一人熱くなっている紅先輩に対して、蒼先輩はどこまでも冷静だった。


「いつもいつもいつも、人の口から出るのはお前の名前だ。下に比べられる俺の気持ちなんかお前に分かるわけがねぇ!」

「……」

「俺には才能もなければ人徳もねぇ。そんな俺を、そのままの俺を受け入れる奴なんかこの世にいんのか?」


溜め込んでいた何かが爆発してしまったように思いの丈を目の前の蒼先輩にぶつける紅先輩。
彼の口調は普段よりも更に荒々しく、そしてその嘆きは全く関係のない私まで胸が苦しくなった。

自分よりも才能のある兄を持ってしまった手前、どうしたら周りの目が自分に向けられるのかが分からなくなってしまった。
人と比べられ続けるのは精神を削られるほどに苦しいし、自分の存在意義が分からなくなっていく。

紅先輩はそんな中、ずっと一人で生きてきたんだ。


「それだけ?」

「っ……」


しかしそんな紅先輩を目の当たりにしても蒼先輩の態度は変わらず、その冷めた視線を弟に注ぐ。


「才能? 知らないよ、俺だって必死だった。努力をして何が悪い」

「……」

「俺には俺の生き方があるし、紅には紅に生き方がある。俺が言ってるのは紅は俺の真似なんかする必要はないってことだよ」


その言葉に紅先輩の表情が酷く歪んだ。そしてゆっくりと服を掴んでいた手の力を抜いていく。
どうやっても越えることができない壁を前にして、彼はただその場に立ち尽くすことしか出来なくなってしまった。


「言っただろ、じゃあどうすんだよ。お前じゃない俺になんの価値があるんだよ。きっと茅乃も、俺の正体を知ったら幻滅する」


そう今にも泣き出しそうな表情の紅先輩は両手で自分の顔を覆いながらずっと地面を見つめていた。
彼のそんな姿を黙って見ていることが出来なかった私は「そんなことないです!」と二人の間に飛び出した。