私の言葉にすかさず反応した紅先輩は勢いよくパイプ椅子から立ち上がった。
しかしその表情は今にも泣き出しそうなくらいに歪んでいる。

彼はやるせないように「はぁ、くそ」と捨て台詞を吐き出す。


「いつもは煩い煩い言うくせに俺が静かな時はそれはそれでぐちぐち言いやがって」

「す、すみません。元気がないので何かあったのかなと」

「……何もねぇよ」


そう言ってどかっと椅子に座り直した彼は再び溜息を吐く。


「何もなさすぎてだな、迷ってんだよ」

「迷ってる? 何をですか?」

「……だから」


しかしそれに続く言葉をゴニョゴニョと濁す紅先輩に私はしーちゃんと顔を見合わせる。
この人は一体何を言いたいのだろうか。


「まさか今更彼女さんのこと騙しているの、罪悪感が湧いてきたとか?」

「は? ザイアクカン? 日本語で言えや」

「あ、もうなんでもございません」


日本語が通じないとかもう終わっている。私は彼との会話を諦めようもしたが店長は見逃せなかったのか、困り果てた表情のまま「そうだねぇ」とやんわり切り出す。


「もし誰かに悪いことをしてるっていう意識があるんだったら、早めに解決しておいた方がいいと思うよ」

「っ……」


おお、店長が珍しく大人的なアドバイスをしている!と憧憬の視線を向けていると「小野さん、今失礼なこと考えたでしょ」と心を読まれてしまったのでサッとあさっての方向へと目を逸らした。
しかし店長の言葉は紅先輩の心に深く突き刺さったらしく、先程から左胸辺りを押さえたまま動かなくなってしまった。