彼女にしては珍しく弱音を吐く姿に、自分の心に正直に首を縦に振った。


「あそこに俺の居場所はもうないよ。今の俺も、あの頃の俺とはもう違う」

「……みたいね。私の知っている泰成じゃないわ」

「俺も今の自分に驚いてる」


俺の言葉を聞いた彼女は組んでいた腕をほどき、ゆっくりと体の横に下ろした。
暗闇のなかで確認しづらかったが、その表情は微かに微笑んでいるように見えた。


「少しでも後悔があるようなら連れ戻そうかと思ったけど、その心配はないみたい。今の貴方は少しも欲しくならない」

「……」

「どうぞ、このまま同じレベルの人間と仲良くしていて」


さようなら、そう彼女が口にすると生ぬるい風が吹き、もう一度視線を上げたときにはもう彼女の姿はなかった。
まるで夏の魔物が見せた幻のような、過去の記憶から呼び起こされた幻覚のような……


「ありがとう」


もう一度、自分と向き合うきっかけをくれて。