彼女はコーヒーを一杯だけ飲むと長居することはせず帰ってしまった。


「ねえ、小野。さっき帰っていったお客様だけど……」


仕事の合間、様子を見て花宮さんが声を掛けてくる。
フロア全体を見ている彼女が私と岸本さんの状況に気付かないわけもなく、なにかを察しているのは声を掛けられた瞬間に察した。


「もしかしてあの人がさっき言ってた……」

「なんのことですか? 私全然大丈夫ですよ?」

「……」


気を遣わせないようになにもなかったふりをする。花宮さんはなにか言いたげだったけれど、「そう、ならいい」と仕事に戻っていった。
きっと気付いたんだろうな、あの人が私の話していた女性だということに。


「店長……」


顔を見たら安心するのかな。


「どうかした?」

「っ……」


突然聞こえた声に暗くしていた表情を上げる。ここにいないはずの声が聞こえた。


「て、店長!?」

「ん? はーい」


顔を上げた視界に映ったのは間違いなく今日ここにいないはずの店長だった。
穏やかな微笑みを浮かべているのは普段通りだけど、いつものよれよれのシャツではなくきっちりとしたスーツを身に纏っている。


「なんで、今日店に来ないって……」

「そのつもりだったんだけど思ったより早く終わったんだ。これお土産なんだけどよかったらみんなで食べて」

「……」