15. 大地の誤解

 大地は入院をして一ヶ月になるが、唯一の楽しみは部屋のテレビで、ジャガーズを応援することである。ただし、大地の部屋は二人部屋のため、夜の8時までしか見られないのだ。そして、いつものように大地がテレビをつけると、何かが違っていた。

 「ママ、タムが出てないよ」と大地が言った。

 「ほんとに?」とひとみが聞くと、

 「ほんとに出てないもん」と言ったため、幸雄が、

 「田村選手は、怪我で休んでいるんじゃないか?」と言った。

 「タムが怪我をしたの? 大丈夫かな?」と大地が不安そうに言ったため、

 「きっと、すぐに治るから大丈夫だよ」と幸雄が言った。

 
 その時、面会時間ぎりぎりに、幸雄の弟、幸二が大地の見舞いへ来た。

 「こんばんは、大地君、元気にしてる?」と幸二が言うと、

 「幸二君、わざわざ来てくれてありがとう」とひとみが言った。

 「いえ、僕は相変わらず暇にしていますので」と幸二が少し笑って言うと、

 「お前もいい加減、定職についたらどうだ? まだフリーターだろ!」と幸雄が言った。

 「兄貴に会えば、その話ばかりだからな」と幸二は少し不満そうに言った。

 幸二は私立の大学を出て就職をしたが、半年はもたず、その後いろいろなアルバイトについていた。今は、フリーカメラマンとして記事なども書いていると、母親から幸雄は聞いていた。

 「今回はいつもよりギャラが良かったから、大地君にお土産を買って来たんだ」と幸二が言うと、

 「ギャラって何?」と大地が聞いた。

 「幸二!お前がそんな言葉を使うから」と幸雄が幸二に強く言うと、

 「大地君、ギャラっていうのは、お金のこと。会社の人からお金をもらったんだよ」と少し焦って幸二が言うと、大地へ筆箱と1ダースの鉛筆を渡した。

 「来年、小学校で使ってね」と幸二が言うと、

 「まだ10ヶ月、先だぞ」と幸雄は呆れて言ったが、
 
 「ありがとう、幸二おじちゃん。あのね、幸二おじちゃんに見せたい物があるの」と大地は言ったため、

 「何かな?」と幸二が聞いた。

 大地は、枕元に置いてある宝物を見せた。

 「サインボール? 誰のサインボール?」と幸二が聞くと、

 「タムからもらったの」と大地が言ったため、

 「タムって誰?」と幸二が尋ねた。

 「ジャガーズの田村選手のことだよ」と幸雄が言った。

 「田村がここにも来たの?」と幸二が意味不明なことを言ったため、

 「ここにもというのは、どう言う意味だ?」と幸雄が尋ねた。

 幸二は、少し焦った様子で、
 「いや、別に意味はないよ。大地君、義姉さん、また来ますから」と言い、幸二が出て行こうとして振り返ると、

 「兄貴、ちょっといいかな?」と幸二が言ったため、

 幸雄は、幸二の後を追い病室を出た。

 二人は、病室を出て、前の廊下を少し歩くと、

 「さっきの話の件だけど、ジャガーズの田村の事で、ある噂を聞いたんだと幸二が言ったため、

 「何だ、話してくれ」と幸雄が言った。

 「話すよ。確か二週間くらい前、俺が偶然、この病院のロビーの辺りで、ジャガーズの田村を見かけたんだ。サングラスもかけずに、背も高かったので、他の人達も恐らく田村に気付いていたと思うよ。
 
 そして、ある女性が俺に、
 「あの人は確かジャガーズの田村選手ですよね?」と言ったんだ。
 
 俺は、まちがいないでしょうと断言した。すると、彼女は
 「最近、よく小児病棟に来ているらしいですよ」と言ったため、
 
 「見ず知らずの子供達にわざわざ会いに来ているのですか?」と聞くと、

 「最近、田村選手の人気も無くなってきているみたいだし、人気回復でもねらっているのかしらね」と言ったんだ。

 だから、さっき俺はそのように話したんだと幸二は説明した。

 「ジャガーズの田村選手は、そんな人ではないよ」と幸雄が言うと、

 「どうして、そんなことが分かるの?」

 「彼は、大地に会いに来てくれたんだよ。お前が思っているような気持ちは100%ないと信じているよ」と幸雄は言った。

 「でも、どうして大地君にだけ会いに来ているの?」と幸二が言ったため、

 幸雄は最初から幸二に話すことにした。 

 「兄貴、すまない、俺の早とちりで」

 「別にお前が謝る必要はないだろ」と幸雄が言った。

 「いや、謝らなければならない事があるんだ。これを見てくれるか?」と言い、幸二は手提げかばんより、写真週刊誌を取り出し、あるページを開けて、幸雄に見せた。

 「まさか?」と幸雄が尋ねると、

 「本当に申し訳ない。そんなことを知らずに、嘘を書いてしまった」

 「お前は一体何ということをしてくれたんだ! 田村選手が試合に出ていない理由を、やっと理解ができたよ。まさか、お前がそんなことをしていたなんて。もう二度と、こんなつまらない記事を書くんじゃないぞ!」と幸雄が強く言った。