それにしてもこの間までは彼女が出来たことについてあんなにも浮かれていたのに、一体何が起こったのだろうか。紅先輩は人を騙すようなことにあまり罪悪感を抱かないタイプの人間だとばかり思っていた。
しかしいくら馬鹿でもやはり彼にも人間の心は持ち合わせていたのだろう。

どうせ蒼先輩への対抗心から告白をOKしてしまったんだろうけど。こんなに悩むということは、紅先輩はあの彼女さんのことが本気で好きなんだろう。
紅先輩が本気なのであれば助けてあげたいけれど自業自得な気もするし、中途半端に助けて蒼先輩にバレたら注意を受けそうだしで私も動くに動けないんだけど。


「……て、店長はもし付き合ってる人が実は偽物だったらどうします?!」

「え、何その質問」

「その、もし結婚詐欺とかだったら!」

「えぇ、やけにリアルな質問だなぁ」


確かに、今の店長の年齢ならありえない話ではないけれど。


「そうだなぁ、もし俺が騙されてたんだとしたら」

「……」

「……死ぬ、かなぁ」

「お、重!?」

「わ、私も死んじゃう」

「しーちゃんまで!?」


例えばの話なのに真剣に考えて顔を真っ青にする店長と、そんな彼につられてしーちゃんまでもがナイーブを発動してしまった。


「こ、この二人はネガティブが過ぎるので紅先輩は気にしないでくださいね!」

「くそっ、もっと上手いこと気を遣えねぇのかよ」

「す、すみません」


まさか紅先輩から注意される日が来るとは。
すると役に立たない私たちに苛立ってから舌打ちをすると椅子から立ち上がり、乱暴に頭をかき乱した。


「無理だよ、本当のことなんか言えっか」

「で、でもこのままだと……彼女さんはずっと紅先輩のことを蒼先輩だと勘違いしたままですよ?」

「けど言う勇気がねぇよ。どうせ俺なんか、蒼の真似でもやらねぇと誰からも必要とされないんだからよ」

「え……」


そう意味深な言葉を残すと彼は「何でもねぇよ」と控え室を後にする。
取り残された私たちは紅先輩の心の奥底にある悩みに触れた気がして、それに対して何も言ってあげられなかったことへの申し訳なさで一杯になる。

蒼先輩の真似をしないとって、一体どういう意味なんだろうか。
このことを、蒼先輩は知っているんだろうか。


「(家族って、難しいな……)」


それは私が一番分かっている気もするけど。