「どういう事です? 処刑……私が!?」
突然の来訪者は、塔の屋上に飛竜を着陸させると、螺旋階段を降りてアンナの部屋に入ってきた。黒髪長髪の青年。黒鱗種の飛龍に乗り親衛隊の軍服を着ているとなれば、皇帝陛下の近臣だが、知らない顔だった。
「失礼。私はさる方の命を受けてここに参りました。マルムゼとお呼びください」
マルムゼ……民間伝承に出てくる、王の小間使いとして働く小鬼だ。おそらくは偽名だろう。
「さる方……皇帝陛下ではなく?」
「残念ながら。この軍服も偽装です」
「私が処刑とはどういうことです? 陛下がお決めになったのですか?」
一年前、陛下は「しばらく頭を冷やせ」と仰せだった。その言葉から、いつかは戻れると考えていたのだが、お怒りは思っていた以上に深いのか……?
「これをご覧ください。それで察していただけるでしょう」
マルムゼと名乗る青年は、アンナに円筒形の物体を手渡した。片手に収まるくらいの大きさのそれは、真鍮で作られており、陽光に照らされて金色の輝きを放っていた。
「これは……自動人形の楽譜ではありませんか?」
それも先程アンナがメンテナンスした自動人形と同じ、皇族専用の特注タイプのものだ。
職人街で生まれ育ったアンナは、子供の頃からこの物体を見慣れていた。真鍮細工の職人だった父が、魔導工房からの注文を受けて作っていたのだ。
自動人形は、魔力を原動力として駆動する、時計仕掛けの人形だ。それ自体には心も頭脳も備わっていないが、あらかじめ設定された計算式を組み合わせることで、擬似的な思考を可能としている。
この計算式を記録するのが楽譜と呼ばれる真鍮製の円筒管だ。筒にはびっしりと小さな凹凸がつけられている。これを自動人形の体内で回転させると、体内の爪が凹凸に引っかかって振動する。この振動の規則性を機械的に読み取り、自律行動へと変換する仕組みだ。
「ええと……少しお待ちくださる?」
机の引き出しを開ける。中には数枚の紙と鉛筆が入っていた。アンナは紙を一枚手に取り、シリンダーに巻きつけた。上から鉛筆でこすれば、シリンダーに刻印された凹凸を転写できるはずだ。
「これでよし、と」
アンナは黒く塗りつぶされた紙を太陽に透かした。凹凸に触れた部分が痕となり、日光に透かされてくっきりと見える。
工房で父の仕事を眺めるのが好きだったアンナは、シリンダーに打刻される信号を一通り読むことができた。
「…………」
マルムゼは何も言わずに、アンナの様子を眺めている。何も知らなければ奇異に見える行為。それに一切口を挟まない。この人物はアンナがシリンダーの内容を解読できると知っているのか。
本当に何者なの? それにこのシリンダーには何が?疑念を抱きながら、アンナは日光に透かされた紙に視線を移した。
「ええと……このシリンダー、大きさからして5番管かしら? 」
一本のシリンダーだけでは精巧な自動人形は制御できない。日常生活の基本動作を記した管、1日の行動を記した管、年間の予定を記した管、緊急時の管など、数本のシリンダーが組み合わされている。5番管には、1ヶ月の大まかな行動が記載されているはずだ。
「……10日後。凱旋……式……演説の原稿は……8番管を参照……」
点の羅列を言葉に変換していく。
「文書にサイン……処刑命令……対象は……」
言葉を詰まらせる。その先の点を言葉にすれば……
「アンナ・ディ・フィルヴィーユ……」
間違いない。宮廷に上がった日、陛下から与えられたフィルヴィーユ侯爵夫人という名が、そこに記されていた。
「見ての通りです」
マルムゼはようやく口を開いた。
「どういうこと? これは……」
これはどんな自動人形のシリンダーなの? そう言おうとしたが言葉が続かない。
いや、続けるまでもない。10日後に凱旋式を行い、寵姫の処刑命令書にサインできる人物など一人しかいない。
「陛下が……自動人形だというのですか?」
「はい。これは極秘に入手した、アルディス3世を名乗る自動人形のスペアシリンダーです」
マルムゼは抑揚のない口調で答えた。
「待って……」
思考が追いつかない。
「嘘よ……だって陛下は……」
陛下は……私が愛したアルディス3世は、断じて人形などではなかった。血の通った人間だったはずだ!
「今は真偽を問うときではありません。あなた様が生き残る方法は一つだけ」
マルムゼは鞘に収まった短剣を両手で捧げるように持ち、アンナにひざまづいた。
「軍を掌握して下さい。そしてクーデターを起こし、帝国を乗っ取るのです!」
突然の来訪者は、塔の屋上に飛竜を着陸させると、螺旋階段を降りてアンナの部屋に入ってきた。黒髪長髪の青年。黒鱗種の飛龍に乗り親衛隊の軍服を着ているとなれば、皇帝陛下の近臣だが、知らない顔だった。
「失礼。私はさる方の命を受けてここに参りました。マルムゼとお呼びください」
マルムゼ……民間伝承に出てくる、王の小間使いとして働く小鬼だ。おそらくは偽名だろう。
「さる方……皇帝陛下ではなく?」
「残念ながら。この軍服も偽装です」
「私が処刑とはどういうことです? 陛下がお決めになったのですか?」
一年前、陛下は「しばらく頭を冷やせ」と仰せだった。その言葉から、いつかは戻れると考えていたのだが、お怒りは思っていた以上に深いのか……?
「これをご覧ください。それで察していただけるでしょう」
マルムゼと名乗る青年は、アンナに円筒形の物体を手渡した。片手に収まるくらいの大きさのそれは、真鍮で作られており、陽光に照らされて金色の輝きを放っていた。
「これは……自動人形の楽譜ではありませんか?」
それも先程アンナがメンテナンスした自動人形と同じ、皇族専用の特注タイプのものだ。
職人街で生まれ育ったアンナは、子供の頃からこの物体を見慣れていた。真鍮細工の職人だった父が、魔導工房からの注文を受けて作っていたのだ。
自動人形は、魔力を原動力として駆動する、時計仕掛けの人形だ。それ自体には心も頭脳も備わっていないが、あらかじめ設定された計算式を組み合わせることで、擬似的な思考を可能としている。
この計算式を記録するのが楽譜と呼ばれる真鍮製の円筒管だ。筒にはびっしりと小さな凹凸がつけられている。これを自動人形の体内で回転させると、体内の爪が凹凸に引っかかって振動する。この振動の規則性を機械的に読み取り、自律行動へと変換する仕組みだ。
「ええと……少しお待ちくださる?」
机の引き出しを開ける。中には数枚の紙と鉛筆が入っていた。アンナは紙を一枚手に取り、シリンダーに巻きつけた。上から鉛筆でこすれば、シリンダーに刻印された凹凸を転写できるはずだ。
「これでよし、と」
アンナは黒く塗りつぶされた紙を太陽に透かした。凹凸に触れた部分が痕となり、日光に透かされてくっきりと見える。
工房で父の仕事を眺めるのが好きだったアンナは、シリンダーに打刻される信号を一通り読むことができた。
「…………」
マルムゼは何も言わずに、アンナの様子を眺めている。何も知らなければ奇異に見える行為。それに一切口を挟まない。この人物はアンナがシリンダーの内容を解読できると知っているのか。
本当に何者なの? それにこのシリンダーには何が?疑念を抱きながら、アンナは日光に透かされた紙に視線を移した。
「ええと……このシリンダー、大きさからして5番管かしら? 」
一本のシリンダーだけでは精巧な自動人形は制御できない。日常生活の基本動作を記した管、1日の行動を記した管、年間の予定を記した管、緊急時の管など、数本のシリンダーが組み合わされている。5番管には、1ヶ月の大まかな行動が記載されているはずだ。
「……10日後。凱旋……式……演説の原稿は……8番管を参照……」
点の羅列を言葉に変換していく。
「文書にサイン……処刑命令……対象は……」
言葉を詰まらせる。その先の点を言葉にすれば……
「アンナ・ディ・フィルヴィーユ……」
間違いない。宮廷に上がった日、陛下から与えられたフィルヴィーユ侯爵夫人という名が、そこに記されていた。
「見ての通りです」
マルムゼはようやく口を開いた。
「どういうこと? これは……」
これはどんな自動人形のシリンダーなの? そう言おうとしたが言葉が続かない。
いや、続けるまでもない。10日後に凱旋式を行い、寵姫の処刑命令書にサインできる人物など一人しかいない。
「陛下が……自動人形だというのですか?」
「はい。これは極秘に入手した、アルディス3世を名乗る自動人形のスペアシリンダーです」
マルムゼは抑揚のない口調で答えた。
「待って……」
思考が追いつかない。
「嘘よ……だって陛下は……」
陛下は……私が愛したアルディス3世は、断じて人形などではなかった。血の通った人間だったはずだ!
「今は真偽を問うときではありません。あなた様が生き残る方法は一つだけ」
マルムゼは鞘に収まった短剣を両手で捧げるように持ち、アンナにひざまづいた。
「軍を掌握して下さい。そしてクーデターを起こし、帝国を乗っ取るのです!」