音が公園に響いた。
なんの音かを探すよりも先に頬に痛みが走った。理解した。彼女に叩かれたんだ。それでも私は前を向いた。けれどみんなが私に向ける視線は冷酷で、本当に小学高学年なのかと疑うことができるほど怖かった。

その日から私は女子という生き物が苦手になっていて、関わることをやめた。かといって、男子と一緒にいるとまた叩かれるのではないかという恐怖で、男子という生き物もまた苦手になった。
可愛い、いい子。周りからそう言われ続けただけでなぜ叩かれなきゃいけないのかわからなかった。
そしてクラスでは自然的に独りになっていた。クラス全員が私が教室にいないかのように扱っていた。
そう扱われ続けて少し経って、休日に一人で公園に来ていたことがあった。家にいると親の優しさで泣いてしまいそうだったから、友達と遊んでくると嘘をついて外に出てきた。友達同士で砂場で山を作って楽しそうにしている姿を見るととても羨ましく思えた。
「同じクラスの扇花恋だよね?」
そういって私に話しかけたのは、同じクラスで学級委員長の成瀬エマだった。
また、なにか文句を言われて叩かれるのかと考えると怖くて、少し俯いた。
「私のことわかる? 学級委員長の成瀬エマ。」
「な、なんか用ですか?」
怖くて声が上手く出せない。
「花恋さん、私と友達になりましょう。」
といって私に手を差し伸べる。
理解ができなくて必死に頭を回転させる。
なぜ、学級委員長がクラスで空気とされてる私に友達になろうと言ってくるのか。それとも何か裏があるのか。
「裏なんてない。私ずっと学級委員長としてクラスを傍観してたけど、私は花恋さんが羨ましく思えるの。」
私にそういう姿はほんとに小学高学年なのかと疑うほど、誰よりも大人っぽくて綺麗だった。どんな人より魅力的で見惚れる。
そんな姿で私に手を差し出していた手を私は握り返した。その手は暖かくて泣きそうだった。
「ありがとう。これからよろしくね、花恋。」
そういって私に微笑む。それにつられて私も「よろしく、エマ。」といって微笑み返した。

それからはエマが私のところによく来てくれるようになって、周りも仕方なくといった感じだが私と話してくれることが何回かあった。そこにはまだぎこちなさがあったが、前に比べたら圧倒的にマシだと思った。
そして、私は辛くて苦しくて悲しくて死にそうな時に「これからよろしく」って、私たちが初めて交わした約束がやがて私の光の道標となった。エマは大袈裟に言って恩人。
エマこそまさに、可愛くていい子で完璧な子だと思った。私なんかよりずっと素敵で、そんな子といるのにたまに罪悪感を感じることも多々あった。
それをエマに言うと「私が花恋といたいから一緒にいる。花恋が罪悪感を感じる必要性はゼロ。」と、真顔でいう姿にきっと私は惚れたんだと思う。家族以外にそんな風に言ってくれる人が初めてで、気づいたら涙が零れていたらしく、エマはハンカチで私の涙を拭ってくれた事は絶対に忘れない。
エマに惚れたって自覚してからエマが時々「花恋好きだよ」って冗談で言ってくる時は死にそうになるし、ちょっとした姿にもキュンとくるようになって気づいた時には嫉妬するほどに。
公園から家に帰るとお母さんに「どうしたの!?」と、驚かれた。そりゃあそうかと思った。
お母さんの質問に答える気にもなれず、部屋にいって着替えを持ってお風呂に向かう。

***

幸いスマホは制服のポケットに入れていた。画面を開くと通知が三件来ていた。送り主はエマだった。アプリを開くと
『今日はなんかごめん。』
『もし嫌だったら無視して構わないんだけど、嫌じゃなかったら返信して欲しいな。』
『あのね、前みたいにちゃんと話し合わない?』
正直話し合っても私の感情を伝える気は無いし、伝えても友達として好きなのだと思われると思った。
でも、私と話し合おうとしてくれた事が嬉しかった。
『ううん、こっちこそごめん。』
『うん、ちゃんと話し合おう。』
そう送るとすぐに既読がついた。
『よかった。ありがとう。明日の放課後空いてるかな?』
『うん、空いてるよ』
『じゃあ、明日の放課後教室で。』
お互い無駄なことは話さなかった。なぜかその状況が苦しく胸に迫る。
余計なことを考えたくなくて今日はもう眠りにつこうと思い、目を瞑った。
寝る前に浮かんだのは、またエマと一緒に笑って過ごす日常だった。

***

朝起きてからずっと頭にあるのはエマのこと。なぜかずっと嫌な予感が止まらない。
親に浮かない顔してるよと心配そうに言われて、なぜか罪悪感を覚えた。
だから朝ごはんを早く食べ終えて素早く家を出た。
人がたくさん歩きながら笑っている。自然と眉が下がる。
いつもはエマと話しながら歩く道のりをひとりで歩いていると考えると、すごくエマに依存というか執着している気がして、再び罪悪感を覚える。
また、エマの笑顔をみたいなと空に願う。

***

放課後になり教室に残って椅子に座る。緊張しているからか心臓がバクバクと鳴り止まない。
私が走って逃げた理由をエマになんというべきか。
そう考えていると教室のドアが勢いよく開いた。エマがいた。顔はなにかを決心したようでたくましく見えた。
「花恋。なにかあったの? 私のこと嫌いになったの?」
「違う。嫌いになるわけないよ。」
「じゃあなんで・・・・・・。」
なんでと言われても言えるわけない。だから私は『親友として』一緒にいたいということを、伝えることにした。
しかし、口から出た言葉はそんなことよりも酷く冷たかった。
「エマに何がわかるの。ずっと一緒だったじゃない。」
言葉にした時、エマは涙を堪えていた。何に対しての涙なのかはわからない。
そんな顔をしているエマを前に私の口は止まることを知らない。
「私はずっとエマが第一に私を頼ってくれてると思った。でも、エマは月城を好きになってからずっと朝から帰りまでずっと、月城ばっかで、ずるいって・・・・・・思っちゃったの。」
一歩間違えれば明らかに勘違いされる発言。
私からしたらエマは大きく勘違いしていたが、逆に勘違いされて良かったのかもしれない。
「ごめん。花恋のことどうでもいいわけじゃないの。私的には十分頼ってるつもり。それに今花恋が私のことをすごく思ってくれていて嬉しい。」
そうやってエマは紐を解くように言葉を発する。
でも、そういうことじゃなかった。ちゃんと私を必要だと、大切だと、心から思っていると、言って欲しかった。
エマは必死に月城が好きだけど私のことも好きだと弁解している。その好きは私の好きと違う。当たり前だ。エマは月城を恋愛として好きなんだ。私だけがエマのそばにいても意味が無いんだ。
視界が次第にぼやけて思わず、頬に触れる。濡れていた。泣いているんだとわかった。自分のことなのになぜ泣いているのかがわからない。
いやわからないんじゃない。わかりたくないだけだ。
エマは私を親友としか見ていなくて、エマを恋愛として見てるのが私だけなのが悲しくて泣いている。
「ごめん、花恋。これからも親友として仲良くしてよ。泣かないで。」
泣かないでと言われても、その一言がまた泣かせる。
『親友として』その言葉が私の胸に深く強く勢いよく突き刺さった。
「うん、ごめん。エマとこんな風になるの久しぶりで泣いちゃった。うん、これからも親友として仲良くしよう。」
私がエマに今言える親友としての返事はただの泣いているいい訳に過ぎなかった。
「うん。花恋聞いて。私・・・・・・宗くんに告白する。」
驚いた。エマは昔から自分から行動をすることはほとんどなくて、学級委員長とか生徒会長とかも全部推薦でなったも同然だ。
でも、そんなことわかりきってた。いつかどちらかが告白するのではないかって、ずっと思ってた。
私はエマの幸せそうに笑う顔が見たい。
「そっか。応援してるよ。頑張ってね。」
私が今エマに言える最大の背中押しの言葉。エマに伝わっただろうか。
教室が暗くなり、窓の外に目を向ける。空は黒い雲で覆われている所と、白い雲で覆われている所があった。
まるで、私とエマを映し出しているかのようでまた泣きそうになった。

***

家に帰ったあと私は腰ぐらいまで伸ばしていた髪の毛を切った。もちろん、男子のように短く。
切る理由なんてひとつしかないだろ。
少しでもエマに見て欲しい。
少しでもエマに気にして欲しい。
たった、それだけ。どんなに見た目を変えてもエマの好きな人は月城に変わりないと思う。
それでもエマの心のどっかに私がいたら、なんて願いを込める。

***

次の日の朝にエマと待ち合わせる。エマが柱に寄りかかって待っている。
「おはよう、エマ。」
「おはよう、花恋・・・・・・花恋!? どうしたの髪。」
「んー、何となくかな。」
「そうなんだ。似合ってるよ。」
そういってエマは俯いていた私の顔を覗き込んで、太陽みたいに眩しく笑った。
バカエマだな。理由もなくばっさり髪を切るなんてしないよ、少なくとも 私 は。
髪の毛を切ってから、女子からの呼び出しが増えた。内容はいつも好きですと言われるだけ。正直困る。好きだからなんなのか言ってもらわないとこちらもどう対応するべきか迷う。
エマに相談すると「写真とか一緒に撮ってあげれば?」なんて言う。
女子だからとはいえ、名も知らない子と写真を撮るのは少し気が引ける。どうしたものか。
「そういえば、エマ、月城にいつ告るの?」
ふいに思った。前に告白するとか言ってたのに、もう何ヶ月か経ってる。
「うーん、いつがいいかな?」
そう悩むエマはまさに恋する乙女で可愛らしかった。
「今日。」
「え?」
「だから今日の放課後告っちゃいなって」
そういうとエマは心の準備が、なんて言って慌てている。なぜかその姿は猫のように見えた。可愛い。
「手紙でもなんでもいいから放課後教室でって伝えなよ。私そこらへんの空き教室にいるから。大丈夫、聞かないから。」
「なんで、今日告白する前提なのよ。」
と、顔を少し赤らめて反抗してくる。
でも未だに、エマが告る相手が私だったらなって醜い感情が私の中で渦を巻く。
けれど、それは絶対バレまいと泣きそうになったりしたら、エマの元から離れることを心がけた。その度、エマはどうしたの、といって私の元に駆けてくる。まるで小動物のように見えて撫でたくなる。
「今日か。宗くん空いてるのかな。」
「聞いてみなきゃわからないよそんなこと。」
「聞く・・・・・・のか。うん、聞こう。花恋もついてきてね。」
「わかったわかった。」

***

教室で月城が一人になるタイミングを待つ。月城は女子なら一目惚れしかねない容姿をしている。それに性格もよい。だから女子が月城の近くにいないことはない。
エマに女子がいても話しかけちゃえばいいじゃんというと、「絶対無理ダメ」と言われてしまう。
チャイムが鳴って、号令をしてエマのところに行こうとするとエマが急いで私の元へ来た。
「ねぇ、花恋。これ宗くんが私に。」
小さな紙切れに書いてあったことを見て私は嬉しさ半分悲しさ半分になった。

放課後教室で一人で残っていてほしい。

紙切れ一枚に大喜びをしているエマを前に私は何も言えなくなった。これがまさに、複雑っていう感情なんだと思った。

***

空き教室までの廊下を一人静かに歩く。頭の中はエマと月城の事で埋め尽くされている。
きっと月城が告白して、エマがそれにいいよと言って、エマは私に報告をすると、したくもない予想が自然とできてしまう。
窓の外を見れば極一部の部活が先生に怒られているのか俯いて集まっている。また、違う一部の部活は声を張って元気そうに部活に励んでいる。
入りかけの日が窓から少し暗い教室に茜色で照らす。黒板、椅子、机は茜色に染まって、机の上に置いてある私の携帯もまた茜色に染っている。
いつも少し俯けば垂れてくる髪の毛が無いことに今更違和感を覚える。
いつも髪の毛を手でクルクルとする癖があるとエマに言われていた。けれど、その髪の毛がないことにも今更違和感を覚える。
今、エマは月城に告白されているのだろうか。顔を赤くしたら、夕日のせいだと言っていたりするのだろうか。
エマと月城のことを考えると涙が溢れてしまいそうで上を向く。それでも涙が溢れそうなのが止まらない。
必死に涙を堪えてる時を狙っているように携帯の通知が教室に鳴り響く。
誰からの通知かなんてすぐにわかった。
携帯の電源を入れて通知を確認する。

▼花恋、宗くんに告白されちゃった! 迷わずOKしちゃったよ! 今日は宗くんと帰るね。待っててくれてありがとう。ごめんね。

窓の外の夕日を見つめる。窓越しから見た夕日は花火のように散っているように見えた。しだいに花火のように散っているように見える夕日がぼやけていく。声を抑えようとすると嗚咽がでる。ぼやけた視界も嗚咽も止まる様子をみせない。
今はエマと月城が付き合えたことよりも、自分の恋がここで確実に綺麗に終わったことしか考えることができない。
エマと月城のことを心の底から祝いたい。けれど、私の心が邪魔をする。
本当は祝いたくない、私の方がエマとずっと一緒にいたのに、私の方がエマのことをずっと前から好きだったという言葉の数々が頭の中でループする。
でも、これが恋のいいところだと私は思う。
好きでいるけれど、どうも好きな子の恋を応援してしまう。だから自分が辛い思いをする。いずれ、自分の恋は叶うことのないものだと気づく。
恋はどんなものよりも儚く綺麗に花のように散る。そんな経験も人生には必ず必要になる。
だから私は、エマに返信をする。心からの言葉を。

▼おめでとう。エマのこと応援してる。
私ずっと、エマのこと好きだからね。
エマと月城が付き合ったことはすぐに学年中に広まった。
エマと月城どちらかが廊下を歩くと必ずチャイムが鳴るまでからかいの声が鳴り止むことはない。
時には先生にもお付き合いするのはいいけど、程々にねと、なぜか注意されることもある。
けれどエマも月城も嫌がっているようには見えなくて、むしろ幸せそうだった。
エマが幸せそうにしているのを見ている私も幸せになる気がする。
エマは月城と付き合っても私と一緒にいてくれる時間はほとんど変わらない。それが唯一の救いなのかもしれない。
今ならあの時よりもずっと心の底から祝福できる気がする。


「エマ、おめでとう。エマと月城のこと応援してるよ。」

───── ずっと。エマのこと好きだった。





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