ついに悲願の時が訪れた。
 麦が手に入ったのである。
 即ち、純然たる炭水化物で構成された主食、パンを生み出す用意が整ったということだ。

 ちなみに俺はパンの作り方など知らない。
 豪快な料理の名手であるカトリナも、パンという複雑怪奇な食べ物の作り方を知らない。

「あたし知ってるよ? 発酵させないやつだけど」

「あたいのは、一口サイズのおやつのパンだねえ。堅焼きにすると保存食にできるよ」

 ミーとパメラが大変心強いことを言った。
 持つべきものは村人である!

「教えて!」

「教えて!」

 ということで、俺とカトリナが調理の補助に付く。
 今回作られるのは、無発酵パンというやつだな。

 水で生地を練り、卵を使って風味と色付けをして、つなぎに芋を練り込んで焼く。
 牛乳があると、もっと料理の幅が増えないか……?
 乳を出す生き物を飼うべきか……、うーむ。

 俺が唸っている間に料理が始まった。
 麦はあらかじめ、俺が砕いて粉にしている。
 魔法で一瞬で粉砕も容易いのだが、ここまで手間をかけて育て上げた麦だ。

 丁寧に手作業で、愛情をこめて粉にしたぞ……!

「いい粉だね。粒が揃ってる」

 ミーがにっこり笑う。

「これ、本当に手作業で砕いたのかい!? ショートって器用なんだねえ」

「器用ではないが、情熱と執念で作業精度を上げられるのだ」

 コツコツ打ち込むのが得意な俺の性分だな。
 そうでなきゃ、レベル限界突破した上に、いろいろなケースに合わせた魔法の開発なんてやってないのだ。

 まずは粉を水で練っていく作業なのだが、これは誰でもできる。
 俺とカトリナが並んで、せっせと粉を練っていくのだ。
 これに、塩や、蒸してから潰した芋を加えて丸める。

 それを伸ばす。
 焼く。

 できた!

 えっ!?
 思った以上に簡単じゃない……?

「できちゃった……!!」

 びっくりするほどの簡単さに、カトリナが衝撃を受けている。

「それはそうだよ。だって、お腹がへったときにパッと作って食べるものだもの。難しい料理なんて作れないでしょ。うん、できたて、いい味」

 ミーが味見してにっこり笑った。
 言われてみればそうである。

 ミーの住んでいた田舎では、毎食ごとに必要なぶんのパンを焼いていたそうだ。
 俺も一口かじってみた。
 素朴な味わいである。

 パンというか、ピザのクリスピー生地をもうちょっと柔らかくしたような。

「美味しい! これ、お肉を乗せたり、シチューにつけたりして食べられるねえ」

 おっ、カトリナの中では、今後の食事にどう活かすかのイメージが展開しているようだぞ。
 食生活が豊かになるなあ。

「ごめんね、ショート。こんなに美味しいパンを作るために頑張ってくれたのに、私ったらその、欲求不満で……」

「よくある……。気にしないでくれ! 俺も大変リフレッシュできたので!」

 俺については、割と誇張抜きで無限に近い体力があるので問題ない。
 そうじゃなきゃ、この世界と隔絶した結界の中で、魔王マドレノースとひたすら激闘を繰り広げられないからな。
 あれは人間のままじゃ無理。魔王に匹敵する存在にランクアップしないと勝負にならない。

 その後、パメラが見せてくれた保存食パンだが、つまりはビスケットのようなものだった。
 芋を加えず、小麦粉と卵を混ぜて練り、円形で平たく、小さな生地にしてから焼く。
 焦げないように注意しながら、水分を徹底的に飛ばすのだ。

 すると……カチカチのパンになる。
 なるほど、甘みの全く無い堅焼きビスケット。

 しかし、噛んでいるとだんだん甘く感じてきた。
 これはこれで美味いな。
 はちみつを混ぜたりすればお菓子になりそうだ。

「フフフ……勇者村の食生活が一気にランクアップしてしまった。やっぱり主食が安定し始めると強いな……!!」

 麦は山ほどある。
 調子に乗って作付けしまくったので、収穫時村人総出になったくらいの量はある。
 必要なだけ粉にして食っていくとしよう。

 麦があるだけで料理の幅も広がるし、夢もどんどん広がっていくな……!

 その日の夕食に供されたパンは、大好評だった。
 人間、種族を問わず炭水化物が大好きなのである。

 テーブルの中心に何箇所か山盛りになったパンは、みるみる消えていく。
 カトリナのいつものシチューがさらに美味くなる。

 うーむ、炭水化物恐るべし!
 どんどん入る!!

 蒸かし芋や煮込み芋も、あれはあれで美味い。
 だが、パンは別格だ。
 この食べやすさ、どんな料理にも合わせられる味。

「ふーん、王都のパンに比べたらまあ素朴だけど、まあまあいけるじゃない」

 生意気な事を言いながら、ヒロイナがぱくぱくぱくぱくとパンを食べ続けている。
 リタとピアは、パンを千切ってシチューに付けて頬張る。

 ブルストは焼き肉をパンに挟んでいるな。
 ブレインは肉と芋とハーブをバランス良く。

 フックがミーにあーんをしてもらっている。
 羨ましい。

「ショートもして欲しいの?」

「して欲しい!」

 カトリナが察してくれたお陰で、俺は憧れのあーんを享受できることになった。
 大きく口をあけると、カトリナがパンをぎゅっと詰め込んできた。

「もう、大きい赤ちゃんでしゅねー」

「もふぉふぉふぉ」

 カトリナさん、一気に詰め込み過ぎでは?
 だが、食うけどな。

 ちなみにクロロックだが、彼は焼かれたパンよりも生地のままが好みらしく、丸めた生地をペロリと飲み込んでいた。

「ソフトな喉越しです。麦を育てた甲斐がありましたね」

「そうか……クロロックがそれで満足なら、いいんだ……」