「じゃあここの店長がいつ仕事終わるのか分かったりする?」


その女性から出てきた店長の名前に裏口の扉を開けようとしていた私の腕が止まった。

店長?


「え、店長って……本田店長のことですか?」

「そう、彼に用事があるの。仕事の邪魔はしたくないから……終わる時間教えてくれる?」


お仕事関係の人であれば店長にアポを取っているはずだ。だけどこの人は一方的に店長に会おうとしているように受け取れた。
それに仕事が終わってから会うということはプライベートの知り合いっていうことなのか。

でも、どうしてだろう。


「(この人を店長に会わせちゃいけない気がする……)」


そんな嫌な気がするのはどうしてだろうか。


「なんて、分からないでしょうね。あなた、見る限りただのアルバイトっぽいし」

「……」

「まあいいわ。とりあえずこれを彼に渡してくれる? あの人ならきっと、これだけで察するはずよ」


そう言って彼女が取り出したものは一枚の名刺だった。きっと彼女の名刺だ。
私はそれを受け取ると紙に書かれている文字に目を通す。書かれていたのは聞いたことのない会社名と彼女のものだと思われる名前だった。


「それじゃ、よろしくね」


ふと顔を上げると彼女が長い髪をなびかせてその場をあとにしていた。
残された彼女の甘い香水の香りが私の脳を強く刺激した。

岸本、恵。


「(胸騒ぎがする……)」


名刺を持つ手が静かに震えていた。