「薪割りやったことあるか?」

「アニメで見たことはあるな」

「あにめえ? なんだそりゃ?」

 ブルストが不思議そうな顔をした。
 現代っ子の俺にとって、薪割りなんてのはファンタジーだったのだ。
 今どき、地方都市に行っても薪割りなんかしてないだろうしな。

「見てろよ。これを、こうして……」

 ブルストが、ひとつかみほどの太さになった薪を、台座代わりなのであろう切り株の上に乗せる。

「こうだ! ふんっ!」

 薪に斧を食い込ませてから、振り上げて降ろす!
 すると、カコォーンッ! という小気味良い音とともに薪が割れた。

「おおっ、お見事!」

 俺はパチパチと拍手をした。

「いや、大したことねえよ」

 照れるブルスト。

「よし、俺もやってみるか。刃物はちょうど持っててな」

 抜き放つは聖剣、エクスラグナロクカリバー。
 魔王を殺すために神々が鍛えた業物だ。
 魔王によって殺された戦神の魂が触媒に使われており、俺の意思に反応して聖なる光を帯びてビームを放つ。

「おいおいショート。そんな剣なんかで薪は割れねえぞ」

「こいつが、俺の使い慣れた刃物なんだ。やってみるさ!」

 これを、薪にぐっと食い込ませ……。
 おっ、なんか豆腐を切るような感触でするっと食い込んだな。

 んで、これを持ち上げて、力いっぱい叩きつける!!

 ズバァァァァァァーッ!!

 果たして、薪は割れた!
 そして台座の切り株も割れた!
 さらにその下に広がっていた大地も割れた!
 大地が続く先にあった森と山も割れた!

「ウグワーッ!」

 衝撃のあまり、ブルストが尻餅をついた。

「キャー!」

 カタリナがよろける。
 俺がスススっと動いて受け止めた。
 あっ、柔らかくていい匂い!

「な、何が起こったの……!?」

「何も起こってないぞ。時空魔法、トキモドール(俺命名)!!」

 俺はちょっとだけ時間を巻き戻せるので、時空魔法でさっきのを無かったことにした。

 つまり、状況が巻き戻って俺がエクスラグナロクカリバーを抜いたところである。
 俺はそのまま、聖剣を鞘に戻した。

「うん、剣で薪を割るのはダメだよな! いけない! 大地を割るんじゃなくて薪を割るんだもんな!」

 爽やかに告げた。

「お、おう。俺、さっきなにか信じられないものを見た気がしたんだが……」

「気のせいだよブルスト。いやあ、ほんとにレベル上限突破とか聖剣装備できるスキルとか、日常生活の役には立たんな……!!」

 俺は斧に薪を食い込ませると、ブルストがやったのを見様見真似で再現してみた。

「オリャアーッ」

 カッコオオオオオオオンッ!

 薪が割れる!
 割れた薪が跳ね返る!
 俺の顔面に当たる!

「ウグワーッ!!」

 俺はのたうち回った。

「ショート!?」

「だ、大丈夫だ! 素の防御力が高いから、痛いけどダメージはない」

 俺は額に薪の跡を付けながら立ち上がった。

「いや、だが大したもんだ。お前さん、おれよりパワーがあるな? だが、力を入れ過ぎだな。薪割りは、カトリナくらいの力でもできるんだよ」

「うん、見てて、ショート、これをこうしてね。こうして、こう! えいっ」

 カトリナが斧を振ると、くっついた薪が切り株にぶつかって、カッコオーンと二つに割れた。

「大したもんだ……!」

 俺が拍手すると、カトリナが照れた。

「そ、そんなことないよう」

 もじもじする彼女を、俺は執拗に拍手してリスペクトする。

「まあまあそこまでにしてやってくれ。娘は恥ずかしがり屋でな。だが、初対面の相手にここまで喋るのは初めてだぞ? お前みたいなのがタイプなのかもな」

「もう! お父さん!」

 カトリナが赤くなって、ブルストをポコポコ叩いた。
 なんとも微笑ましい。
 そして俺みたいなのがタイプだって?
 ハハハ、またまた。

「知らない! 私、御飯作るからね! 薪は後で持ってきてね!」

 真っ赤なカトリナは、鼻息も荒く家の中に入ってしまった。

「……まあ、あれだ。娘も、年頃の近い奴がいて嬉しいんだよ。お前さん、ここにいる間だけでも相手をしてやってくれないか」

「ああ、構わないぞ。彼女からも学ぶスキルは多そうだ……!」

 その後、俺は薪割りを繰り返し、完全にこの技をマスターしたのだった。
 難易度的には、大型モンスターの討伐くらいだな、これ。

 こうやって火種となる薪が作られ、料理や暖房や風呂になるのだなあ。
 もしや、これがスローライフというものだろうか。

 なるほど、スローライフとはどうやら、勇者の冒険に負けぬほどのスリリングなものらしい。

「面白い。勇者の看板を下ろしたとは言え、この薪割り入門者ショート、新たな試練に挑んでやろうじゃないか」

「勇者?」

「なんでもないぞ」

 俺はごまかした。
 そう、今の俺は勇者ではない。
 ただの薪割り入門者だ。

「ブルスト、これからの薪割りは俺に任せてくれ。どんどん持ってきてくれ! 一年分の薪を割ってやるぞ!」

「いや待て待て。張り切るのいいんだけどよ。あんまり割りすぎても、放っといたら湿気っちまうだろ。そこそこの量でいいんだよ。それにこの板だって、薪にする以外に使い道があったりするからな」

「薪にする以外にも!? 奥深いな、スローライフ……!!」

 俺は武者震いする。
 こいつは、挑みがいがありそうだぜ……!