だが俺の問題なのに状況を彼女に説明する必要はあるだろうか。なおさら不安にさせてしまうのではないだろうか。
様々な考えが頭の中を駆け巡り、浮かび上がっては消え、ただ時間だけが過ぎていく。


「……帰るか」





八月が終わったとはいえ残暑の夜はまだ生ぬるい風が首元をさらう。
思い出せば俺がこの地域に引っ越してきたときもこんな湿った時期だった。

あの頃、俺には夢も目標もなく、目の前に垂らされた細い糸にすがるような思いでこの地にやってきた。
ここに来る前の生活はもう思い出せないけれど、今の方が自分らしく生きられているような気がする。

そう、思いたいだけなのかもしれない。


「こんな遅くまで働いているなんて、ファミレスの店長も意外と大変なのね」


車のキーを取り出し運転席のロックを外した瞬間、聞こえてきた声にふと溜息が漏れる。
夏の幻が見せた幻聴であってほしいと願いながら声のした方へと視線を向けると、あの頃からなにも変わっていない岸本恵の姿があった。


「そっちは随分暇なんだね。こんな遅くまで誰かを待ってるなんて君らしくない」

「なんか避けられてるような気がするのよね。というか、そのなよなよした話し方やめてくれない? 気味が悪い」

「……」