恵は両腕を組んだまま店の佇まいを眺め、納得していないような表情で言葉を吐く。
「これがあの地位を蹴ってまでも貴方が欲しかったもの? やっぱり理解できそうにないわ」
「そうだろうね、理解できなくて当然だと思うよ。俺と君とじゃ何に価値を見出しているのかが違うからね」
「……寂しいこと言う」
かつては同じ職場で、同じ目標を持って前に進んでいた仲間だった。だからこそ気付いたんだ、俺だけが道を外れていっていると。
どれだけ脚を動かそうとしても気持ちが前に向かなかった。そして前に進むのを諦め、仲間たちから離脱していった。
それを他人から見れば逃げだと言う人もいるだろう。きっと恵はそう思う側の人間だ。
だけど俺にとっても今後自分にとって価値があると思ったものを選択しただけだった。
その選択はだれかに唆されたものではなく、れっきとして自分で下したものだから。
「もう、戻ってくる気はないのね」
「……」